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貴子は自分が情けなくなった。
ベットの周りで振り回した枕は、羽根があちこちに飛び散ってしまった。
向こうの鏡台には、髪の毛を振り乱し、どうしようもなく憐れな自分がいた。
涙が顔中をぐちゃぐちゃになり、髪の毛は涙で顔に張り付いていた。
ハッとしたかのように、涙をタオルで拭い、髪の乱れを整えた。
キッチンでホットミルクを作ると、白い大きなカップが落ちないように、両手で包むように、PCの前に向かう。
カップに口をつけ、何かを決意したかのように、キーボードにせかせかと指先を走らせた。
部屋を作ると、3分もしないうちに、馨が飛び込んできた。
「こんばんは!!」
kimi こんばんは
馨 今日もkimiに会えて嬉しいよ♪
kimi 待っててくれたのね。ごめんなさい…。
馨 なんかkimiにしてはしおらしいね。
kimi ううん。ちょっと眠かっただけよ。
馨 昨日の今日だもんなぁ。長々と話しちゃってごめんよ。
kimi いいのよ。
kimi こうして話していると、気も紛れるわ。。
馨 僕はいい暇つぶしかよ!(笑)
kimi まぁ、そんなとこかしら?
馨 ひっどいなぁ(苦笑)。今日ね、kimiが来る前にここで話していたんだよ。またひっかかりそうかも…。
kimi ほんっとうに懲りない人ねぇ。で、相手はどんな子?
馨 なんか大人っぽくてね。35歳だって。
kimi あなたは、年増好きなの?
馨 年増!?年増って言わないでよ!!
kimi あら、怒ったの?
馨 そりゃそうさ。あのね、女の魅力は30代からだよ。女盛りは40からって言うじゃん??
kimi そんな諺あったかしら。
馨 なくてもいいの〜。僕ね、30歳からの大人の女の人ばっかり集めた写真集を作りたいと思った事あるよ。格好いい洋服を着てもらって、ヘアメイクもバッチリでね。
kimi 馨クンが考える、「イイ女」を有名人で例えるとどんな女?
馨 そうねぇ。もう2、30年若い江波杏子とか…。
kimi うんうん(笑)^^
馨 極め付きは欧陽非非だね!もうおん歳60超えてるみたいですが@@@
kimi 欧陽非非!!(爆笑)
馨 いい女じゃん(笑)。非非って、めっちゃ脚が綺麗なんだぞ。
kimi まぁ、確かに(笑)。
馨 まぁ…ビアンチャットに欧陽非非は来ないだろうけどさ。
kimi 来たら面白いわね。
kimi …つまり馨クンはセクシーな女性が好きなのね。
馨 そうそう。有名人なら、ライオンみたいな女の人が好きって事かな。こう野生動物のフェロモン全開!!みたいなw
kimi 若い子には全く興味がないの?
馨 十代、二十代も相手がその気なら口説くよ。その年代でも、僕よかよっぽど大人の人がいるから。ただ…。
kimi うん?
馨、そういう人でもね、チャットではなんせ話しが面白くないんだ。大人の人ってチャットでも深みがあるからね。
馨 チャットだって、恋したいじゃない?
kimi こんなバーチャルな場所で?
馨 そうだよ。僕は断言できる。”チャットでもいつの間にか恋の深みにハマる事はある”ってね。
kimi 馨も経験済みなのね。
馨 そうだよ。僕も最初は遊んでたのと、仲間とオアシスみたいな時間を過ごしたかっただけなんだ。だから、恋愛はないだろうと思ってた。バーチャルだと思うかもしれないけれど、やっぱり雰囲気とか、文字に出る人間的深みってのがあるんだ。
kimiは、普段はかけない眼鏡を上に持ち上げて直した。
kimi 初心者だからまだわからないけれど、そういう気分ってあるのね。
馨 ああ。ある意味、現実よりも濃かったりする。文字だけなのに、相手の内面が感じられて、気がついた時には、現実なんてふっとばす。つまり、こっちの方がリアリティのある”現実”になっているんだ。
kimi ふふふ。馨は想像力豊かなのね。
馨 妄想が逞しいともいう?(笑)
馨 でもね、僕、一度もネカマに引っ掛かった事がないんだぜ。
kimi ねかま??
