ヤんでしまう、その前の
――――――ごめん、愛してる。
秋の夜8時、電灯からの明かりがまばらに道路を照らす。
「結城、こんな時間まで付き合わせて悪いな。」
「いや、あとあと休日を潰さないよう、今できることをしたまでだ。
前会長と違って、会長は予定を立てて動いていくれるからむしろ助かる。」
「だけど連日放課後はつぶれているだろう?
剣道部の大会も近いし、エースをなかなか練習に参加させられなくてみんなに申し訳がない。」
人によって異なるが、結城にとって竹刀(たまに木刀)の素振りや、形の練習により不足分は補える。
またサッカーや野球などと違い、現在は団体戦といっても勝者数法を採用している。
そのため対戦順を決める監督の専権を侵さず、ただ目の前の相手に勝てば、結城の責任は果たされる。
なので気にしていない、と結城から聞いたことがあるが、それで悪いと思う気持ちが消えるわけではない。
「会長こそ連日自由な時間が減って大変だろう。遊ぶ時間や息抜きの時間は確保できているのか?」
「家に帰ればとりあえず風呂に入ってご飯だしな。復習して今日の反省をしたらもう寝るしかない。」
「わからない科目とかあればいつでも相談にのる。
テスト前には、予想をかけるから纏めたものを渡すよ。」
「ああ神様、仏様、結城様~。」
拝み始める会長をスルーし、結城はすたすた歩いていく。
「あ」
ペースを落とさない結城を、会長は追いかける。
「もうおなかがすいているだろう?」
「あんまりお菓子食べていなかったからな。
結城、さすがに今日はうちで一緒に食べないか?」
生徒会活動で遅くなったときには、いつも結城が会長を自宅まで送り届ける。
が、会長と結城の自宅は、学校をはさんで西と北東。
送る場合また学校に戻らなくてはいけず、それだけ食べる時間は遅くなる。
半々の確率で、結城は誘いに応じていた。
そんな会長を、結城は不思議そうに見る。
「晴海さんに夕食誘われたって言っていなかったか?」
晴海とは、会長の次兄の名だ。ちなみに10歳差。
同じ都内ではあるが区が違う、と言って、職場へ徒歩5分ほどの場所に1人暮らしをはじめた気ままな兄。
会長は自分の口の片端が上がるのを感じた。
なんだ、今日帰っているのか。けど自分にはその連絡は来ていない。
「結城は晴兄と仲良しだな。」
「まあ親友だしな。」
上げていた口の端がピクリと揺れる。
「あと都合がつく日が今日ぐらい、とか言っていたから。
家族にも会いたいだろうし、一石二鳥だな。」
自分で一石二鳥とか、どんだけ仲良しなんだよ、と内心毒づく。
結城は家の都合で土日は塞がっていて、生徒会会議のみ抜け出せると言っていた。
ことさら平日が忙しい社会人と、土日に予定が詰まっている学生。
電車で30分ほどの距離があるのだから、会う暇などお互いにないだろう。
その後もたわいない話をしていると、会長の家にたどり着く。
会長が扉を開けようと手を伸ばしたところ、それは内側から開かれた。
「遅いぞ。結城、比奈。
待ちくたびれて食事に箸をつけるところだったよ。」
そもそも我が家の誰も、玄関扉を開いて招きいれるほど、ホスピタリティにあふれてはいない。
「こんばんは。お邪魔します。
ああ、いい匂い。今日は晴海さんの手料理なのか。」
「ああ、久しぶりに腕によりをかけた。」
料理の匂いをかぐだけで、それが母の手作りか、兄の手作りかなんてわからない。
そもそも記憶にある晴兄は料理など作っていなかった。
満面の笑みをたたえる晴海が、どこか遠い人のようで、
会長の心はつきんと痛んだ。