第16話 未来
放棄都市北西部に並ぶ木々の間から、アンノウンは姿を現した。
色とりどりのプラスチックハウスを横目に、開かれた車道を闊歩する。
空中には雨ざらしになったパイプラインが敷かれ、まるで蜘蛛が巨大な巣を張っているようだった。
円筒形のパイプにはモスグリーンの苔がびっしりと生え、その上を小動物たちがせっかちに移動していた。
空が混雑しているおかげか、道路はどこもだだっ広く、ホバータンクを走らせるには十分な幅があると思われた。
アンノウンは無人の車道を進んでいく。
四つの瞳が同時にまったく別方向へ視線をやり、雨木たちを探している。
カメラの倍率を調節するように、瞳孔が大きくなったり、小さくなったりしている。
と、その足が突如歩みを止めた。
眼前には厚く積もった落ち葉が広がっていた。
それは道いっぱいに敷き詰められ、茶、黄、赤色の葉が混じり合いマーブル模様のカーペットのようだ。
アンノウンは四本ある触手の一本をカーペットめがけて振るった。
触手がロープのように伸び、箒で床を掃くような形で落ち葉を舞い立たせた。
瞬間、爆発が起きた。
埋没していたセンサー式地雷が反応し、爆炎とともにベアリング弾がまき散らされる。
高熱によりいま振るった触手が燃えて、表皮が溶け出していた。
百八十度すべてをカバーする弾丸のいくつかが触手による防御をくぐり抜け、アンノウンの身体に突き刺さった。
コンクリ―トブロックも簡単に粉々する散弾だ。
「ルルル……」
皮膚にめり込んだそれを鬱陶し気に払う。
すべてが内部まで達せずに、表皮の部分で止まっていた。
凄まじい強度だった。
しかしその一瞬、挙動の間隙にわずかだがアンノウンの意識が外から内に切り替わった。
そして好機を逃す隊員たちではない。
左右の建物越しに二台のホバータンクによる砲撃が行われた。
主砲の155ミリが火を噴き、ボットによる精密な一撃が挟み撃ちになる形で飛来する。
防御に回した触手の繊維がブチブチと千切れ、さらに二本の触手が吹き飛ばされた。
アンノウンはよろめき最期の一本で身体を支えた。
切断面からシャワーのように紫の体液が噴き出し、建物や地面を汚す。
同時に雨木、柿崎、梨本、柊が空中に伸びるパイプの最上段から飛び降り、アンノウンの眼と鼻の先に推参した。
「核は右胸です!」
義眼が核の位置を性格に特定し、雨木が吠える。
アンノウンは触手一本で迎撃しようとするが、バランスがとれていないのか、反応速度は大幅に落ちているようだった。
雨木がドリルが高速で回転させ、最期の触手を削り取る。
これで攻撃も防御も不可能になった。
「これは橘先輩たちの分っす! くたばれ化け物お!」
柿崎たちが斬撃特化で生み出した日本刀を三方向からアンノウンの右胸に突き刺す。
その腕にパキンと核が壊れた感触が、
伝わらなかった。
たちまちの内に、圧倒的なプレッシャーが四人の体を走り、隊員たちの全身の毛が逆立った。
感覚はヘビがカエルを飲み込むときのそれを、思い起こさせた。
改めて自分たちが被捕食者側だと思い知らされる。
恐怖で脳が上手く動かない。
「まずい! 全員上へ跳――」
もっとも速く立ち直った雨木が頭上のパイプめがけて跳躍し、そこからコンマ一秒遅れて大斧に変形した触手が振るわれた。
アンノウンは四本の触手を再生、先端を刃に硬質化、それを大斧の形に形状変化、この三動作を瞬きの内にやってのけたのだ。
そして柿崎、梨本、柊は殺到した刃を正面から受け止めることとなった。
梨本、柊の胴体が斑トマトをスライスするように、切り裂かれ地面に転がる。
柿崎は日本刀で受けたが、勢いを殺しきれず背面に建つビルへ弾き飛ばされた。
外壁を砕きそのままし室内のデスクに激突する。
「――がっ」
《――損耗75パーセント超過。アラハバキヲ強制解除シマス》
アラハバキの装甲が自動的にバックパックへと戻り、柿崎は床に生身のまま投げ出された。
「雨木さん……」
右腕の上腕骨が折れ、口からは赤黒い血がこぼれる。
苦しそうにうめく柿崎の視線の先には、十秒前まで戦っていた場所が見えていた。
雨木がいまだ戦っている場所が。
雨木は柿崎が弾き飛ばされた方向を一瞬見やり、それから地面に倒れ伏した梨本、柊の躯に目を移した。
二人とも優秀な男性隊員で、遠征の間も助けあった仲だ。
バイザーの裏で歯噛みする。
柿崎の安否も気がかりだが、今は眼下の敵に集中しなければならない。
(あの短時間で触手を再生……いやそれよりも核を刺しても生きていられる理由が知りたいですね。あの距離で柿崎くんたちが外すとも思えません。何かトリックがあるはずです)
混乱した頭を切り替え、雨木は再度義眼でアンノウンを視る。
