第10話 放棄
雨木、エナ、柿崎の三人は放棄都市の入り口に到着した。
道中でオルカリアに出くわすこともなく、かかった時間は二十分程度だ。
柿崎がホバージープを走らせ無人のオフィス街を進んでいく。
雨木は周囲を警戒しエナは初めて見る樹木よりも大きな建物に、興味津々という様子で頭部カメラを回転させている。
どこどこまでも直線に続くがらんとした車道は雑草にまみれ、ヒビ割れたアスファルトが植物の強さをまざまざと見せつけていた。
道路の左右には廃墟になった高層ビルがむきだしの鉄骨をさらし、腐乱死体めいて建ち並んでいた。
外壁は苔とつる草に覆われ、かつての整然とした姿は見る影もない。
歩道には老朽化によって剥がれ落ちた窓ガラスが歩道に散乱し、朝日を浴びてキラキラと光っている。
遠くに見えるスカイラインには大蛇のようにジャンクションがとぐろを巻いていた。
渋滞が最期に起こったのは何世紀前のことだろうか。
コンクリートジャングルは別種のジャングルめいていた。
しばらく走った後ホバージープは歩道の脇に止まり、三人は座席から降りた。
柿崎がホバージープの光学迷彩を起動し、背景と同化させた。
エナが言っていたビルに着いたのだ。
雨木と柿崎は迷彩色のバックパックを背負い、エナは背面に茶色のリュックサックを括り付け、中には手製の弁当が入れていた。
斑トマトと鎧アロエを詰め込んだオーソドックスな品だ。
今から調査に向かう建物はショピングセンターで、それなりに高さがあり十二階までフロアがある。
雨木と柿崎は小型ドローンを飛ばし、一階のフロアを確認した。生き物の気配はなかった。
エナはカメラを上に向け建物を見上げている。
《たけぞう、これすごい! おっきいね!》
「そうですね。祖先の技術力に関心します。でもはしゃぎ過ぎてはいけません。ぼくたちからはぐれないように後ろをついてきて下さい」
《はーい》
「このビルのどっかにエナちゃんの言ってた声の主がいるかも知れないんスよね。んじゃオレが先頭で警戒するんで、雨木さんとエナちゃんは後から着いてきて下さいっす」
「お願いします。まずは一階から調べましょう」
柿崎を先頭にショッピングセンターに入る。
一階フロアも外と同様に植物がはびこっていて、さらに空気の淀んだカビ臭い匂いがした。
床には砂利がうっすらと積りぽつぽつと若葉が生えていた。
靴底が枯れ枝を踏みしめ、パキポキと小気味の良い音をたてる。
色とりどりのテナントの残骸を横目に三人は歩を進める。
《ひろいねー。むかしのひとは、ここにすんでたの?》
「いえ、ここは食料や衣服を調達する場所だと聞いています。施設の大きさから考えて、かなりの数の人々がいたのではないでしょうか」
「ここいっぱいに人がいるなんて信じられない光景っすね。シェルターの全員が来てもまだまだ余裕がありそうっす」
「それだけ文明が栄えていたということなのでしょう。そういえば、ここには食品売り場があります。食べ物は残っていないと思いますが、行ってみますか?」
《いく! いきたい!》
「オレも興味あるっす」
「では行きましょうか」
三人は食品売り場を目指して進む。
食品売り場には薄く水がたまり、枯れ葉が浮いていた。
昔は多くの主婦がここに来たことだろう。
棚のいくつかが倒れ、人の争った痕跡があった。
食料を求める人々が殺到したのだろう。
足を滑らせないよう慎重に歩く。
「食べ物は残ってないッスね。缶詰も穴が開いてしまってますね」
「こちらには未開封のものがありますね。持ち帰ってみましょう。解析すればメニューの幅が広がるかもしれません」
《たけぞう、こっちにもあったよ! うなぎってかいてる! ……うなぎってなに?》
「うなぎはつる草のように細長い魚のことですね。焼いて食べるそうです。それも拝借しましょうか。五、六個集まったら次に行きましょう」
こうして缶詰探しが始まり未開封物も集まった。
種類はウナギの他にカニや牛など様々だ。
さすがに現在も食用できる物はなかった。
それから三人は一階フロアを探索していった。
備品など基地で使えるものがないか探したが、長年の湿気で腐り大半は原型をとどめていなかった。
タラップにキノコを生やしたエスカレーターを上り、二階、三階と上へと進んでいく。
ボットのキャタピラは連続した段差を難なく乗り越え、雨木らが手を貸す必要はなかった。
楕円形の廊下を歩いてく。
円の中心は吹き抜けで全ての階を見渡すことができた。
途中ファッションショップや雑貨屋にも見て回ったが、生存者はいなかった。
家電量販店で錆まみれになった電化製品を物色してながら、雨木はエナに訊いた。
「エナこのあたりにもいないのでしょうか。声のはまだ聴こえますか」
