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ビターチョコとストロベリー  作者: 須谷
森崎映子からの話
19/40

久瑠実と出会った日

映子ちゃん視点、始まります。

あたしは森崎映子。あたしの大切な恋人の久瑠実が、あたしの話をし続けていたらしいから、あたしも久瑠実のことを話そうと思う。

短くしようとは思わない。久瑠実より長く話せたらいいなと思ってる。仕方ないだろ?これぐらいしないとあいつはわかってくれないんだよ。


まずは久瑠実とあたしが出会った日の話でもしようか。あれは高校一年生の入学式の日だ。はっきり覚えてる。あたしにとっても印象的というか、大事な日だったから。


 入学式の日。あたしは学校に遅刻した。理由は撮影のせい。初めてあたったカメラマンさんでなかなか気が合わないというか、時間がかかってしまい、朝まで現場に閉じ込められてしまったのだ。(おかげでいい作品ができたからあたしとしては満足だったけれど。)

 入学式に遅刻するやつなんてろくな人間とは思われないだろう。あたしは初めから不良みたいな位置についてしまった。でも、ほとんど学校に行けないあたしにとってその配置は好都合。極力不良っぽくして、人と深く関わるのはやめようと誓った。

 担任の先生は事情を知っているし、あたしの仕事の姿も知っているから遅刻の言及はしない。あたしは入学式後のHRだけに参加することにした。

 そのHRはと言えば、大変居心地が悪い。不良と思われてしまったから、人の視線が痛い。しかし、あまり顔をばらしたくないから、うつむいていた。私担当の美容師さん特製の、変装まがいの髪型にしているから今日気づく人はいないはずだ。

 私は眠気に耐えながらHRを過ごした。


 下校時間になった。みんな他クラスに中学校時代の友人でもいるのだろう。そそくさと教室を出ていく。

 それに対してあたしは、眠くて仕方がないのでゆっくりとした行動になっていた。のろのろとプリントをファイルにしまい、帰る準備をしていると後ろからひっそりとした声がかかった。

「森崎さん…!あの…。」

 そこにいたのは小さな三つ編みの女の子。同じクラスの人なんだろうけど、生憎名前はまだ知らない。深く関われば仕事がおろそかになってしまいそうだと思っていたから、その子に自分が近づかないように、あえてとげとげとした声で返した。

「なんだ、お前?遅刻の言及とか?」

 真面目そうな可愛らしい顔が少し歪んだ。図星?それとも…大ハズレ?よくわからないけれど少し複雑な気持ちになる。人を嫌な気持ちにするのは苦手だ。

 「違います!あの…エコさんでしょう?」

 ほとんどうつむいていたはずなのに気づかれた。この少女(といっても同い年だけど)はとんでもない観察力を持っているらしい。あたしは思いっきり驚いた顔をしてしまった。

これじゃ図星感丸出しじゃないか。

 しかし、髪型を思いっきり変えても気づくということは、もしかしたら関係者と化にいたのかもしれない。

「お前、関係者にいたか?」

 気づけば教室にはあたしとその子で二人きり。だからなのか、その子からは大きな声での答えが返ってきた。大きな声と言っても、小さな体だから、そこは知れているが。

「関係者じゃないです!ただの学生です!大ファンなんです!雑誌も、ネットの記事も、全部持っています。見せましょうか!!?えっと!あの…あの…。」

 必死に言葉を紡ぐその姿に、不覚にも可愛いと思ってしまった。本当にあたしのファンをやってくれているらしい。

 あたしはファンに冷たく対応する気はない。あたしを見てくれる人がいるということはとてもうれしいことだ。たまにファンを馬鹿にする芸能人がいるけれど、あたしにはその心が分からない。どんな人であっても、嬉しい。 

