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kimi  作者: LEIN
10/19

10

kimi …。


kimi 馨?


馨から返答が返ってこないので、貴子は慌てた。


kimi 馨?いるの?


kimi 馨クン!


kimi 馨クン!!


kimi 馨ってば!!


馨 いるよ。


kimi 馨


馨が今、何を感じているのかkimiにはわかる気がした。


kimi 馨


馨  ペットだなんて…。ぼくには魅力がなかったんだ。


kimi そんな事ない。


kimi あなたがわかってないだけなの


kimi 馨を好きになってくれる人もいるわよ。


馨 慰めなんかいらないよ!!


馨 kimiに僕の何がわかるっていうのさ!


馨 本気で彼女を探して、このザマだ。みっともないと思うだろ!



貴子は何も言えなかった。馨の悔しさが自分の事のように伝わってくる。



kimi 泣かないで、馨


馨は机の前で両こぶしを握り締めていた。歯を噛み締めて、声も出さずに震えていた


kimi 馨…。


kimi ヨシヨシ…。


馨から、返答がなかった。今頃顔をくしゃくしゃにして、悔しくて泣いているに違いなかった。


貴子はしばらく待つ事にした。



kimi おちついた?


馨 うん…。


kimi よかった。


馨 うん…。


馨 なんでないてるってわかった?


kimi わかる気がしたの。


貴方は純粋すぎるから騙されるのよ、馨。




kimi あなたにはわからないだろうけれど、貴女は騙されたのよ。


馨 そうなのか?騙されたのか?


kimi ええ。


馨 本当に?


kimi 女という生き物に、ね。


馨はしばらく黙って机を睨んでいた。




馨 嫌いだ


馨 だいっきらい


馨 女なんて、みんな死んじまえばいい



困った。


確かに女は嘘吐きな動物だけれど。このまま女、そのものを嫌いになってほしくはない。


どう切り抜けようか、貴子は素早く頭を巡らせた。



kimi そうね、馨。私も思うわ。


kimi 女なんてみんな死んじゃえ〜!


入力した後、ちょっとふざけすぎかな、と感じ、貴子はハラハラしながら返事を待った。



馨 あはは


馨 ちょっとスッキリした。


PCの向こうで馨が笑った気がした。



馨 でもみんな死んじゃ困るね。


kimi なぜ?


馨 kimiまでいなくなっちゃ困る。


kimi あら、ありがとう。




貴子は、胸が熱くなった。



馨 kimiさ、


kimi うん?


馨 僕のお父さんとお母さん死んじゃったんだ。


kimi えっ…。


kimiは顔から血が引き、手から全ての力が抜けていくのを感じた。


kimi いつ…亡くなったの?


馨 二年前、僕が15の時だよ。NYにいたお父さんの仕事でね、二人がパーティに出るために乗った飛行機が墜落したんだ。


kimi …。


馨 でもね、僕、お葬式でも涙も出なかったんだ。


kimi いきなりだものね…。


馨 今でも実感が湧かないんだ。


馨 それに



馨は息を止めた。




馨 僕が殺したようなものなんだよ。


kimi どういう事?どうしてそんな事を言うの


馨 だから、早く死んでくれればいいと思ってたんだ。


kimi なんでそんなひどい事を…。


馨 二人は常識の塊みたいなまっすぐな人達なんだ。


kimi うん。


馨 とっても優しい人達なんだ。


kimi 馨を見てたらわかるわよ


馨 だから、僕が同性愛者だって知ったら、ママなんてきっと発狂してた。


kimi …。


馨 そんな目に遭わせないで、何も知らずに天国へ行けてよかった。


kimi …。


馨 僕はね、こんな身体も、僕を受け入れない社会にも絶望していた。


馨 二人さえいなければ、とっくに死んでたはずだよ。ビアンのチャットも知らなかったしね。


kimi 正直に言えばよかったじゃない!


kimi 親ならば、どんな事も許せるはずよ


馨 kimiは二人を知らないから。


馨 ママとパパの人生が終わるまで、僕は生ける屍だったのさ。


kimi 馨…


馨 僕が殺したんだ。そんな事思っていたから。


kimi お願いだから止めてよ!!


馨 どうしてさ?僕が殺したんだ。


kimi 馨が殺したんじゃない!!


