表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
kimi  作者: LEIN
1/19

「「あ、あの子こないだの子じゃない?」


「うん…。」背の高い方が、ふっくらと小柄なもう一人に問いかける。



 OL風の二人連れが、信号待ちで止まっているバイクを見つめていた。


茶色の、顎紐で結ぶタイプの可愛いヘルメットをしている。




「女の子だよね?」


「男の子じゃない?」


「いや…胸は微妙にあるような気がするよ。」


「ちょっと可愛くない?」背の高い方が、小さい方に更に問いかける。


「なんだか”ジャニ”みたいな感じだよね」興味深々な目で背の高い女は続けた。


 小さくてぽっちゃりした方は、黙ったまま上目づかいにジッとバイクの主を見つめていた。


「やだ!利奈!ヤバイんじゃないの?」


いたずらっぽく、美人な方が肩を叩く。


「うちら、今、ちょっとレズっぽくない?」


屈託なく、背の高い女は笑って肩を叩いた。


ぽっちゃりは、急いで目を反らし、「そんなの気持ちわるいってーの!」と高笑いしてみせた。



聞こえているのか、いないのか、バイクの主は、信号が変わると、ギアを入れ、颯爽と行ってしまった。


ぽっちゃりした女は、言葉とうらはらに、じっと、バイクの後姿をいつまでも追っていた。






馨は、マンションの自転車置き場にバイクを置くと、メットを外した。


フルフェイスのメットにしときゃよかった!と馨は思う。


いちいちウザイんだよ。こっちの世界に来る度胸もない癖に。



フルウェイスのメットと、スーツに包まれているこの瞬間だけは、誰の目も気にせずに自由でいられる。



玄関のドアを開けると、馨はスーツを着替える時間ももどかしそうに、パソコンの置いてある、大きな机の椅子に座った。




そして、端正な顔の中の、漆黒の大きな瞳を左右にくるくる動かしながら、机の上のデスクットップパソコンをつけた。


指は、もう自動的に電源スイッチを押す。



スイッチの黄色の光が、横に長四角を作っている。


その光が穏やかな黄緑色に変わり、ギギギと音を立ててパソコンが動き始める。


馨は木の椅子に腰掛けながら、作ってきたばかりのココアで両手を暖めた。



検索ウィンドウに、「women's looms」と素早く入れると、いつもの薄紫色のサイトがある。


画面を見るだけで、馨はほっとしたような表情を浮かべた。





このサイトには、二人きりで話せる小部屋が11ある。



普通ではない僕達が、日常では困難を極める「出会い」を求めて、皆がここに集まる


常人にはわかりっこない、滑稽な程の心の奥からの渇望。


それに突き動かされ、姿の見えない相手との濃密な時間を過ごす場所−。




急いで帰ってきたのに、11ある、「密会の部屋」は全て満室になってしまっていた。



馨の端正な横顔から、落胆の色が見えた。


”彼”は溜息をついて、天井を見上げる。ここでの濃密な話しは長引くからだ。



部屋の主は、何人かと話して満足するか眠くなるまで、去る事はない。



一つ部屋が空くまでに、まだまだかかるだろう。




そうタカを括りながらココアを飲み、何気なくエンターキーを押すと、早くも11番ROOMが空室になっている。



馨は慌ててココアを置き、急いで入室をクリックした。


そして素早く指を滑らし、すらすらと部屋のトピックを書きはじめた。



−近くに住んでいる方、お話ししましょう−


これが馨のいつも常套句だった。




エンターキーを押すまでは、部屋が取れたかどうかはわからない。今も何人かが空き部屋めがけて飛び込んでいるはずだ。



間に合うか!とエンターキーを押すと、部屋が出来ていた。なんとか一番乗りを確保できたらしい。



後は、今夜のネコを待つだけだ。



一仕事を終えたように、馨は椅子の背もたれに寄りかかった。



今日はツイている日らしい。5分もしない内に、「ゆか☆ さんが入室しました」と、画面に浮かび上がった。


ツーショット部屋は二人の為に自動的にロックされた。




「こんばんは」と馨から入力する。


今日の初めてのお客さんはどんなひとだろう。


「こんばんは」と、「ゆか☆」の返事が書き込まれる。


「オハツだね☆」


「たぶん、オハツ、かな」


皆、HNハンドルネームをよくチェンジする。


初対面のつもりが、実は以前に話した相手だったりするのだ。



この子に会った事はあったっけ?


