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貴子は手を挙げてタクシーを止める。
「渋町へ」
「わかりました」
タクシーは動き出し、貴子は深く腰をかけ外を眺めた。
いくつもの灯りを追い越してゆく。
私は張り詰めたこの街が好きだ。
どこかで別れたら、二度とすれ違う事もない街。
皆が他人同士の街。
私が張り詰めたこの街が好きなのは
自分自身も張り詰めて生きてきたからかもしれない。
時間が刻々と進んでいくのがわかるこの街の中
すれ違うのは他人ばかり
どこからこれだけの人間が溢れ出て、
みんなどこへ帰るのか
人が波のように押し寄せて
もう、「物」のようにしか見えない。
それでも、それぞれに心を持ち
痛みをもち
あるときは喜び、ある時は悩みのどん底に陥るのだろう
でも、すべては他人事ー
私がここまで来るまでの道程は長かった。
男もそう
何人の男が、私の上を通り過ぎただろう
そこには喜びもあったけれど、
必ず終わり、というものはつきまとう
「ここで結構よ」
タクシーを止め、マンションへと帰る
12階のボタンを押し、エレベーターに写った自分の顔を、見た。
もう若くもない。焦りにもにた感情が、私を急かす。
このまま、沢山の砂粒のように
埋もれて過ぎてしまっていいの?
人ひとりの存在が、とてつもなく軽いこの街で−
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田中貴子はベットの上でそわそわと落ち着かなく時計を見つめた。
今日もあの人は残業だろう。
新しい都市開発のプロジェクトとやらで、この所、3時間も寝ていない。
貴子は立ち上がって、居間へと向かった。
重厚なカーテンを開け、夜の街並を見つめる。
この最上階からは、巨大な大都市も全て一望することが出来る。
ここの夜景が貴子のお気に入りだった。
けれど、今は、無情な淋しさを感じる。
一人きりの長い夜をずっと過ごしてきた。
あの人が嫌いになったわけではない。
むしろ愛している。
結婚という形は取れないけれど
この二人の自由な関係が私は気に入っている。
あの人は私との関係に満足しきっている
だからこその安心感なのだろうけれど
このままでいいの?
誰に会うわけでもないのに、貴子は化粧台に座る
私はまだ、綺麗かしら?
鏡の中でいろいろな表情を作ってみる
次の瞬間、まだ映ってもないはずの老いの影を、背中に見た。
たまらなくなり、貴子は枕を鏡に投げつけた。