第13話 遠征
遠征部隊の設立が決まり二週間が経過した。
その間に隊員を募り装備を整え、ホバージープ。タンク各種車両が用意された。
遠征に向かうのは雨木を含め十一人の隊員と三十台のボットたちだ。
柿崎、橘も参加し、橘は戦力として優秀なので選ばれたが、柿崎はボットのもっぱら整備の担当だ。
それともう一人、声の主を見つけるため、エナも同行することになった。
理由は今回の目的地である水没都市は如月基地から行くだけで十日はかかる場所で、遠隔操作ボットを操る電波が基地から届かないからだ。
エナが直接出歩くことはリスクも大きく、そのため今回の遠征メンバーは精鋭が集められている。
すべての準備が整い出発の日、グラウンドにホバートラック、タンクが集結し、その隊員たちが一列に並んでいた。
あいにくと天気は悪く、空は雲で覆われていた。
しかし隊員たちの表情は晴れやかだ。
これから人類の希望をを探しに行くのだから。
正面には栗林とコトシロが立ち、一人一人に激励の言葉をかえていた。
「如月基地の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」とかそんなことを。
誰の言葉を引用しているかは最後まで誰もわかっていないようだった。
最期に栗林は雨木の前に立ち、
「頼んだぜ副隊長。嬢ちゃんのこと守ってやれよ。溺れる者は藁をも掴むっていうだろ?」
「……ことわざと云うのですよね。それはどのような意味なんですか?」
「溺れてる奴がいるところにはお前がいるってことだ。健闘を祈るぜ」
栗林はおかしな調子で雨木を励ました。
わかりましたと微笑んで握手をかわす。
お互いのゴワゴワと皮の分厚くなった掌が重なり、死ぬなよと言っていることが感覚でわかった。
事前にエナに関しては雨木に、判断を一任するとのことだった。
そうしてして雨木たち遠征部隊は出発を開始した。
隊員たちが各車両に乗り込み、運転席に座るボットがエンジンをかけた。
ゆっくりとタイヤを回転させ門に向かって進んでいく。
その途中で基地に残る隊員たちが手を大きく振っているのが見えた。
横断幕を掲げている者もいる。
エナがシートの上で膝立ちになって、負けないようにブンブンと手を振り返した。
やがて大きく口を開いた門が前方に見えてきて、それをくぐった。
ゲートハウスで番をしていたボットが敬礼をし、彼らを送り出す。
車両の列はジャングルの中へ水没都市目指し進んでいった。
五台のホバータンクとホバートラックがジャングルを進む。
見た目はホバーがバスのような形状で、ホバータンクは戦車をモチーフにしていた。
両車両とも迷彩色に塗装されていて、窓枠には鉄格子が嵌められている。
外部装甲、タイヤ共に防刃処理が施されて、オルカリアの触手でも容易には切り裂けないように改造されていた。
やたらにゴテゴテとした外見で、車両班はマックスという男が主人公を務める大昔の映画を参考にしていたと言っていた。
火炎放射器がすいぶんと積まれているのもそのせいだ。
門をくぐってから二時間が経過し、いまは十字の形を描き走るトラックを五角形に囲むようにタンクが配置され、オルカリアの襲撃に備えている。
雨木とエナは中央のトラックに乗り込み、一番安全な配置についていた。
ホバートラックの内部は居住空間そのものでベッドや机、キッチンにトイレも完備されていた。
ようするにキャンピングカーのような設備が備え付けられてあった。
運転は基本ボットが行い、不眠不休で移動することができる。
雨木はシートに腰かけ腕組みをし、足元に迷彩色のバックパックを置いていた。
ジャングルでは何が起こるかわからないので、いつでもアラハバキを装着できるように。
いさという時は全員に指示をだす立場で、いつもより僅かに表情が堅い。
一方エナは自分の部屋でくつろぐようにリラックスし、靴を脱ぎシートで寝転んでいた。
初めこそ行儀よくしていたがすぐに飽きてしまったのだ。
長旅になるので雨木も注意はしなかった。
単純に甘いせいもあるが。
パタパタと小さな足を上下運動させエナは窓の外を観ていた。
天気は曇りから雨に変わり、小石めいた雨粒がガラスに当たっている。
「たけぞう、外みえなーい。ひまー」
ぷくりと頬を膨らませる。
「雨降ていますからね。退屈ならトランプでもしますか?」
「やったー!」
雨木は棚からトランプを取り出し机に並べていく。
ゲームの内容はエナの好きな七並べだった。
先に進むにつれ天候はさらに悪化した。
小雨から豪雨になりビー玉のような雨粒が降り注ぎ、あたりに立ち込める。
熱帯雨林特有のスコールが起こっていた。
ときおり吹き付ける突風が車内をが揺らし、キッチンで食器類がカチャカチャと音をたてた。
語源のとおり風雨が叫んでいるような激しさだ。
それでも日中は休憩を取りつつ行進を続けた。
夕方になるとようやく雨が上がり、ホバートラック、タンクを止める場所を決めることにした。
雨木がトランシーバーを使って指示をだし、出し今夜の寝床はスイドラ巨木の上ということになった。
地上で夜を明かせば四方八方を囲まれ、オルカリアに狩られる恐れがあるからだ。
隊員たちは通信を受けるとボットにハンドルを上方に倒させ、すべての車両が上昇を始めた。
