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kimi  作者: LEIN
18/19

18

「このベットは回転するんだぞ」


「動かす前に言ってくれよ」


美樹はくるくるとカレーの袋を持ったまま、くるくるゆっくりと回転していく馨を見て、得意げに笑った。



「お前が前、「僕は回転するベットの部屋に当たった事がない」って嘆いていたから連れてきてやったんだ。」


「わかったから、止めてくれ」


ふふん、と美樹はスイッチを切る。


カレーの袋をテーブルに置いて、馨は心臓の辺りを押さえる。


「あー驚いた。」


「どうだ?」


「めちゃ驚いたけれど、これ面白いな!!」


馨の死んでいた目に輝きが戻ったのを確認すると、よかった、と内心美樹はほっとした。


「すごいなぁ。」


子供のように馨はぽんぽんとベットの上でお尻を浮かしている。


「もう一回いくぞ。それぃ!!」


「ぎゃはははは」


馨は笑いが止まらなくなっている。つられて美樹も回るベットに乗って、ケラケラと笑っていた。



「うわーお!!」


「ヒューヒュー!!」



奇声を発しながら、二人は3歳児のようにはしゃぎまくっていた。


普段はあまり笑わない美樹が、声をあげて笑っている。


馨も壊れたおもちゃのように、笑いがとまらない。



顔を見合わせて、ふたりは笑い転げていた。



くるくると回る。


部屋も回るよ。


世界も回る。



意味もなく、そんなことをキャーキャー叫びながら、二人は笑い続けた。



メルヘンのような部屋の装飾品達もくるくる回る。




散々笑い転げて、二人はベットに寝転がった。


「メリーゴーランドみたい。」


「きれいだなぁ。」


幸せな表情を顔に浮かべながら、二人は天井を見上げていた。



はしゃぎ疲れ、ふたりは荒い息が収まるのを待った。



「おまえ、kimiさんを本当に諦めるのか?」


「なんだよ、いきなり…。」


「諦めたくないんだろ」


「そりゃそうだけど。」


まず大前提にさ、と馨の声が大きくなる。


「kimiさんは僕の事を、恋愛対象として好きなわけじゃないから」


「もしも、いつか好きになってくれたらどうするんだ?」



万が一、そうなったとしてもね…と天井を見ながら馨が呟いた。




「守りたいんだ」


「お前のちっぽけなプライドをか?」


「ううん。kimiさんの人生を」


馬鹿かよ!と美樹は起き上がった。


「なんでお前が諦めるのが、kimiさんの人生を守ることになるのさ」


ふん、と美樹はまた、ベットに転がった。




「僕が手を出さなきゃ、彼女の人生、平和なままなんだよ」




二人は黙ったまま、くるくる回る天井を見つめていた。


「普通にお話するだけでもか?