「そうか。良く気付いたな、これでも結構見た目変わるように努力したんだぞ?不良っぽくしたら、休んでも違和感ねぇかなって思いながら。」

 やさしくそういうと、女の子はにっこりと笑ったのでとっさに頭を撫でてしまった。なんとなくしっくりきたので、自分の顔にも自然と笑みが浮かぶ。

「わかるに決まっています。紙や画面上とはいえ毎日見ているんですもん。見た瞬間わかりましたよ。」

 そうだったんだ。若いのにすごいことだ。毎日見てくれているとは、大変光栄だ。しかし、入学式の日に気付かれてしまったということは、この先が心配である。

 もし彼女が周りに言ったとしたら…どうなる?高校生になる夢は崩壊するだろうな。

 「でも…絶対に、言いふらすことだけはやめてほしい。ほとんど学校に来られないだろうから、気づくやつはそんなにいないはずだ。だから…。」

 口外しないようくぎを打っておくことにした。あんまりきつくものをいうのは嫌だけど仕方がない。せめて一年だけでも学生をやってみたいのだ。初めて持った夢だから、少しでもかなえたい。人を巻き込みたくないとは思うけれど、この先夢を持つことはないだろうから勘弁してほしい。

「大丈夫です。心配しないでください。絶対に口外したりしません。」

 帰ってきたのは予想もしていなかった、はっきりとした決意のこもった声。先ほどきょどきょどしていた少女から発せられたとは思えないほど、はっきりとした声。

 相当真面目な人間なんなんだなと思った。…なんでこんな人があたしのファンになったのか、想像もつかない。

「お前、見た目の割に強そうだな。」

 小さいうえ童顔だから、はたから見れば小中学生にしか見えないけれど、精神はそこらの人間よりよっぽど強そうだ。

 こんな人なら少しぐらいなら頼ってもいいかもしれない。

 私の心はその子の方に傾き始めていた。

 私は仕事では絶対に見せられないような笑顔で笑っていた。自分でもびっくりした。こんなに自分の口角は上がるものなのかと。

「当たり前です!時には可愛く、時には強く、格好よく。学校の範囲内では私があなたを守って見せます。…森崎さん…、いえ、映子ちゃんは、私の前では普通の女の子でいていいんです。楽しく高校生活を送っていいはずなんです。それができるように私がサポートしますから。」

 普通の女の子という単語に過剰に反応してしまった。あたしは、普通に学校生活を送ってもいいのか…?

 今までモデルとしての活動や周りの期待に縛られ、自分の意思をほとんど持てない状況にいたわけだけど。

 あたしも、ここに来たら普通になれるのか?この子といたら、普通になれるのか?

 ファンであるはずなのに、ファンとしてではなく友達として関わろうとしてくれていることがうれしかった。

 こんなふうに関わってくれる人は初めてだったからなのか、それとも純粋に彼女の人柄にひかれたのか。

 彼女の先ほどの発言を聞いた瞬間、あたしは恋に落ちてしまったようだ。恋というものがどういうものなのかなんてわからないけど、多分。とても、目の前にいる人の生き方が好き。

「ありがとう…。本当に助かるよ。なぁ、お前、名前は?」

 自分から人の名前を聞くことなんて今までなかったけど、聞いてしまった。彼女がどんな名前で飾られているのかが、とても気になった。

「琴音久瑠実と申します。よろしくお願いいたしますね。」

 この人にピッタリだなと思った。可愛らしい名前は彼女の雰囲気に合っている。よろしくというのと同時に頭を下げていた彼女が、頭を上げた時あたしは言った。

「なぁ、久瑠実ってよんでもいいか?」

 呼び捨てや下の名前で呼ぶことのない業界にいるせいで、とても気恥ずかしく思えたけれど、聞いてみた。

 返ってきたのはきれいな笑顔と、威勢のいい返事。

「もちろんですよ、映子ちゃん。」

 本名で呼ばれることがあまりないから恥ずかしい。でも。エコさんとかエコって呼ばれる何十倍も心地が良い。

 …久瑠実といると、笑顔がぼろぼろこぼれてしまって変な感じだった。


 これが出会った時の話だ。ほぼ一目ぼれに近い形で恋に落ちてしまった。

久瑠実はあたしが久瑠実のことを好きだと思っていなかったらしく、しばらく一人で悩んでいたようだけど、あたしもまた久瑠実があたしのことを好きだなんて思っていなかったからかなり悩んだ。それもいい思い出だな。

 この後の話はまた今度。

 もっと久瑠実の魅力を伝えられたらいいな。


まだまだ続きます。

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