第11話 強襲
十階レストランフロアの一角にサテライトという店があった。
三人はそこで休憩と食事をとることにした。
入り口に掲げられた看板は色あせどのようなメニューを提供していたのか、今はもうわからない。
店内に入りまず目の当たりにしたものは、床一面に広がる緑の絨毯だった。
見渡すとガラスが剥がれ落ちた大窓がぱっくりと大口を開けていた。
そこから種が風に運ばれ乗って流れつき、思うがままに繁殖したのだろうと思われた。
高さは十~二十センチほどで、スイドラの影響のせいか高く成長しないタイプの雑草だった。
雨木はエナのリュックサックからビニールシートを取り出し、敷してその上で昼食を取ることにした。
柿崎も腰を下ろし、エナはその隣に移動し一旦ボットを停止させた。
長時間の操縦に疲れていて、基地で雨木らと同じく食事をするのだった。
雨木はリュックサックからから弁当を取り出し柿崎に渡した。
自分の分も取り出し、昼食を食べる。
レストランアプリケーションは二人とものり弁を選んでに設定した。
塩気の強い白身魚のフライの味が疲労した体に染みわたっていく。
開け放たれた窓からは気持ちのいい風が吹き、絨毯を揺らした。
時間がゆるりと流れる。
「いい景色っす。昔の人はいつでもこの風景を見れたんスよね」
「そうですね、ここから見渡す街並みは好みです」
窓の外を見やって柿崎が呟いた。
雨木も軽くうなずく。
そして今の仕事について訊ねた。
「ところで雨木さん。ホントのところ生存者っていると思うっすか? エナちゃんの前では言えなかったですけど、これだけ探して誰もいないってことは、やっぱり勘違いだったんじゃないっすかね?」
「今の状況を考えれば確かにその通りだと思います。ですが、まだすべての階を探したわけではありませんし、ぼくは信じていますよ。ここに誰かがいると」
「すいません。それひょっとして親ばかってやつっすか?」
「柿崎くん君はぐいぐいきますね。まあ……そうです」
もっともな突っ込みを受け、雨木の顔が若干赤くなる。
柿崎はにやにやとしていた。
そうして二人は食事を続けた。
昼食後、食器を片付け三人は再び捜索を再開した。
エナもボットを起動させ戻ってきて、休憩のおかげかまた元気を充填したようだ。
ボットのアームをぐるぐると回転させている。
雨木、柿崎も膝に手をあて立ち上がる。
アラハバキを起動した影響で少し頭がふらついた。
しかしエナに心配されないよう表情は崩さなかった。
《出発しんこー!》
号令がかかり、さらにフロアを回る。
残った階を一つずつ調べ、最後に三人は屋上へ上がることにした。
階段を上っていくとシダ植物が絡みついた古い扉が見つかった。
茎をナイフで剥がしドアノブを見つけたが、鍵がかかっていた。
どうにも人力では開きそうもないので、柿崎がボットの腹部から切断用トーチを取り出し蝶番を焼き切った。
扉をバタンと倒して進むと、そこには青い空がどこまでも広がっていた。
降り注ぐ陽の光がまぶしい。
目を傷めないように二人は帽子を目深にかぶり直した。
エナも景色に感動しているのか珍しく黙っている。
打放しコンクリートの上では、外敵がいないおかげか鎧アロエがゆうゆうと背丈を伸ばし、天然の迷路を形成していた。
進むのに難儀しそうだった。
鎧アロエの鉤づめ状に曲がった茎に頭をぶつけないように、かがみながら歩いていく。
迷路はどこどころ行き止まりで、迷ったが三十分もすれば全景を把握することができた。
そしてここには誰もいなかった。
柿崎が困ったように言う。
「雨木さんどうするっすか。もう全部探しましたよ。誰もいないし帰ったほうがいいんじゃないっすかね」