レントゲンを撮るように繊維質がびっしりと詰まったアンノウンの内部を覗く。
すると一秒前までは右胸にあった核が頭部に移動していた。
アンノウンは刃が繊維を貫いた瞬間、核をエスケープさせるすべを有していたのだ。
もちろん普通のオルカリアには、絶対に不可能な芸当である。
人間が臓器の位置を自由に変えることができないように。
(信じられない能力をもつ個体ですね。コトシロが聞いたら卒倒しそうです)
「ルル……」
アンノウンはパイプの上に立つ雨木を見上げ、ぐにゃりと顔面をゆがめた。
四つの瞳の下に亀裂が入り横に裂ける。
ぽっかりと空いたクラックからアンノウンは声を出した。
それはのどを鳴らすようないつもの鳴き声ではなく、はっきりとした言葉だった。
さらに付け加えるなら日本語だった。
「テイコウスルナ……モクテキハ、カノジョダケダ。ワタセバ、ミノガス」
雨木の頭はさらなる混乱を迎えた。
眼下に立つオルカリアが喋っているのだ。
自らが恐怖で錯乱してのかと思ったが、義眼に示されたバイタルは通常の数値と何ら変わりなかった。
からからに乾いた口から言葉を絞り出す。
「それはエナ、緑髪の少女のことでしょうか? それが必要ということですね?」
「ソウダ。カノジョハ、ワレワレノ〈クイーン〉。ワレラヲミチビク。ココノツマエノ、フユニ、ニンゲンニ、ウバワレタ。〈クイーン〉ガイレバ、ワレワレハ、サラニ、フエルコトガデキル」
「それでエナを返せと?」
「アノチカラハ、カトウナ、ドウブツガ、アツカッテ、イイモノデハナイ。キサマラヲ、コンゼツサセル、タメノチカラダ」
「それは怖いですね。嫌だといったら?」
「ウゴカナクスル。コイツラノ、ヨウニナ」
そう言うとアンノウンは足元の骸を踏みつぶした。
柊の上半身がアラハバキごと染みになった。
雨木はその光景を無言で見つめていた。
太腿のホルダーからハンドガンを抜き出し、頭部に狙いをつけて構える。
答えは決まっていた。
「やってみろ木偶人形。おがくずにしてやります」
宣誓しトリガーを引く。
9ミリパラベラム弾をマガジンが空になるまで叩き込んだ。
当然そのすべてを触手が弾いたが、これは陽動だ。
ホバータンクの主砲がアンノウンめがけて火を噴き、胸の真ん中に着弾させた。
派手に後方へ吹き飛ばされる様子を見て、雨木はその逆方向に走り出した。
勝つにはもう一度不意をつくしかないと思ったからだ。
苔がはびこるパイプは街のいたるところにある。
そのどれもが空中に張り巡らされ、雨木はその中の一本を真っ直ぐに走っていた。
少しでもアンノウンとの距離をとるためだ。
相手が自分を見失えばボットに位置情報を送信させ、背後から隙を付けると考えたのだ。
三百メートル先で轟音が鳴り、それはホバータンクが破壊された事実をしめしてた。
アンノウンも馬鹿ではなく、危険度の高い兵器を率先して潰しているのだと思われた。
これならもうしばらく時間が稼げると雨木は考え、それは儚い夢だと悟った。
何時の間に追いついたのか、上空からアンノウンが降下してきたからだ。
二本の触手をランス状に変化させ、落下する体勢のまま雨木の胴体を狙う。
残り二本は鉤づめのついた脚に変化し、バランスをとるために役立てていた。
「アサハカ、ニゲキレルト、オモッタカ?」
「螺旋特化!」
《螺旋特化ヲ開始シマス》
右腕にドリルが出現しランス型触手を弾く。
弾いた勢いを利用し雨木は六度バック転をきめ、できる限り相手との距離をとった。
そして右手を前に突き出し、踵を床につけずにつま先で立つ、猫足立に構えた。
フットワークを活かすためだ。
状況を鑑みるにボットやホバータンクの援護は期待できそうもなく、一人この状況を切り抜ける必要があった。
勝算は紙のように薄いが、勝つしかない。
自分の命だけではなく、エナ、如月基地、地下シェルターすべての未来がこの戦いにかかっていた。
一方、アンノウンはすでに立ち上がり、触手の先端をアイスピック型の刃に変化させ、フェンシングに似た構えをとった。
一撃の破壊力よりも手数で勝負するつもりのようだった。
両者の足元でパイプがギシギシと揺れる。
どれも老朽化が著しく、いまにも割れて崩れ落ちそうだ。
しばらくにらみ合いが続き、先に動いたのはアンノウンだった。
四本の触手から同時に突きがくり出される。
狙いは両手両足だ。
一本でも食らえば大きな空洞が穿たれるだろう。
雨木は素早く右腕を動かし、義眼の動作予測プログラムで、そのすべての触手をドリルで弾いた。
弾かれた触手は鞭のようにしなり、すぐさま追撃を仕掛けた。
ガリガリと金属板を加工する時の音が響き、何度も火花が散る。
