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kimi  作者: LEIN
4/19

4

「kimi 相手のひとはちゃんときてくれる?」


「馨 うん。時間も待ち合わせ場所もちゃんと約束してるからね」


「kimi 断られた事は?


「馨 そりゃあるさ。2回あるよ。」


2回?ほんとに2回だけ?


kimiは信じられずに、馨が傍にいるのならば、大声で訊ねてみたかった。




「馨 なんとそのうちの一回は3時間も待っていたんだ!」


「kimi すごいわね。諦めてかえりなさいったら」


「馨 …だって、淋しいじゃん?」


「kimi うん?」


「馨 僕はものすごくワクワクして出掛けるんだよ。どんな人かな?僕の事、気にいってくれるかな?今度は彼女になってくれそうかなって…。」


「馨 来てくれなかった時は、真面目にベンチで泣いてた」


「kimi 抱けなかったから泣くの?」


「馨 たぶん、淋しくて淋しくて、見捨てられた子供と同じような気持ち」


「kimi 女一人来なかったぐらいで。次にまた会う子を探せばいいんだからいいじゃない」


馨は、このひともやっぱり僕の淋しさをわかってはくれないんだ、とガッカリする。


「kimi もう一つの断られたお話を聞かせてくれない?」


「馨 いいよ。」


「馨 JRの駅で待ち合わせて、先についていたんだよね。」


「馨 メールしたら、「こっちに向かっている」って。で、その後、「着いた」っていう電話があったから、安心して、飲み物買って飲んでいたんだけれど…。


「馨 それからメールしても一向に来ないんだ。高架下でずっと待ってた。4時間待ったかな。あれは虚しかった(爆)!」


パソコンをする時と、本を読む時だけかける眼鏡をずらしながら、kimiは考えていた。


「kimi ねぇ…、その時、何を飲んでいたの?」


「馨 リポビタンDだよ。」


kimi オヤジ臭いわね。



馨 僕はよく飲むよ。リポビタンDとか、デカビタとか…


kimi オロナミンCとか…


馨 うんうん。栄養価もあるし。


kimi 飲みながら待ってるのね


馨 喉渇くしね。何にも入っていないものより、同じ飲むなら、身体にいいものがいいよ。


kimi …。


馨 何?


馨 何だよ?


kimi ほんっとうに馬鹿ね!


馨 は?…


kimi そりゃ引くに決まってるわ。


馨が目の前にいたら、頬を思いっきり、つねってやりたい気分だ。




kimi 馨クン、いいこと? 女の子はムードが大切なの。いつもはそれでもいいけれど、これ


から夜を過ごす事になる相手が、いきなり高架下でリポビタンD飲んでいたらガッカリするでし


ょう。


馨 そうかな?


kimi そうなの!!まったく何をやってるんだか。


馨 うーん?


kimi …。


kimi ごめんね、笑いが止まらなくなっちゃったわ。


kimiはPCの前でお腹を抱えていた。



馨 ギャー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



どうやったら、このとんま君はわかってくれるのだろう?




kimi お願いだから、そういう時には、コーヒーでも飲んでいて。UCCのミルクじゃだめよ。


馨 コーヒーではあれが一番好きなのに。


kimi ダメよ。美味しくなくてもいいから、ショート缶のコーヒーにしなさい。


馨 紅茶花伝は?


kimi だめ。想像すると笑っちゃうもの。ドキドキして会いに行ったら、相手が紅茶花伝の大きい缶飲んでると思ったら…。


馨 いっぱい飲めてお得じゃない?


kimi …。


kimi あなたはいいかもしれないけれど、相手は貴方にこれから身を預けるのよ?