《こっちから、聴こえたとおもうけど……》
ボットの頭部がうつむく。
自信なさげなエナにを雨木は慰める。
「大丈夫です。時間はまだあるますから、落ち着いて探していきましょう」
《うん!》
スピーカーからいつもの彼女らしい元気な声が聞こえた。
しかし結局ここでも声の相手からのリアクションはまったくなかった。
何度かホイッスルを吹いてみたが効果はなかった。
(謎ですね。呼びかけにもまったく反応がありません。ぼくたちを疎ましく思っているのなら、最初からエナに声をかけること自体ありえないはずですか。何か訳があるのでしょうか)
「雨木さん、ここもハズレみたいっすね。人の気配がないっす」
「わかりました。次に行きましょうか」
一階ずつしらみ潰しに探していき、雨木たちは六階にあるシネマフロアに着いた。
中は火の光が差し込まず、薄暗く不気味な雰囲気を醸し出している。
壁に貼られていたであろうポスターは茶色の欠片になり果てカーペットの上に散らばっていた。
受付用のカウンターを雨木がのぞき込むと、床には白骨が転がっていた。
頭部に銃創があり自ら命を絶ったと思われた。
エナを怖がらせないように、ここには何もないと嘘をついた。
カウンターから右奥にシアターの通路が伸びていた。
そこはなお暗く一目で危険な雰囲気だとわった。
もの影から襲われたらひとたまりもないだろう。
「雨木さん、オレ先に危険がないか見てくるっす。ここで待っていて下さい」
「一人で大丈夫ですか」
「平気っすよ。ちょっと偵察してくるだけっすから」
ニカッと白い歯を見せて笑うと、柿崎は一人で通路の奥へと進んでいた。
雨木は若干の不安を感じたがそのまま見送った。
しばらく静寂が訪れ、一分もしない内に破られた。
ドタバタとけたたましい足音が聞こえ、柿崎が血相を変えて戻ってきたのだ。
彼は息もたえだえに、
「雨木さんヤバイっす! ここ虎アリの餌の貯蔵庫でした! 兵隊アリがこっちに向かって来てます!」
「兵隊アリの数は分かりますか」
「すいません、暗くてよく見てなかったっす。でも赤い目が光って、今にでも――」
柿崎が喋り終わる前に落ち葉を踏む音が聴こえてきた。
足音は重なって響き、相手が複数であるということを如実に語っている。
雨木はすぐに決断した。
「逃げましょう、最低でも通路まで。この広い場所で全方位から襲い掛かられたらひとたまりもありません。エナも走って下さい」
「了解っす」
《う、うん》
三人は急いでシネマフロアから飛び出た。
階段を下り一般通路に躍り出る。
雨木がエスカレターの位置を確認した瞬間、虎アリが追ってくる気配がした。
かなりのスピードだ。
逃げきれそうにもない。
雨木は前言を撤回した。
「エナ、エスカレーターまで走って下さい。相手の数が手に負えない場合はぼくたちも後から行きます」
「わかった!」
「オ、オレはどうしたらいいッスか」
「ぼくたちはここで虎アリを迎え討ちます。この狭い通路なら詰めても二匹までしか通れません。いきますよ」
エナが走っていくのを見送り、多彩端末を取り出す。
雨木と柿崎はアラハバキは起動した。
「装着」「装着!」
バックパックが開き体を覆う。
一瞬で銀色の装甲を纏った。
遅れて音声インターフェイスが完了を告げる。
《強化外骨格アラハバキ起動シマス》《強化外骨格アラハバキ起動シマス》
二人が装着を完了すると同時に、虎アリが現れた。
数は二十匹ほどだ。
雨木は指示を出す。
「柿崎くん。焼却特化を使いましょう。上手くいけばそれで逃げてくれます。それでも向かって来る個体はぼくが相手をします」
「はい! 焼却特化」
《焼却特化ヲ開始シマス》
柿崎の両手の平に穴が開きオレンジ色の炎を吹きだす。
炎は通路いっぱいに広がり、濁流めいて虎アリの進行を妨げた。
やがて何匹化の虎アリが燃えだした。
ギィギィと鳴き声が上がり、何匹かが貯蔵庫へ戻っていく。
だがすべてが黙って焼かれているわけではない。
二匹が跳躍し二人の頭上を飛び越えて反対側に降り立った。
柿崎が炎を出しているため退路がない。
雨木は向き直ると、
「斬撃特化」
《斬撃特化ヲ開始シマス》
ベルトから刃のない刀の柄をとりだし、頭の部分から伸ばしたケーブルを左腕の袖口のプラグ穴に差し込む。
液体金属が噴き出し固まり一瞬で刃をメタリックな日本刀を形成した。
雨木はそれを握りしめ中段に構えた。
両者はにらみ合い、やがて虎アリの方が逃げ出した。
野生の勘が身の安全を優先させた。
ほっと肩をなで下ろす。
それから柿崎と共に消火にあたり、鎮火を確認した後エナと合流した。
涙声で心配されるのは二人は戸惑った。