刃があらぬ方向にそらされ、パイプを打つ。
そのたびに足場が大きく揺れた。
動作予測のアドバンテージで勝負になっていあが、力の差は歴然だ。
戦闘が長引けば長引くほどにドリルが焼き付き、人口筋肉が悲鳴を上げた。
アラハバキの耐久力はもはや限界に達していた。
アンノウンとはそもそもスペックに大きな開きがあるのだ。
《損耗56パーセント。メンテナンスガ必要デス》
「もうひと踏ん張りお願いします。やつを倒すまでつきあって下さい」
《ワカリマシタ。最後マデオ付キ合イシマス》
「ありがとう」
だが根性論でどうにかなる状況ではなく、ついにドリルがへし折られた。
体の芯がじんと痺れた。
肺が必死に酸素をかき集め、わき腹が傷んだ。
とどめを刺そうと触手が一度後方に引かれた。
矢を放つために弦を引くように。
雨木は左手をアンノウン正面に出し、
「は……はぁ、はぁ、焼却特化」
《焼却特化ヲ開始シマス》
息も絶えだえに命令を下す。
左手のひらに穴が開き、中から火炎が放射された。
炎は扇形に広がり、勢いは柿崎が使うものよりもさらに激しい。
しかしこれだけの火力をもってしても、アンノウンの核には届かない。
硬質化した触手が盾となり、熱を遮ったからだ。
木は火に弱いという当たり前がまったく通じない。
一体でスイドラのジャングルすべての、生命力をもっているかのような強靭さだ。
「コザイク、ホノオナド、オレニキクカ」
「そうですね。でも、足場はパイプ自体はどうでしょうか?」
「?」
直後、アンノウンの足元がドロリと熔けだした。
それをきっかけに半径五メートルすべてのパイプが崩れ出す。
「コノ……」
アンノウンの身体が重力に引かれ地上めがけて落下を開始した。
けたたましい音とともにパイプ、そこに堆積した土や苔が降り注ぐ。
さらに長年かけて蓄積したチリに埃が派手にまき散らされた。
触手を使い華麗に着地を決めたアンノウンのまわりが、粉塵で覆い尽くされる。
四つの瞳でも見通せない濃さで、現状把握するため時間を要した。
そして、タイミングが雨木の狙いだった。
飛び降りると同時に、アンノウンの頭部めがけて日本刀を上段から振り下ろす。
完全に死角からの一撃だ。
だが、刃は核に届く前に止められた。
頭部に開いた五つ目の瞳が奇襲を見破り、触手で迎撃したのだ。
四本の触手すべてが打つこまれ、アラハバキの頭部、右胸、腹部、左足が貫かれる。
装甲の隙間から見える人口筋肉から、黒ずんだオイルが垂れた。
「オワリダ。ニンゲン」
アンノウンが呟く。
その声に返答があった。
本来ありえるはずのない返答が。
「何も終わりませんよ。何も」
声のする方向へアンノウンが首を曲げる。
そこには生身の人間が一人立っていた。
義眼を開き電熱ナイフを左手に携えた雨木竹蔵が。
「キサッ――」
慌てて触手を振るうがもう遅い。
義眼が作動し雨木は電熱ナイフを、アンノウンの右脚へ突き刺した。
逃がしていた核を破壊するために。
ナイフの刃がバターを溶かすように皮膚をすり抜け、ついに核へと届いた。
バギンッと鈍い音がこだまする。
全身が痙攣し四つの瞳が見開かれ、アンノウンは溶解を始めた。
強靭な触手も何もかもが融け落ちていく。
「――」
雨木は亡骸に背を向け歩きだした。
仲間のエナの待つ方へ。
◆
二年後、如月基地に新人隊員が入ってきた。
グラウンドに集合し初めて目にする斑トマトや鎧アロエの畑を、興味津々といった様子で見ている。
今年は希望者が多く、新たに棟を増設しなければならないほどだ。
旧時代の植物や動物が復活し、未来に希望がもてるようになったからだろう。
「きょろきょろしない! 二列になってオレについてくるっす」
教育がかりを務める柿崎が、注意を促す。
それを管制塔の最上階で栗林、コトシロが眺めていた。
《柿崎くんもしっかりしてきましたねー》
「まだまだ半人前だろう。この前もオルカリアに、不覚をとりかけていたからな」
《あれは後輩をかばったからでしょー? 素直じゃないですねー》
「……う、まあ、もっと精進しろということだな」
雨木とエナはジャガイモ畑にいた。
最近再生に成功し、地上で作ることができるようになった新たな野菜だ。
今日も日差しが強く、二人は軍手で汗を拭う。
雨木はエナの方に顔をやり、ぽつりと言った。
「エナ、これからもぼくたちと一緒に生きてくれますか? 本当の両親は……」
「もー何回もその話はしたでしょ。大丈夫、わたしは人がたけぞうが好きだから」
「ありがとうございます」
「うん!」
ジャングルからは今日も昆虫や食獣植物たちの声が聞こえてくる。
隊員たちはこれからも戦い続ける。
いつかすべての人が地上で暮らせるその日まで。