馨 わかった。これからは考えるかも。


kimi かもじゃないの。約束しなさいよ。


馨 約束はできないちゃ


kimi 意外と頑固ね〜。


馨 だって守れそうにないもん。


kimi バカ…。


馨 あっ…。


馨 嫌われちゃったかな?


kimi だから”彼女”ができないのよ。


馨 そうか…


kimi ショボンとしなくていいから


馨 うん…。


kimi まぁいいわ。




「kimi」は結構、突っ込んでくる人みたいだ。何が「まぁいいわ」何だろう?そんなに「リポビタンD」が気に障ったんだろうか。




「馨 僕はいつだって本気なんだよ。本気で会いに行くんだ。最初から身体を求めるけれど、


それは寝ないと安心できないからなんだ。」



馨はいかに自分が真剣にそう思っているのか伝えたかった。



「馨 そこから始めて繋げようとしているのに、どうして受け止めてもらえないんだろう。」







みんなみんな逃げてゆく。身体を預けただけで。


抱いたら自分のものになる。抱かないと女の子は逃げてしまう。


僕には抱かないまま口説ける自信も、友達からはじめる余裕もなかった。


一種の病気みたいなものなんだろう。


わかってはいても、この狂おしい思いを、自分でも止める事ができない。


まず抱かないと安心できない。すべての話はそれから。


待ってなんていられない。


まずは自分の腕の中でモノにしてしまって、安心しきりたい。


他人から見れば狂っているんだろう。


誰にも僕の気持ちなんてわかりっこない。


どの女もわかってくれなかった。


いつかわかってくれて、僕の丸ごと全部を、全身で受け止めてくれる女神が現れるという夢にすがって生きている。


だから今夜も口説くんだ。



いくら説明してもわかってもらえない虚しさ。


このひとだって、わかったふり、賢いふりをしているけれど、所詮女だ。


僕の気もしらないくせに!!!!


泣きたいような、ひとりぼっちで世界から取り残されてしまったような虚無感に脱力してしまう。




馨 そうだよ、所詮、こんな僕を受け止めてくれる人なんていないのかもしれない。




急にkimiに対して、冷たい気持ちが起こってくるのを抑える事ができなかった。




kimi 馨クン


馨 うん?


kimi 明日は私が部屋を作っておくからきなさい。


馨 えっ?


kimi 仕方がないからモテナイ君の愚痴に付き合ってあげるわ。どうしたらいいか、一緒に考えましょう。


kimi …時間は9時でいいかな?



僕の気持ちをわかってくれようとしている。暗闇からサーッと一筋の光が見えたような気がした。




馨 OKです!!


