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第9話 能力

 事件は終息した。


 センサーをかいくぐり侵入された理由は、オルカリアが核のみをホバータンクに紛れ込ませているということだった。

 確かに核さえ無事なら時間をかけ肉体を再構築することは可能だ。

 だだ完全に遺伝子に刻み込まれた本能が強すぎたため、回復する前に動き出してしまったのだ。

 おそらく以前の戦闘で打ち漏らした個体が緊急避難的に逃げ込んだ先がキャタピラの隙間だったのだろう。

 基地の警備はさらに強化され、帰還時のチェックはさらに厳重になった。

 それから一週間後、如月基地というよりは雨木個人に関して新たな問題が持ち上がっていた。

 それは、


「たけぞう、わたしお外いきたい」

「外はダメだって前にも言いいましたよ。 オルカリアみたいな怖い生き物もいっぱいいるんです。エナなんか一口で食べられちゃういますよ」


 実際には切り刻まれて苗床にされるんわけだが、雨木はなるだけ柔らかい表現を選んで話す。

 年端もいかない子供には教えられないことがこの世界には多すぎた。

 自分も初めて真実を知った時は素直に受け止められなかった

 エナはあまり賢くないが、聞き訳が悪いということはなかったので、今回のわがままは意外だった。

 それはそれとして、もちろん外に出すわけにはいかない。

 いまだに解析は進んでいないが、彼女の命が持つ価値は如月基地すべての隊員より重いかもしれないのだ。

 最期まで戦ったであろう桂軍平のためにも失うわけにはいかなかった。

 しかしエナの言葉は雨木にとって想像だにしないものだった。


「だってよんでるもん。だからわたしが行かなくちゃ」

「呼んでる?」

「あのこがよんでるもん」

「あの子? 誰かの声が聴こえるのですか?」

「うん!」


 普通なら子供の戯言と切り捨ててもいい場面だ。

 イマジナリーフレンドがいても可笑しくはない年齢でもある。

 だがもしも、万が一他にもエナのような生存者が存在するならば、コトシロの研究も一気に進展するだろう。

 ひいては扶桑シェルーで暮らす人々にも希望を与えられるかもしれない。

 もちろん子供の言うことであって、信用性も何もあったものではないが、先週の件も含めエナの言動は常人には理解しできない場所で何かを感じているところがあった。。

 だから一笑に付すのは早計だと考えたのだ。



「その子はどちらにいますか? お名前は?」

「なまえは分かんないけど、あっちにいるよ! きてーて言ってる!」


 エナが指さしたは放棄都市のある方角だった。

 放棄都市とはスイドラがはびこる現在でも建造物がそのままの形をとどめ、街の風景を残しているている貴重なスポットだ。

 樹木の干渉が少ない理由は火喰いゼミが産卵地として選んだためだ。

 それにより幼虫が土の中に多数生息し根から養分を吸収するためか、スイドラもそこには大きく勢力圏を広げることはなかった。


(生存者が実際にいて、サバイバルをするのなら絶好の場所ですね……)


 雨木は頭の中で数舜考えを巡らせ、


「わかりました。栗林隊長に進言してみましょう。それで許可が下りたら外出る方法も考えてみましょう。でもあまり期待はしないように」

「やったぁ! やくそくだよ、やくそく!」


 エナは無邪気に声を上げた。

 あまりの純朴さに少し微笑んでしまう。

 隊員にとって外での仕事は緊張の連続で楽しむことなどありえなかった。

 久しぶりに子供の頃を思い出した気がした。




 時間を置き、雨木は栗林と話をしていた。

 場所は管制塔の最上階のにある管制室だ。

 ボットがオペレーターとして六台二十四時間体制で稼働している。

 ぐるりと室内を囲む強化ガラスをはめ込まれた四角窓は如月基地を目視で一望できるようになっており、ホバージープ、タンクの出入りも確認できる。

 部屋の中には机が窓に接するようにぐるりとと並べられており、その上には金庫のような黒く頑丈そうな分厚いパソコンが並んでいた。

 厚みの理由はどのような環境でも稼働できるように防塵、防水のためだということだったが、屋外で使用することはまずなく、無駄に持ち運びが不自由になるだけだった。

 シェルター内の電子機器開発部は多彩端末デバイス微細蟲ナノマシン発明した天才ではあったが、地上で暮らした経験のあるものが少なすぎた。

 と、雨木の説明がようやく終わった。



「そういう事情なのですが、栗林隊長いかがでしょうか」

「いやー、それは無茶な相談だぜ。お嬢ちゃんを外にってのはな。俺たちだって生身で動き回るのは危険だってのに」


 栗林は肩をすくめ。無理だというジェスチャーをとる。

 当然の反応だと思う。

 誰だって二つ返事でOKというわけにはいかないだろう。

 でも、もう少し食い下ってみることにした。


「しかしエナにはぼくたちの理解を超えた能力が有していると思うのです。角を生やした少女が治療殻コクーンに入ったまま外の様子を把握し、今度はオルカリアの襲撃をどの監視センサーよりも早く発見した。エナが他にも生存者を見つけた可能性があるのなら、それに賭けてみたいのです」

