久瑠実と文化祭に参加した日
前回は体育祭の話をしたから、次は文化祭の話をしよう。文化祭の日も一日目の合唱の日だけ休みをもらったんだ。
あたしたちの高校は体育祭が9月、文化祭が11月に行われる。そのせいか8月から11月は生徒にかなり余裕がないと言える。
そのなかにテストをぶっこまれるんだから、かなり不愉快な感じだ。
それは置いておいて。文化祭でやることはクラス合唱と売店だ。
あたしは合唱がある初日だけに参加することになっている。だからあたしは合唱のために歌を全力で練習しなきゃならない。
歌は好きだ。モデル上がりの歌手とかにはなる気はないけど、単純に歌うとすっきりする。
だからこの文化祭、歌だけは頑張りたいと思っている。
準備は一か月前から始まる。クラス全員が絵を描かなければいけないため、みんな大忙しだ。あたしも小さめのサイズだが絵を一枚描いた。
出来は気にしないことにする。
歌については久瑠実からの連絡を待つことにする。
さっそく曲を決めると言っていた日の夜にメールが来た。
“合唱曲が翼をくださいに決定いたしました。ご存知ですか?”
残念ながら映子さんはその曲を存じ上げない。
有名な曲なんだと思う。候補に出るぐらいだから。
でも知らない。合唱なんてしたことがないので、知るはずがないのだ。考えてみろ。学校に行かないで、仕事やレッスンに打ち込んでいたとする。
合唱曲に出会う機会はどこにある。よほどの合唱曲大好き人間でない限り、出会わないだろう。テレビで流れるかもしれない?
生憎あたしはテレビをあまり見ない。
ということで、あたしは久瑠実に知らないとメールを返す。
数分後、久瑠実からメールが返ってきた。
“それなら本番までに練習しなければなりませんね。学校でやる分だと間に合わないので、私と練習いたしましょう。いつなら大丈夫ですか?”
その通り。練習しなければならないな。
久瑠実がじきじきに教えてくれるっぽいな。…うれしい。
あたしの仕事が早めに終わる平日にでも派遣しよう。
午後七時から練習できるに日に、あたしから連絡を入れるという形で決定した。合唱曲猛特訓開始だ!
後日。さっそく仕事が早めに終わったので、久瑠実にメールを送る。
今日、来てくれとだけ。なんて味気のないメール。いろいろ考えた結果である。
すぐに久瑠実からメールの返信が。
“了解です。お時間丁度に参ります。”
さすがだ。
7時00分。家のインターホンが鳴った。本当に時間ぴったり。
あたしは玄関に飛び出す。
「久瑠実、わざわざこさせて申し訳ないな。入ってくれ。」
「いえ、大丈夫です。お邪魔しますね!」
何度もあたしの家に来ている久瑠実は、何の迷いもなくあたしの部屋に向かう。女子高校生にしてはかなり殺風景に見えるあたしの部屋。
これでも最近物が増えた。
「さて、映子ちゃん。練習を始めますか。」
久瑠実は持参したらしいCDとCDプレイヤーを取出し、セットした。準備も徹底している。
「あたし全然知らないけど大丈夫かな…?」
結構心配だ。一切知らない曲だし、すぐに歌えるようになるかわからない。でも歌を覚える時なんてだいたいそういうものか。
まぁ頑張ろう。
「心配ありません。大丈夫です。お手本のCDがないので私がお手本になりましょう。楽譜もありますしね。」
楽譜を見ればどうとでもなるらしい。お手本になってくれるらしい久瑠実。その勢いさすがだ。ここは任せることにする。
「そうだな…。えっとお願いします!」
久瑠実先生!冗談めかして久瑠実に敬語を使う。
「任せなさい!!」
これで久瑠実が音痴だったら面白いけど、そんなことはない。久瑠実は音程をしっかりと合わせてくる。
外れない音に心地よささえ覚える。
歌い終わると、ふーっと息を吐いた久瑠実。なんか格好いい。
すぐにあたしの方を向いて言う。
「…といった感じです。どうですか?覚えられそうですか?」
久瑠実が数回歌い、それをずっと聞いていたのでさすがに覚えた。なんとなくだけど。
あたしはふんふんとうなずく。いける、たぶんいける。
「一度歌ってみますか?」
そうだな。見るより慣れろ、習うより慣れろだ。やってみれば何か変わるかもしれないしな。
「やってみる。」
少しあいまいだが声に出して歌ってみる。あたしも音をはずす方ではないから、久瑠実の音に合わせて歌詞をのせる。
なんか楽しい。久しぶりに思い切りうたったけど、結構楽しい。久瑠実の声が心地いのもあって、あたしの心は弾んでいく。
一度歌ってみて、とりあえず久瑠実に聞いた。
「久瑠実…どうかな?」
「このペースならすぐに覚えられますよ。あと数回歌えばもう慣れてしまいます。」
よかった。あたしの顔に笑みが浮かぶ。
久瑠実に褒められるとうれしい。何もかもが初めての、小さな子供の気分になる。もっともあたしは今でも知らないことだらけだけど。
