第12話 特化
雨木は十二回戦目を迎えるボクサーのように敵を見据えた。
口の中に血の味が広がり、肋骨にヒビがはいった感覚があった。
頼みの綱であるアラハバキも長くは持たない。
しかしそれでも諦めるわけにはいかなかった。
エナと約束したからだ。
一方ライノセラスはゴツゴツとした頑強な皮膚をてからせ、破城槌じみたふと長い両腕を地面に下していた。
頭部にそびえたつ南蛮刀めいたツノ型の触手は、見事に反り返り雨木の胴体に狙いを定めている。
隙を見せれば先刻のように伸張しつらぬこうとするだろう。
両者はしばしの間にらみ合い、先に動いたのはライノセラスだった。
ツノが奔り胴体めがけて迫る。
雨木は左に跳び躱そうとしたが、中空で己のミスに気付いた。
二本級タイプのオルカリアとは触手を二本持つ個体ということだ。
つまりあの仰々しいツノ以外にもう一本触手があるということだ。
そこまで考えが回った瞬間、石畳を破って土中からライノセラスの右腕が出現した。
それは雨木の鳩尾にクリーンヒットし、派手に金属音を鳴らした後、上空へ吹き飛ばした。
いくぶんか上昇と続けると、重力に引かれ体が弧を描いて急速に落下を開始した。
そしてしたたかに石畳で頭を打ち、地面を削りながら直進して止まった。
雨木は息もたえだえに起き上がったが、その眼前に見えたのは腕を振り上げたライノセラスだった。
距離があまりに近すぎ側転で躱す余裕もなかった。
様々な選択が脳内で浮かんでは消え、最終的にとった手段はこの場で打ち合うことだった。
音声インターフェイスが告げる。
「打撃特化」
《打撃特化ヲ開始シマス》
両腕にショベルのようなグローブを纏い、雨木は拳を突き出した。
「ルルルルルルウルルルルルルウ」
ライノセラスも同じくパンチを放ち、両者の間で文字通り火花が散った。
秒間五十発の拳が交わされ両者に打ち込まれた。
光の筋を残して腕が振るわれ、さながら流星のようだ。
そして先に限界を迎えたのはやはり雨木だった。
再び体が宙に浮き跳ね飛ばされる。
今田は足から着地することができたが、肉体は最後の悲鳴を上げようとしていた。
アラハバキも装甲が剥がれ中の人口筋肉がまろび出ようとしている。
《全身ニ破損箇所多数。スペック45パーセントダウン。ダダチニ戦闘ヲ終了シテクダサイ》
「はぁ、もう少しだけ耐えて下さい……はぁ、次で終わりにします。すべてのパワーを右足に集中させましょう」
《了解シマシタ》
雨木は最後の力を振り絞り、敵に意識を集中した。
義眼の能力で核が頭部にあることはわかっていた。
狙うはそこ一点だ。
ライノセラスは満身創痍の雨木を見て三度ツノを伸張させた。
遠距離から嬲り無駄なリスクを避けようとしたのだ。
つまり安全策をとった。
そしてそれが両者の命運を分けた。
「跳躍特化、螺旋特化、加速特化」
《跳躍特化、螺旋特化、加速特化ヲ開始シマス。スベテヲ右足ニ集中シ展開シマス》
雨木の右足が体長ほどもあるロケットに変形し、先端部のドリルが回転を始め、後部のブースターが炎を吐き出した。
それは上段回し蹴りの姿勢から発射しされた。
ロケットは今まさに迫りくるライノセラスのツノと正面から激突した。
二つに力が拮抗し波紋の様な衝撃波を浮かべる。
そしてついにロケットがツノを打ち砕き、緑色の破片をあたりにばら撒きながらライノセラスに飛来した。
先端のドリルがさらに回転速度を上げ、頭部とその中にしまい込まれた核を完膚なきまでに破壊した。
ロケットはそのまま進み続け、どこかのビルの壁に当たり停止した。
それとどうじにライノセラスの主を失った体躯が、前のめりに倒れ溶解を始めた。
勝ったのは雨木だった。
彼もまた前のめりに倒れた。
「は……ぐ、は。装着解除……」
《装着ヲ解除シマス。オ疲レ様デシタ」
生身のまま地面に転がった。
もはや疲労というか体がここにある気がしなかった。
もう一歩たりとも動けそうにもなかった。
かすれた目で前を見るとホバージープの運転手が、何やら叫びながら近づいてくるのが見えた。
それがわかって口から安堵の吐息が漏れた。
◆
放棄都市の探索から一週間が経過した。
雨木は回収後すぐに治療殻に投げ込まれ、暖かい液体に満たされて胎児のように眠りについた。
液体内の微細蟲は迅速に体を治し、二日後にはあるけるようになった。
そして今、如月基地栽培棟で、雨木とエナは先日持ち帰ったアサガオという植物の検査を横で見ている。
エナ、柿崎がコトシロに預け検査を頼んでいたのだ。
栽培棟は植物の研究を担う棟で、斑トマトなど外部で育てている野菜も、苗はここで造られているのだった。
棟の中には治療殻を横倒しにしたようなケースか置かれ、透明なカバーのの中では、紫色の花弁に何やら青白い光が当てられている。
隣にはごちゃごちゃと配線されたパソコンが置いていて、それがケース内のロボットアームなどを動かしていた。
キーボードを操作しているのは橘隊員だ。
コトシロは別件で出払い橘隊員が作業を引き継いでいた。