「あぁ、こんな変な人生に顔を突っ込ませないで済む」


「ほんっとに、余計な心配ばっかりするやつだな。」


「そうかな。当然じゃない?」




美樹は呆れたように腕を組んで天井を睨んでいる。


「ノンケは誰も僕の人生に巻き込まない。何も知らないまま、こんなに悩む事なんてないままに、無事に人生を過ごしてほしい。」



大きく、死んだような目を開けながら、馨はゾッとするような口調で呟いた。


「それが僕の哲学さ。」


美樹は腑抜けの今にも死にそうな馨に驚いた。




「お前のその”哲学”って奴が私は気に食わないな。」


馨は黙ったまま、仰向けになっている。


「冒険心のない、つまらん奴だよ、おまえは。」


「そうなのかもしれないね」


「あっさり認めるなって。私の友達のタチは、もっと堂々としてるぞ」


「人の迷惑を考えない、そういう性格だったら楽だろうな。」


「格好ばっかりつけやがって!マイナス思考って言うんだよ、そういうのは。」





「そいつはそいつ、僕には僕の考えがあるんだ」


美樹はふん、と鼻で笑った。


「僕は産まれつきのタチだ。もう習性になってるんだから仕方ないじゃん」




「人の事ばっかり考えてるフリして、自分の人生から逃げてる習性な」


馨は枕を取って顔に押し付け、聞きたくないとでも言うような仕草をした。


今は馨をすぐには責めてはいけない。



しばらく静かな沈黙があった。




「バかおる」


「なに?」


「普通に返事するなよ」



この人は例え幼稚園児が「バかおる」と呼ぼうが、怒りもしない人なんだ。だから私はコイツが好きなんだ。




「それが一晩中泣いて考えたチンケな答えなのか?」


「僕はタチだもん。泣くほどセンチじゃないよ」


「今は抜け殻みたいに落ち着いてるフリしてるけれど。」


美樹はフーと溜息をついた。


「昨日は一晩中、眠れずに泣いてたんだろ?」


「泣いてないって。泣いてたら、腫れやすい僕の目は腫れてるはずだろ?」


ほら見ろよ、というように人差し指で瞼を指差す。



「馨…」


「うん?…」


「朝、氷で目を冷やしてたんだね。」


「なんでそんなこと…」


「お前のママが言ってる」


「ママ!?」


驚いて起き上がって、かおるは辺りを見回した。


「お母さん…?。」



「言ってやってくれって。お母さんは大丈夫だと。女はみんな、お前が思う程、そんなに弱くできてないってさ。」


「…」


「お前が心配しすぎなんだよ」


美樹は目を閉じたまま、じっと何かを聞いているようだった。




「ママさんからのメッセージ」


「…」


「もっと頭をやわらかくしなさいだってさ。」


馨の瞼にうっすらと涙が浮かんできた。


「ママ…。」


ママはいつも優しかった。


いつも特製のオレンジジュースとサイダーを割った飲み物を作ってくれたっけ。


僕のリクエストの卵チャーハンも…。


こんな子を育てさせてごめん!


そして、本当の事が言えなくてごめんね。



美樹は馨の横顔を見た。涙が幾筋も、頬を伝っていく。


「馨」


「うん…。」馨は涙を拭った。言葉を出そうにも、言葉にならない。


「人の気持ちの中で動揺しないで、だって」


「僕がそんな風にみえるのか…」


「みえるよ」


美樹は目を開けてすーっと大きく息を吸い込んだ。


「少しだけ自分の意思で動き始めてごらんよ」


美樹は馨の横顔を見つめていた。




「僕にできるかな」



馨の、漆黒の美しい瞳が真剣な色を帯びて、美樹の方に向けられる。



「できるかどうか、失敗してもいいから動き始めたらいい。」


馨はじっと考えこんでいる。



「おまえは、今まで、”人生”そのものを生きてなかったんだよ。だから、動き始めたその時、初めて馨の誕生日になるのさ」


馨には、最初はわからなかったが、その言葉の意味を、次第に理解しはじめた。


美樹は馨の瞳を見つめた。



馨の瞳は美しいが、いつもどこか悲しげだ。


それが、なぜかうっすら消え始めているような気がした。




「やれるかな?」


「やれよ」


美樹がもどかしそうに言う。


「今の天国のママさんなら、喜ぶんだぞ」


馨は両腕に頭を乗せて、天井を見上げた。


「そうか…。喜んでくれるんだ…。」




美樹はベットに両手をついて、ヨイショと勢いをつけて起き上がった。



「アーア、ヤメたヤメたぁ」


「ん?」


どうしたの?という様に馨の黒い瞳が美樹の瞳をじっと見つめた。


「そら、腹減ったろ?」美樹はウィンクした。


「うん」


「カレー食おうか!」


「おう!」


「その前に私はチョット大の方をしてくる」


美樹は後ろ姿のまま、振り返りもせずに立ち上がった。




「きったないなぁ」馨の笑い声が、背中から追いかけてくる。




美樹はバスルームへすたすたと向かうと扉を閉めて、大きく息をついた。



そして、大きな鏡の前に行き、スカートを捲くって見せた。




「あーあ。せっかく”勝負下着”つけてきたのにさ。」


上着も脱いで、プリプリしながら、ターンをする。


「こんないい女と、ラブホテルに二人っきりでいるというのに、あいつときたら…」



と、そんな美樹の隣に、女性の透明に透けた姿が鏡に浮かび上がった。


「ほ、本当にいたんですか?」


美樹が目を丸くして、びっくりしながら見つめていた。


御免なのか、ありがとうなのか、しきりに頭を下げている。



美樹は驚きながらも微笑んだ。


「いいんですよ。どうせ本気じゃないもん。」


美樹はお母さんにウインクしてみせると、3Dの様に透明なママさんは嬉しそうに両手を


合わせて、頭を下げたまま、スーッと薄くなっていった。


「優しいお母さんだな」


美樹は消えた跡をみつめていた。



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