そしてスイドラの巨木に茂る枝の一本に着地した。
枝は太く幅広く、すべての車両を止めても余るほどの広さがあった。
隊員たちは夕食に取りかかり、キッチンで冷凍保存した斑トマトを湯で戻して食べた。
雨木、エナも同じく様にした。
味はいつものように多彩端末や嗜好短冊を使えばよかったが、食感はボソボソとして良くなかった。
基地に帰ったら直してほしいとエナは怒る。
明日の予定についてミーティングが終わり、各隊員たちは車両に戻っていく。
警備にはボットとコトシロが新たに開発した自立型アラハバキが、就くこととなった。
自立型アラハバキは単純な動作しかできないが、虎アリを追う払うくらいなら、このレベルでも十分だった。
何より睡眠を必要としないという長所は、夜のジャングルで過ごす上で大いに役立つ。
遠征部隊の中でも、雨木、橘の機体は遠隔操作が可能になっていた。
そうして、全員がシートや寝袋で眠りについた。
虫の鳴き声が昼間よりも騒がしく聴こえ、生ぬるい風がボットを撫でる。
雲の隙間から半月が覗き、一日目は終了した。
それから雨木たちは水没都市がある方角へ行進を続けた。
圧縮空気を節約するために四輪駆動で進むため、木の根やぬかるみにタイヤをとられ、ペースはだいぶん遅れている。
道中で昆虫や食獣植物に何度も出会い、その度にルートを変更し迂回しなければならなかった。
また幾度かオルカリアと遭遇し身を守るために交戦せざるを得なかった。
その結果一台のホバータンクと五台のボットが犠牲になり、仕方なくその場に置いていくことになった。
基地から回収班を呼ぶことも困難な場所まできていたのだ。
そして主発から十日が経ち予定されていた日になっても、雨木たちはまだ目的地に到着していなかった。
現在はテーマパークを中心に開発された放棄都市で休息をとっている。
周囲には苔むした遊具がもの悲し気に立ち尽くしていた
今日もまた夕陽が沈み、汚れたホバートラックを照らしている。
ボットの警戒線は張るように命じ、隊員たちは外で夕食の準備をしていた。
ここからは食料や水を切り詰めていかなければならない。
説でのためにボットも十台のみがかどうしている。
雨木は円筒形の機械から蛇腹のホースを伸ばし、噴水に溜まった雨水をろ過していた。
こういう事態に備えコトシロが持っていくように指示した機械だ。
「雨木さん。これぐらいでいいっすか?」
「副隊長。樹上を移動してきたので後をつけられてはいません。ご安心を」
顔を上げると柿崎と橘が虎アリを背負い帰還しているのが見えた。
二人ともアラハバキを装着し、柿崎が一匹、橘が二匹抱えている。
食料にするため今狩ってきたばかりだ。
これが今夜の夕食やこれからの保存食になる。
「ご苦労様です。下処理はボットの任せて、休んでいてください」
「マジっすか。んじゃお先に――」
柿崎の首根っこを橘が掴む。
バイザーの裏側で瞳が鋭く光った。
「副隊長殿が作業をしておられるだろうが! お前も手伝え!」
「あっすいません!」
柿崎はぺこぺこと頭を下げた。
雨木はかまわないよと笑って言った。
それから三人で水をろ過し、この先一週間分の飲み水を確保した。
こういうことはこれから何度もあるのだろう。
日は沈み夜の闇が世界を包み込んだ。
雨木は夕食を外でとることにした。
たまには屋外で食べたほうが気分転換なると思ったからだ。
例によってボットに警備をさせ、噴水の前にテーブルと椅子が用意された。
隊員全員が集まり解体した虎アリの串焼きに、貴重なタンパク質に舌鼓を打つ。
虎アリの肉は鳥のササミに似ており、味覚を操作しなくても美味しく食べることができた。
しばらくして夕食が終わり、今日のミーティングも終わった。
あとは眠るだけというところで、雨木はエナが原っぱの上で座っているところを見つけた。
体育座りで空を見ている。
雨木はどうしたのかと近づき、
「星は綺麗ですか?」
「うん! こっちのお星さまもキラキラしてる!」
「そうですか」
二人が上を見れとそこには満点の星空が広がっていた。
大気が澄んでいて他に光源がないおかげか、一つ一つの光が鮮明になっている。
さながら宝石箱のようだった。
そしてエナは雨木に訊ねた。
「たけぞう。わたしがここにいて良かった?」
「エナには百万の感謝をしても足りないくらい助けてもらっていますが、どうしたんですか?」
「ほら、みんなと違うとこいっぱいあるから……声が聴こえるのもわたしだけだし……」
そう言ってエナは自分の額に生えたツノを触る。
いままでも薄々気付いてはいたのことが、一人で何もしない時間が増えたため考え込んでいたようだ。
「確かにぼくたちと違うかもしれませんが、気にしなくても大丈夫ですよ。この世界にはぼく含め不思議な生き物が溢れていますから。それもあなたの個性です」
「ほんとう?」
「本当です」
雨木は右目を開いた。
義眼のレンズが月明かりに照らされて青白く光る。
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして」
二人は手をつなぎホバートラックへ帰ることにした。
道の途中途中で、西の空に流れ星がきらめくのが見えた。
雨木は目をつむり、エナが人類の味方であることを願った。
この時間ができるだけ、長く続くように。