馨 正式名称”ネットオカマ”。バーチャル上でだけ、女になりすましている男の事だよ。現実はオカマでもなんでもなく、只の男なんだけどね。
kimi それって、気持ち悪いわね。
馨 うんうん。普段もオカマならいいけど、パソコン打っているその中身は男そのものだから。
kimi 私も遭遇する可能性はあるの?
馨 勿論。っていうか、ここネカマ多いよ。普通のサイトにいるネカマなら、変体趣味で笑えるぐらいのものだけど、ビアンの子を引っ掛けようとする馬鹿もたまにはいるらしいからのう。
kimi ネカマだと確信を持てる根拠は?
馨 カンだね。
kimi それだけ??
馨 そうだよ。僕ね、友達のサイトで遊んでいた事があるの。そこでは最初にルームに入った人がトンカチを持っていてさ。それがホスト。で、信頼できる仲間がきたら、その人にもホストトンカチをあげるわけ。
kimi この世界では馨は有名人ね。
馨 ネット上だけね(笑)。で、トンカチ持っていると、変な人とがきたら落とせるんだけれど、大抵最初に気がついて落とすのは僕の役目さ。
kimi ネカマじゃなくて落とされたらショックじゃない?
馨 そりゃそうだ。
馨 僕も最初は”麗”に落とされて、3回挑戦したからね。一人称”僕”だしさ(爆)!。ただ、僕が問い詰めると、ネカマは白状するか自爆してすごい事になるから、誰も咎めないんだ。カンがない人が下手に落としたりすると、落とされた子が後で違う名前で入ってきて、僕にささやきしてきて「さっきはショックだった」なんて事があるよ。
kimi 3回落とされても、挑戦したのは根性があるわね。
馨 根性なんてないよ。ただ、嬉しかったんだ。
kimi うん?
馨 僕にはね、この世の中に、どこにも”居場所”なんてなかったんだ。だから、初めてあのサイトをみつけた時には驚いた。「レズビアンのお部屋」って。「レズビアン」って書いてあるんだよ。しかも、そこでみんなが普通にキャッキャと雑談してるんだ。あの日が初めてだよ。「ここにいていい居場所」を見つけたのは。
kimi だからネットにハマッたのね。
馨 そう!ビル・ゲイツは天才だよ。難しいハードの事は置いておいて、僕らは救われた。ビルこそ僕らビアンの救世主なんだ。みんな気がついていないだけでね。
kimi ビル・ゲイツがいなければ、私も馨とこうして出会う事はできなかったわ。
馨 そうだよ。だから僕らはもっともっと感謝すべきなんだ。マイノリティにとってのエポックメイキングな出来事だよ!
馨 …そう言えば、kimiはネットをいつから始めたの?
kimi それが本当につい最近の話なの。ひょんな事からパソコンが手に入ってね。
馨 ふんふん。
kimi いろいろ遊んでいるうちに、ここが目についたの。
馨 そうなんだ。
馨 ねぇ、ちょっと気になってた事があるんだ。ビアンサイトにいる方に聞くのも失礼だけれど。
kimi 言って。
馨 kimiはビアンなの?
kimiはホットミルクを口元に寄せた。一口飲んでカップを置き、キーボードに指を奔らせた。
kimi もちろん私はビアンよ。
馨 そうだよね。
馨 変な事聞いてゴメン!
kimi 中学生ぐらいの時に、憧れている先輩がいたの。バスケ部のキャプテンでね。
馨 うんうん
kimi 恋心に似た思いだったわ。
馨 うん。
馨はたばこを吹かしながら、考えていた。中高生の時に同性に恋愛感情を抱くのはよくある事だ。と、すると、この人は普通の性癖の人なのだろう。
kimi 馨、今「なんだ、ビアンじゃないのか」って思ったでしょう?
馨 なんで?
kimi すっとぼけちゃって。憎らしい子ね!
馨 まぁ、正直ちょっと思った。
kimi 馨にとっては大した事じゃなくても、私にとっては今でも切なくなる思い出なのよ。
馨 なんとなくわかるよ。
kimi 2年も片思いしてたの。だから、私もビアンの素質があるのね、きっと…。
ふと、馨に自分の嘘を見透かされてるような気がした。
「それにね」とkimiは慌てて付け足した。
「今、好きな人がいるの。もちろん女の人よ。」
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