植物に関する研究は彼女の得意とするところだ。
そして一通りの検査を終えると口を開いた。
その表情は信じられないという感じだ。
まるで地層に埋まっていた化石が生き返ったかのような。
「驚きました。旧時代の植物がこの時代に生き残っていたなんて……信じられないことです。今までの研究がすべてひっくり返しりますよこれ」
「よかった本物なのですね。それでなぜゾアの毒素で変異を起こさず、原型を留めていられるのか分かりますか?」
「毛細血管の中に微細蟲のような働きをする細胞があることが判明しました。おそらくですが、この菌が毒素を分解していると思われます。エナちゃんの体内にあるものとまったく同じものですね」
生き延びた生物がいた。
この世界がスイドラに支配されてから初めて見つかった発見だった。
変異を起こさず旧時代のものと全く同じ植物というものは、外での調査が困難だということもあるが、これまで一つとして見つからなかったからだ。
アサガオを眺めながら雨木は、
「この細胞を保有している植物が他にもあると思いますか? もしこれを人工的に繁殖することができれば、ゆくゆくは微細蟲によるメンテナンスを行わなくても地上で生活することができます。それに同じような動植物が生き残っていれば、旧時代の環境を再生することも可能です」
「エナちゃんにこの細胞を持った生き物を探知できる能力があるのなら、可能性は十分にあり得ると思います。――すいません。目が潤んでしまって……」
メガネの向こうに見える瞳がゆれていた。
橘はハンカチを取り出し涙をぬぐった。
その気持ちは雨木にもよく感じられた。
雨木はエナの方を向き、
「エナ、他にも声は聞こえますか?」
「うん聴こえるよ。近くにいたのはこのこだけだけど、遠くにいくつか聴こえるよ。小さい声だけど」
「ここから会いに行くには時間がかかりそうですか?」
「うん、ずーと向こうで、お水がいっぱいあるところ」
エナが指をさした方角は水没都市がある方角と一致していた。
基地からは大分かかる所でそこまでの遠征を行うなら、栗林の許可が必要になるだろう。
次に橘の方へ向き直り、
「栗林隊長はこの件はもうご存知ですか?」
「いえまだのはずです」
「わかりましたでは、ぼくのほうから伝えておきましょう。今度はもっと大規模に遠征する必要があるかも知れません」
と、作業服のポケットに入れていた多彩端末が振動した。
取り出すと着信はコトシロからだった。
医療棟にいくのを忘れていたのだ。
念のためにもう一度検査をすると言われていたことを忘れていた。
雨木は橘のほうを見ると、
「エナを見ていてもらっていいですか。メディカルチェックをしてきます」
「はい。任せてください」
「いってらっしゃーい」
医療棟に向かった。
その足取りはどこか軽やかだった。
医療棟のベッドで雨木は寝そべっていた。
天井の照明がチカチカと光っている。
エナが検査を受けた場所と同じところだった。
治療殻を使わないのはコトシロが話があるとのことだった。
「雨木さん。もう問題はなさそうですねー。義眼の調子も大丈夫そうですし。さすが副隊長ですねー」
「ありがとうございます」
何がさすがなのか分からないが、とりあえず礼を述べた。
コトシロは微笑むとエナの力について訊ねてきた。
プログラムである彼女にとって、生き物で特殊な能力を保有するエナのことは珍しのだろう。
《エナちゃん不思議ですねー。どうしてこんなことができるんでしょう。ワタシが検査した時は名何ともなかったのに》
「わからないことばかりですが、この先彼女が指さす方へ進めばいつか同じ人間に出会えるかもしれません。そうすれば文明を復興すること可能ですね」
《夢たいな話ですねー。ワタシはデータとしか旧時代のことは知りませんので、実際に見てみたいですねー。アサガオって紫色の花なんですよね。遺伝子操作ではない天然の色は綺麗なんですね》
「はい。綺麗です」
そこでコトシロは一度会話を区切った。
がらりと空気が変わる。
普段とは明らかに声のトーンが変わった。
そしていつになく真剣な面持ちで、本命の話を切り出した。
《エナちゃんの血液をもう一度調べたところ、オルカリアに近似している部分があることがわかりました。このことは栗林隊長もすでにご存知です。もし彼女が我々の敵になることがあれば、雨木さんは殺めることができますか?》
静寂があった。
恐れていた可能性の一つだった。
そう、人類にとって都合の良い能力を持つものが必ずしも味方とは限らない。
むしろ生き物の声や気配を遠方から感じ取れるのなら、それを駆逐することも容易い。
支配を完全なものにするために、スイドラ側が有していて当然だった。
ややあって雨木は、口を開いた。
つとめて無表情に、
「その必要があれば」
翌日に遠征部隊が設立されることが決まり、隊員が募ることになった。
エナの能力の有用性が認められた結果だ。
もちろん指揮を執る人物は雨木だった。