馨 なんで見もしらない僕に怒るの。


馨 どうせkimiには、どうする事もできないのに。


kimi できるわ。私の事を親だと思いなさい!!


馨 …


kimi 親と思えなかったら、お姉さんでも、お兄さんでもなんでもいいから。


kimi 私が馨の新しい家族になるわ。


長い沈黙の後、画面に字が浮かび上がる。



馨 こんな出来損ないの身体でもか


kimi うん…。


馨 レズビアンの変態でもか


kimi うん。


馨 僕が殺したのに?


kimi そんな事言ったら、天国のお父さんとお母さんが泣くわよ。


kimi あなたには新しい家族ができたの。だから一人ぼっちじゃない。


馨 僕が殺したんじゃないよね?


kimi 何言ってるの。事故だったのよ…。


馨 うん…。


kimi 私は薫の家族だからね…。


馨 うん…。



その晩、動揺している馨が、二度とおかしな事を考えないように、私は子守唄のように、朝が明けるまで、お話を続けた。




kimi ねぇ、馨


馨 うん


kimi 馨は誰かに愛されたいと思っているけれど、誰に愛されなくても、馨は馨よ。


馨 愛される魅力もない、タチか。


kimi また、僕の事知りもしないのにって思っているのでしょう。


kimi でもね、さっきのバカ女よりは、馨の事、知ってるつもりよ。


馨 …うそでもありがとう


kimi 嘘じゃないったら。これだけ真剣に言ってるんだからわかりなさい。


馨 そうか


馨 はっはっは


馨 なんだか、理解者がいると思ったら、昨日の事も笑えてきたかも。


kimi よかった。


貴子は心底ほっとした。



kimi なんだか、貴方の”ママ”みたいな気分だわ。


馨 え?


kimi 私は27って言っていたけれどあれは実は嘘なの。


kimi 本当は42歳のオバサンよ。


馨 うそ…。


kimi びっくりしたでしょ?


馨 …。


kimi 言っておくけど、これでもモテルのよ。でも42歳じゃ、馨の話相手にしてもらえないと思ったの。


馨は、引いてしまったのだろうか。返答までの時間が果てしなく長く感じる。




馨 ねぇ。


kimi うん?


馨 じゃあ、僕の”ママ”になって。


kimi 貴方のママ?


思いがけない答えに、kimiは戸惑った。



馨 僕は、パソコンに出会うまで、誰にも自分の本当の気持ちを言えないままできたんだ。誰にも、だあれにも…。


kimi うん…。つらかったわね。


馨 僕、kimiになら、なんでも話せそうな気がするんだ。本当のママには話せないだろう事も、悩みも苦しみも、全部相談できそうな気がする…。


馨 あと、本当のママに話したかった事を、全部話したいんだ。あと、ママにもっと優しくしたかった。代わりにkimiに優しくしたいんだ。


馨 だめかな…。



馨はドキドキしながら、kimiの返事を待った。



kimi 大きな子供がいきなり出来たもんだわね。


馨 kimi!!





馨はkimiが傍にいるのなら、抱きつきたい気分だった。



kimiは、いつの間にか流してしまった涙を小指で拭う。





kimi さぁ、また明日から特訓よ。


kimi ママが馨をモテル男にする為にビシバシしごくわ!


馨 おっかないな(笑)。


馨 明日もお手合わせ…じゃないか、ご教授頼むとするかな。


kimi 私の特訓は甘くないわよ。


馨 そんなのもうわかってるって(笑)。


kimi アハハ


馨 今日は僕から先に落ちるから。


kimi ん?


馨 愛してるよ、ママ。



そう言い残すと、いきなりチャットを落ちてしまった。



これでいいのだ。今日は馨を見送りたい気分だった。


なんて馨は可愛いのだろう。


私に子供ができなかったから、その分を注いでしまっているのだろうか。



馨が、どうして無性に女の身体を求めるのか、そして、どうしてゆっくりと大人の関係を結ぶ事ができないのか、パズルのように一つ一つがつながっていく。



馨がわかり、自分も正直に年齢を打ち明け、ほっとすると、同時に不安にもなった。


案外シャイなあの子は、恥ずかしくて、もう私と顔を合わせないのではないかと、ふと心配が頭を過ぎった。




翌日、不安は的中した。


もう約束の9時を30分も過ぎたのに、馨は来ない。

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