「だがなぁ……コトシロはどう思う」


 困った栗林はコトシロに助けを求めた。

 パソコンのマイクに声をかけるとコトシロがアクセスした。

 画面になぜかドットで作られた顔が映る。

 高性能だというのはわかっていたが不要な箇所にリソースを割りさいている気がした。


《うーんワタシも簡単にイエスとは言えませんねー。でもエナちゃんの能力に関してはこちらでもまだ研究が進んでいませんし、不明瞭な部分が多すぎて何とも……そうだ! いい考えがありますよー』

「大丈夫だろうな。お前は割とトンチンカンなところがあるからな。人間のダメなところばかり学習しやがって」

「考え? どのような?」


 栗林と雨木が疑いの眼差しを向ける。

 コトシロはもったいぶって、間を空けると自信満々にスピーカーから声を出した。


《ボットをあらかじめ出動させて安全なエリアを確保しておくんです。これならエナちゃんが一人で出歩いても無問題ですよー》

「あのなぁ、放棄都市がどれだけの広さだと思ってんだ? ボットの台数も足りんだろうし、そこらの虫どもはまあいいとしても、オルカリアと遭遇したら一発でアウトだぞ」


 あまりにも無理がある提案に栗林が呆れて嘆息する。

 実際それで安全が確保できるなら人類はここまで追い詰められていないだろう。

 だが雨木はその作戦に使える部分があると考えた。


「ではボットをエナに操縦させるというのはどうでしょうか? 脳波を読み取って動くタイプが棚卸の時に、倉庫で眠っているの確認しました」

 《遠隔操作ボット。身体の不自由な人のために開発されたタイプですよねー。アリだとは思いますけどー、あれ動かすの難しいですよ》

「嬢ちゃんに扱えるかが問題だわな。オレとしてはその場所に嬢ちゃんが言っている誰かさんがいるとは信じられんし、ボットの無駄遣いだと思うが」

「たしかにそうかも知れません。しかし可能性が僅かでもあるのなら試してみても損はないと思います。上手くいけば閉塞した現状を打破

 できます」


 栗林は腕組みをして無理だろうという様子で、コトシロはドットの表情を笑顔に変え乗り気になっている。

 時計の秒針がいくらか進み栗林が喋った。


「わかった。この件はお前に任せよう。嬢ちゃんの世話はオレが承諾したんだしな。好きなようにやれ」

「ありがとうございます。栗林隊長」


 深く頭を下げる。


《おもしろそうな話ですしー、エナちゃんのから有力な情報が得られたらワタシも協力しますよー」

「ありがとう。コトシロ」


 こうしてエナの初めての外出はボットでということになった。



 話会いの後、雨木はエナに今日あったことを話した。

 ボットの操縦は嫌がられるかと思ったが、当の本人はもったくそんなことはなく、むしろ新しいおもちゃを与えらたように喜んだ。

 それからエナの訓練が始まった。



 後日、二人は運動棟でボットの操縦をコトシロに教わっていた。

 運動棟とはその名の通り運動をする施設で、走り回れるだけのスペースと各種類のスポーツ用品が完備されていた。

 板張りの床の上には今マッサージチェアのようなゴテゴテとした椅子が置かれており、その上にエナが頭をすっぽりと覆うヘッドギア被り座っていた。

 脳波を読み取るにはこの方式が一番簡単で、今からボットがエナ自身となる。

 大抵の人間は体の変化に戸惑いまともに動けない。

 水の中を泳ぐ魚が二足歩行では走れないということだ。

 そこから五メートル先には操縦用のボットに机が用意されてた。

 机の上にはソフトボールの入った箱と空の箱があり、これからすることは容易に想像できた。


《エナちゃん頭は重くないですかー?》

「うん、平気だよ」

《それでは今からスイッチ入れますねー》

「はーい」


 言うとコトシロは手元の多彩端末デバイスを操作し、ヘッドギアを起動させた。

 目のあたりに伸びた横線状のランプに赤い光がともる。

 しばらくするとボットが動き出した。

 両腕のアームを上下にゆっくりと動かしている。

 自分の手がどのように動くのか確認しているのだ。

 

《じゃあ箱の中のボールをもう一つの箱へ移動させてみましょうかー。時間をかけていいですよー》

《うん!》


 エナの声はボットに搭載されたスピーカーから聞こえた。

 具合は悪くなさそうだ。

 そしてエナはコの字型のアームを箱の方に向け、器用にソフトボールを掴むともう一つの箱へ移した。

 まるで自分の手を動かしたかのような滑らかさだ。

 ボールが収まっていた箱は一分と経たずに空になった。

 雨木とコトシロは驚いて目を見開いている。

 幼い少女がこれほど簡単にボットを操れるとは思いもしなかったのだ。

 やはり普通の人間とは感覚が異なるようだった。


《終わったよ。これでいいの?》


エナがこれだけ? といった様子で不思議そうに訊ねた。

訓練は一日で予定していたすべての課題が終了した。



 それから一週間後の早朝。

 グラウンドに集合した調査隊が、放棄都市へ出発する時間を今か今かと待っていた。

 参加する隊員は雨木、エナ、柿崎の三人だ。

 すでにホバージープは用意され、装備一式が積み込まれていた。

 エナが乗る部分は座席が取り外されており、ドラム缶を縦に置くように乗り込むことができる。

 声のするポイントは事前にドローンを飛ばし、カメラから中継した映像でエナが場所を特定していた。

 理屈はわからないがその周りの風景もわかると彼女は答えた。


「それでは行きましょうか」

「了解っす」

《はーい》


 全員が席に着きホバージープは発進した。



















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