《うそじゃないもん! ここにいるもん!》
「あ、いや、嘘だとは言ってないっす。でも現実問題ここには誰もいないし、とういか人が住んでいるんならオレたちに無反応すぎるっすよ」
《うそじゃないもん……》
柿崎はぐったりした調子で頭をかいている。
今日一日かけたことが徒労だというふうに。
たしかにここまで来て無駄骨というのはキツイものもある。
雨木は遠隔操作ボットのカメラを見つめ、
「ぼくたちはエナのことを信じてます。だから何かヒントはありませんか? この場所がわかったように風景も見えるのですよね」
《……紫のかんじで、ちっちゃくて、土の上にのびてる。あのこはそういってる》
「他には何が見えますか?」
《ふぇんす? 棒がならんでるとこ》
三人はもう一度迷路をくぐり、今田は屋上を囲う落下物防止柵の近くに寄った。
よくよく観察してみると紫色のはなが咲いているのが分かった。
コンクリートが剥がれ、土がたまっている所がある。
そこにはつるを柵に巻き付けた、紫色の花弁を円錐形に広げた花が咲いていた。
「もしかして、これっすか? エナちゃん」
《うん! このこだよ! わたしをよんでた!》
柿崎は呆れてしまった。
こんな言い訳をすることも残念だった。
結局子供の遊びに付き合っただけと思たのだ。
「雨木さん。これはないっすよ。こんだけ手間暇かけてオチが花って……栗林隊長になんて説明したらいいか」
しかし雨木の考えは違った。
花をよく見ると、
「いえこれは大発見かもしれません。この植物は既に絶滅していたはずの〈アサガオ〉という花です。昔データバンクで観たものと外見がそっくりです。これが本物なら微細蟲に頼らず環境に適応できるのは、現状エナとこの花だけかもしれません」
「マジっすか! 旧時代の花って初めて見たっす!」
「エナ、ぞっとこの子と話していたんですね?」
エナは雨木の方に振り返り、
《そうだよ! このこと一緒に帰れるね!」
三人はアサガオをボットの内部、採取用のケースに保管すると来た道を戻り外へ出た。
ホバージープの光学迷彩を解除し、柿崎が運転席、雨木が助手席に座る。
エナが後部座席で体を固定すると、ホバージープはショピングセンターを後背に走り出した。
心地よい疲労感に包まれながら、雨木は足を伸ばす。
今日の探索は十分な成果を上げることができた。
これでコトシロの研究も進展するだろう。
謎は大いに残るがエナの不思議な能力に実用性があることがわかり、今までどの隊員も知らなかった新たな発見があったのだ、感謝する他はない。
そして遠くを見やると、空が茜色の染まり夜が訪れようとしていた。
基地に戻るには十分な時間があった。
夜にならば昆虫たちの動きが活発になり危険がますからだ。
しばらく走り、ジャンクションの下を通り抜けたその時だった、エナがまたもや体を振るわせたのだ。
雨木が心配そうに声をかける。
「エナどうしました」
《……やだ、来るよ。こわいひとが》
前回とまったく同じ反応だ。
オルカリアの襲撃に備え雨木が後方をみると、
「センサーに反応がありました! オルカリア二十体が後ろから接近してるっす!」
柿崎から遅れて声がかかった。
雨木が双眼鏡を取り出して目に立てると、オルカリアが振り子のように触手を使い、こちらに接近してくるのが見えた。
ビルからビルへと器用に飛び移り、速度もかなりのものだ。
このままでは一分としない内に追いつかれるだろう。
そして今の状態ではエナを守り切るのは非常に困難だ。
雨木は決断的に言った。
「ぼくがここに残って足止めをします。柿崎くんは至急基地に応援を要請して、そのまま合流してください。けっして振り返らないように全速力で飛ばすように」