kimi じゃあ行くわね


馨 うん、ありがとう。


kimi じゃあ、おやすみなさい、”モテナイ君”。



kimiは先に部屋を出ていった。


kimiは辛辣だけれど、博愛精神に溢れた人なのかもしれない。


これから一緒に考えよう。


kimiならば、わかってくれる。


きっと、僕の全てをわかってくれる。





-----------------------------------




重厚な木製の扉を開けると、そこには夜空が窓いっぱいに広がっていた。

カウンターから、手を挙げている男がいる。


「ここだ、貴子」


田中貴子は、暖かく手を振る男を見つけると、ほっと力が抜けた様子で近寄っていった。


そして、手の持ち主の横にすべりこむ。


矢沢隆俊とは10年以上の付き合いだ。




「マティーニを」

「かしこまりました」


この男に、高級な黒のスーツがよく似合う。いつもながらの端正な佇まい。女の注目を集めるのに十分な魅力を持った男。



矢沢はじろじろをわざとらしく貴子を上から下まで眺めた。

「相も変わらずいい女だな」

「あら、お世辞でも嬉しいわ」

貴子はいたずらっぽく片目をつぶってみせる。



「こんな夜中に会えるとはな。」


「なんだか近くにいそうな気がしたのよ。」


「具合はどうだ?」


「大丈夫。もうしばらくで戻れると思うわ」


「もう、復帰してこないのかとハラハラしてたんだぜ。」鬼コーチがいないと、締りもなくなるからなと、矢沢はいたずらっぽくからかった。


「皆は元気かしら?」


「あぁ。何とか貴子の埋め合わせをやっているよ。俺は”戦友”が復帰できそうなだけで嬉しいが。」


「”戦友”か。」


「あぁ」


矢沢はウィスキーのロックを煽った。



「女としても、お前がいなくて淋しかったよ。」耳元で矢沢が囁く。


「嘘おっしゃい。3人の妻に囲まれてハーレム状態でしょ。」


カウンターの下で貴子は矢沢の脚を軽く蹴飛ばしてやった。


まぁな、と、矢沢は高笑いをした。白い歯となんの衒いもない笑顔が眩しい。


「どいつもこいつも勝手な事をいいやがる。間を取りもつのも大変なんだぜ。」


だが、優しい目をして、それでも女は全て可愛いものだよ、と付け加えた。


「本命の彼女ははもうどれぐらいになるんだっけ?」

「7年かな」

「いい加減に結婚してあげなさいよ」

「俺は一つの所に留まれる男じゃないよ。」


いたずらっぽく矢沢は笑う。若い頃の矢沢は、凛々しい青年だった。今は目尻に皺が出来て、何も知らない青年ではなくなったけれど。

若さゆえの固さが取れ、渋みを増した今の矢沢も大好きだ。ハートの暖かい人柄だが、よく日に焼けた強靭な肉体からは、野生の動物のように性的な磁力をも放っている。


ブルブルと震えるような音が微かにした。矢沢はそそくさとスーツの内ポケットを探り、携帯電話を取り出した。


メールが来たらしい。なにやら入力し、まめまめしく返信している姿が似つかわしくなかった。


「貴方もメールも使えるようになったのね」


「なに、仕事の呼び出しなんて面倒なだけでね。これは愛を語る小道具みたいなものさ。」


見てみるかい?と差し出された携帯には、若い女の写真が載っていた。


「何よこれは?」


ピースサインをしている女の下にとペンキで描いたような「れいこだよ」というピンクの文字が、踊っている。



「綺麗な子じゃない」

少し腹立たしく感じながらも認めざるを得ない。

「もっともオツムの方はからっぽそうね」

「あ、ひょっとして妬いてるのか?」

「まさか。女が女を見る目は厳しいだけよ」


そんな貴子が可笑しくて堪らないというように、矢沢は笑う。


「この子とはあなたの会社の人なの?」


「いや。いわゆる”出会い系”ってヤツで出会った。」


本当に?貴子は驚きで目を丸くしている。


「あなたが出会い系に手を出すとは思いもしなかったわ」


貴子は少しがっかりした。


「俺とお前の仲じゃないか。固いこと言うなよ。」


 この”ようこ”という人妻と、”ミーナ”という女子大生ともメールが繋がっているんだ。ようことはメールだけだが、そう遠くない内に会えるはずさ、と、年甲斐もなく嬉々としている。


「貴方の所の社員さんが、こんな滑稽な姿をみたらどう思うかしら?」

「とんだバカ社長だと呆れるだろうな」

「出会い系の魅力って何?」



矢沢はこぶしを顎に当てた。

「スリルだな」

貴子は遠くを見ているような、矢沢の赤くなった横顔を見つめた。


「飲み屋の女なんて、すぐに寄ってくるし、もう飽き飽きだね。だが、ここで約束するとするだろう?そして出会う。しかも見知らぬ相手との初めての対面だ。その緊張感がたまらないんだ。」


「いきなり、一晩だけの相手を見つけたりもする?」


「あるね。だが、そいつはさすがの俺でも難しい。相手は来るかどうかわからないよ。来ても、大抵は物影からこっちを物色してるんだから。」



「あら、女は男ようには簡単にいかなくってよ。ただ、快感を得られればいいわけじゃないもの。」


貴子は人差し指でグラスの縁をなぞった。


「今夜抱かれてもいい相手かどうか、生理的に受け付けられるだろうか、一晩でも心がときめくか。じっと考えているのだと思うわ」


「まるで”経験者”みたいな口振りだな」


「まさか。でも、うまく逢引に漕ぎ着けた事ある?」


「まぁね。だが、いきなり抱くなら、勝算は3割だな。」







「ねぇ…」


「なんだ?」


「いきなり約束をして、ほぼ全員を抱ける男がいたとしたら、どんな人かしら」


「そんな奴はこの世にいないだろう。」


矢沢は笑ってロックを飲み干した。


「さっき言っていたじゃないか。女ってのは警戒心が強い生き物なんだろ?」


 矢沢は怪訝な顔で貴子の方をみた。


その言葉を頭に聞きながら、貴子はカウンターを見つめていた。




「お前、何を考えている?」


貴子は顔色ひとつ変えずに答える。


「何でもないわ。」

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