「でも自信ないからいっぱい練習に付き合ってくれ。」
「もちろんです。お任せください!!」
その後も週に数回ちまちまと、久瑠実と一緒に歌の練習をした。何度も何度も同じ曲を繰り返し練習する。
たぶんクラスのだれよりも歌に対して本気だと思う。負ける気がしない。
あたしは久瑠実と一緒に練習しない日も、毎日歌を歌っていたので自然と声も出るようになってきた。
毎日同じことをやっていると飽きそうなものだが、なんだかこれは楽しかった。
毎日練習を重ね、やっと本番の日になった
初日にしか参加できないのは残念だが、とりあえず合唱には全力を尽くそうと思う。
普段と変わらない道を歩き学校にたどり着く。
教室に入り、またいつもと変わらず久瑠実に挨拶。
「おはよう久瑠実!」
いつもと違うのはあたしのテンションだ。体育祭は怪我とかのリスクがあるからそこまで楽しみではなかったけど、文化祭は怪我する心配がないし、思いっきり歌うことができるからかなり楽しみなのだ。
久瑠実もいつもより活気があるように感じる。
「おはようございます映子ちゃん。ついにこの日がやってまいりましたね!!」
久瑠実もあたしも、必死で練習したのだからテンションが上がって当たり前だ。やっと練習の成果を発揮できるのだから。
「ああ。ついにな。」
「毎日ばっちり練習しましたし、私は今朝声出しもいたしましたから、きっと大丈夫です!!」
奇遇だな。あたしも朝発声練習したぞ。二人ともやる気満々らしい。
「あたしも少し声出してきた。驚かしてやろう!」
さて、本領発揮だ!あたしらの歌に驚いて、腰抜かすんじゃねぇぞ?…おおげさだな。
合唱は一年生と二年生がやる。それでまぁ必然的に一年生が先に歌うことになっている。
クラスごとに歌うわけだが、あたしたちのクラスは3番目だ。全部で10クラスあるから、早い方。でも、少し前のクラスのもきけるしハードルもそこまで高くないし、いい場所なんじゃないかなと思う。
他のクラスも負けてはいない。歌唱力に大差はあまりないからな。
でも今回、あたしのクラスの連中はかなり真面目に練習していたらしい。そしてあたしと久瑠実はそいつらよりももっと練習している。
驚かせてやる。
ついにあたしたちの番がやってきた。待ちに待った本番だ。こういうのってすぐ終わってしまうんだろうけど、一瞬を楽しもうじゃないか。
頑張る。ここまできたら最優秀賞をとらないわけにはいかない。
伴奏の女子が指揮に合わせて、禅僧をひき始める。
一気に会場の緊張感が増す。
歌い始める。息はぴったりだ。隣にいる久瑠実も、まっすぐ前を向いて声を出している。だからあたしも、何も気にせず思いっきり歌う。
無事歌が終了した。失敗することもなく終えられたから、一安心だ。
多分あたしの今の顔はかなり満足げだと思う。頑張ったし楽しかったし、万々歳だから仕方がない。
ステージから退場しながら、久瑠実に問う。
「なぁ久瑠実!最優秀とれるかな??」
「どうでしょうかね。とれたらいいですね!」
絶対にとれるとか、そういうことを言わないところが久瑠実らしい。でも久瑠実の普段と変わらない様子に安心した。
なんかいける気がする。
一日目の最後、結果発表だ。一年生と二年生、みんなが緊張しているのが分かる。
そしてあたしも、かなりドキドキしている。初めての文化祭。せっかくだから最優秀賞を頂きたい。
でも賞をもらいたいと思っているのはみんな同じだろう。
賞は学年別だ。まず一年生から発表。ちなみにあたしと久瑠実のクラスは1組である。
「まず優秀賞から発表しま~す。」
校長の間の抜けた声が会場に響く。どきどき。
「優秀賞は8組~!!」
8組が湧き上がる。立ち上がって抱き合って、喜んでいる。
大事なのはここからだ。別に優秀賞なんていらない。
「次に一年生の最優秀賞を発表しま~す。」
心臓がバクバクいっている。相当な緊張。どうだろうか…?
「最優秀賞は…………、1組で~す!!」
お。いけた!最優秀もらえた!!
あたしは立ち上がることもできずに、横に座っている久瑠実の方を見る。
久瑠実はその結果が必然であるかのように、座ったままにっこり笑っている。
「久瑠実~!最優秀だぞ~!!」
「そうですね、映子ちゃん!学食券もらえますよ~!」
そっちか。でも学食券、嬉しい。
無事最優秀賞をとることができたので、あたしはテンションが高いまま家に帰った。明日も明後日も、文化祭はあるけれど、参加はできない。
でも、久瑠実が楽しんでいたらいいなと思う。
来年は参加したいな。
文化祭の話はこれぐらいだ。2年生の文化祭では、ちゃんと模擬店もやったから充実感たっぷりだった。
次は球技大会の話だ。参加はしていないけどな。
選曲に意味はありません。
まだまだつづきます。