「無茶っすよ! いくら雨木さんでも一人であの数を相手するのは!」
《たけぞう……しんじゃうの?》
柿崎が半ば悲鳴めいた声をかけ、エナが不安げにカメラを向ける。
それをふりはらい装着した。
銀色の装甲が全身を覆い戦闘態勢に入る。
「大丈夫です。絶対に帰ってきますから」
雨木そう言い残すと、身を翻し、オルカリアの元へと跳躍した。
アスファルトを削りながら車道に着地する。
足裏からガリガリと火花が散った
停止後、前方に目を移すと、対面からオルカリアが九体迫ってきた。
個体差があるのか先頭と最後尾では三十メートルほどの差があった。
雨木は一番前の個体に狙いを定め、
「跳躍特化」
《跳躍特化ヲ開始シマス》
バッタの様に跳ね飛んだ。
ビルの外壁を渡っていたオルカリアが目をむく。
ベルトからヒートナイフを抜き出し義眼で核の位置を特定。
逆手に持ったヒートナイフを左前方に振り抜き、オルカリアの首を切断する。
切断面が黒く焼き焦げ、パキンと核が割れるとともにオルカリアは崩れ落ちた。
残り八体が目を血ばしらされて迫ったくる。
仲間を殺され激高しているのだ。
雨木はビルの窓ガラスを壊すと中に侵入した。
そこは元々仕事用のオフィスとして利用されていた場所で、広いフロアの中には机や椅子がほこりをかぶって転がっていた。。
誰にも使われなくなったパソコンがキノコの栽培を行っている。
武器を変更する。
「砲戦特化」
「砲戦特化ヲ開始シマス」
腰の左右に大砲が出現しグリップを握り、トリガーに指をかける。
口径は10.5センチで砲身長は1.5メートルだ。
雨木が窓に砲身をむけるのと同時に、オルカリアが間髪入れずに室内へ殺到した。
半壊していたガラスがさらに粉々に砕かれた。
と、同時に砲弾が発射されオルカリアの身体を粉々に砕き外へ吹き飛ばした。
核を破壊できた保証はないが雨木は止まらず撃ち続ける。
二十体のオルカリアが入れ替わりに触手を放ち、切り裂こうと迫る。
刃と砲弾が幾度となく交差し、すべての備品がめちゃくちゃにかき回される。
アラハバキの装甲に無数の傷が刻み込まれた。
それでも止まらずに撃ち続ける。
十五分後、二十体のオルカリアは完全に沈黙した。
あちらこちらで溶解がはじまっていた。
「はぁ、はぁ……」
雨木は膝をつきその場でしゃがみ込んだ。
百回も徒競走をしたように呼吸が乱れ、わき腹が傷んだ。
アラハバキの浸食がすすみ酷く気分が悪い。
どうにか装甲を解除しようと思った次の直後、壁を貫き緑色の杭が雨木に向かって飛び込んでいた。
とっさに腕を十字にくみ防御の姿勢をとるが間に合わない。
強い衝撃を受け両脚が床から離れたかと思うと、体が浮き壁を次々と破り始めた。
盛大に粉塵を上げ壁を壊ながら雨木は吹き飛ばされた。
そしてビルの端から外に投げ出られた。
数秒中空に漂い落下する。
受け身をとる余裕はなく、そのまま石畳に叩きつけられた。
人口筋肉がちぎれる不気味な感触が全身を走る。
脳内で地震が起きたのかと思った。
数秒の間があり、ぼやけた視界で辺りを見回すと、そこはショッピングストリートだった。
幅広い道でところどころに樹が生えている。
雨木は道路に手をつきどうにか立ち上がった。
衝撃で全身がエマージェンシーを告げる。
「――ぐっ、はぁ、はぁ」
《脊椎部十五パーセント損傷。メンテナンスヲシテ下サイ》
音声インターフェイスが無機質に現状を告げ、正面から杭の持ち主が現れた。
それは頭部に巨大なツノを生やしたオルカリアで杭の正体は伸びたツノだった。
(……二本級〈ライノセラス〉ですか。現状な皮膚を武器に戦うオルカリアですね。厄介です)
太陽は身を隠しつつあり、夜はすぐそこまで迫っていた。