でもこのテンションの高さだと、きっと高校生あたりだろうな。



「馨 失礼だけど、年齢聞いてもいい?」


「ゆか☆ 14だよ♪」


うわ、こりゃほんとに若いな!と、馨は苦笑した。


「ゆか☆ かおるは?」


「馨 僕は17になったばかり。」


一瞬、ゆか☆返答が止まってしまった。


「ゆか☆ 僕って…男?」


「馨 いや、いちおう女だよ(笑)」


「ゆか☆ もしかして、バリタチさん?」


「馨 バリタチ…。まぁそんなとこかな。」



ふぅん、と、「ゆか☆」はつまらなそうな返事をした。


馨は少し申し訳ない気持ちになった。



「馨 最近、フェミタチの方が人気あるからなぁ(苦笑)」


「ゆか☆ っていうか聞いてよ!彼女と最近うまくいってないの」



14の癖に「彼女」がいるなんて生意気な!


しかもバリタチが苦手な割には、ずいぶん、どっかと居座っている。




なんでも、「ゆか☆」の彼女は15歳。


最近、メールの返信がなかなか来ないらしい。




「ゆか☆ あぁ、散々愚痴ったら、スッキリした!」


ゆかの文字が心なしか輝いて見えた。



「馨 おいおい、僕は愚痴られ損かよ。」


馨は苦笑した。


「ゆか☆ ゴメン!! でも、ただ、じっと聞いてくれただけで嬉しかったんだ!」



普通は雑談目当ての相手を落としてしまうみたいだ。けれども、馨は落とす事ができない。




「ゆか☆ 馨ちん、またお話し聞いてくれる?」


「馨 もちろん!」


「ゆか☆ ありがと☆」


少々疲れながらも、「ゆか☆」が心の落ち着きを取り戻してくれて嬉しい。





「ゆか☆ ところでゆかから質問なんだけれど」



「馨 うん?」



「ゆか☆ 馨ちんはいっつもここにいるみたいだけれど…」


「馨 うん?」


「ゆか☆ 彼女を作る気はないの?」


馨は困ってしまう。


「馨 彼女を作りたいからいるんだよ。でもそう簡単にはいかなくてね。」


「ゆか☆ 正直な人だね。あ、馨ちん、ゆかそろそろ落ちるね。」



ゆか☆は、これからお風呂に入るという。



「ゆか☆ 変な想像しちゃダメよ!あ、馨もいい彼女見つけるんだよ☆」



苦笑しながらも、


ディスプレイの前で、「ありがとう」と目を細めて笑っていた。




「ゆか☆」が部屋から退出し、僕はまた、一人になってしまった。





−近くに住んでいる方、お話ししましょう−


 無論、こんな事は嘘。


「お話しする」、だけで済むような馨ではない。



もう何人とここで話し、そしていくつの夜を越えた事だろう。




「お前はそうやって、ヤル事だけ考えているから、ロクな出会いに発展しないのさ」



OZIが水割りのグラスを片手に、タバコを吹かしながら僕に言っていたのを思い出した。


「もっと”心”で結びつく事を考えなきゃな」




もっともらしい事を言いやがって。地に足がついたようなOZIに馨は苛々した。


もちろん、僕だってそうしたいと願っているんだ!


だけれど、どうしてか上手くいかない。




どうして女共は僕から離れてしまうのだろう?


なぜ?なぜ?なぜ?




「ゆか☆」が出て行ってから、なかなか次の「お客様」が来ない。


もう1時だ。そろそろ諦めて、今日は寝よう。




馨がサイトを閉じようとマウスを動かすと、


「こんばんは」


PCの画面に一言だけ書き込まれているのに気がついた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