ぼくと愛犬のものがたり。
いつもと少し毛色が違った内容となっております。
お笑い要素あまり無いほぼノンフィクションですので、いつもの調子を好んで頂いている方はスルーして下さいませ。
改行ちゃんとしたつもりが、ぐちゃぐちゃだったので編集しておきました。
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それは中学時代の頃、それはくだらないことが何よりも輝いて見えていた頃。
小学から中学に進級し、突然〝大人〟を理不尽につきつけてきた大人達は、意味もなく意味のない暴力を振るった。それを〝きっかけ〟として原因付けたのは単なる後付けの理由だったのかもしれない。それでも当時はそれがなによりも正しいことのように思えた。そんなわけでぼくは ──
── 荒れた。
── 大いに荒れた。
元々、近所では手のつけられない悪ガキだった。悪ガキは歳と共に不良と呼ばれるようになった。拳にはいつも生傷が絶えなかった。それでもそれなりに美学はあった。女の子は泣かせないし、理不尽な暴力は振るわない。もちろん、万引きなんてのはもっての他だった。硬派気取りの不良中学生は、一匹狼を好む。僕はそんな相場を一切無視した。同じような不良学生といつも行動を共にしていた。要するに寂しがり屋だったのだ。
内申書を一切無視した大馬鹿野郎達の絆は存外に強かった。ぼく達は中学の三年間を多くの問題を起こしつつも、おもしろおかしく駆け抜けた。
〝卒業しても俺達はずっと一緒だゼ〟
〝また明日も会おうぜ〟
〝高校が違ってもそんなの関係ねぇよな〟
みんなそんな他愛も無い約束をなによりも大切なものとして信じていた。それでも現実にはそうはいかない。通う高校が違えば新たに出来る友達も違ってくるし、ましてや中卒で就職した者達からすれば、同い年の学生などさぞや子供に見えたに違いない。結局は散り散りばらばら。世間一般的に多く見られる友情破綻は、例外なくぼく達にも襲いかかった。
このものがたりはそんな破綻が訪れる少し前から始まる。
〝高校一年生になればバイクの免許がとれるんだゼ〟とは悪友の一人の言葉だった。
妙な話ではあるけれど、世間一般的に不良グループと呼ばれる連中には変に真面目なところがある。その一つがこれに該当していた。
暴走行為を目的としているくせに、何故か免許の取得には努力を惜しまない。
芸人がつっこみ待ちをしているかのようなそんな行為は、当時のぼく達の中ではなによりも強い正義だった。
夏休みを終える頃にはグループの半数が免許を取得していた。
誕生日の兼ね合いで教習所にすら通えていなかったぼくは、仲間達がはしゃぐ姿を指を咥えて見ていた。後になって思うと、この時既に就職組と進学組との財布の重さの違いで軋轢がで始めていたのかもしれない。
吐息が白くゆっくりと上る季節になった。
ようやく免許を取得したぼくは仲間達と相談して決めた中古のバイクを購入しに出かけた。その日の夜は珍しく仲間内が全員集合することになっていた。
以前からチーム名は決めていた。漢字四文字で表記するその名前は、強引なあて字で割り振られていて、知っている者ですら首を傾げるようなものだった。その日、ぼくは晴れて暴走族になるはずだった。
ぼくの免許取得記念日は、ぼく達の初集会の夜になった。みんな、ぼくのマシーンの登場を心待ちにしていたに違いない。
集合時間から少し遅れて、ぼくは待ち合わせ場所に颯爽と登場した。
最初はみんな目を丸くした。それから次にその場に崩れ落ちた。ぼくの手に抱かれていたのは中古のバイクではなく、生まれたての子犬だった。ポメラニアン。中古のバイクを買いにでかけた先で、つい入った隣のペットショップで一目惚れしてしまったのだから仕方ない。
そんなわけで熱い青春を共に駆け抜けるはずだったぼくのマシーンは、愛くるしいポメラニアンに早替わりした。
集会の度に愛犬を抱っこして馳せ参じるぼくの姿は、かなりシュールなものだったに違いない。それでもぼくのポメラニアンは仲間内でも人気者だった。名前は全員一致でチームと同じものにしようということになった。
桜が咲き、そして瞬く間に散る季節になった。
その頃には集会は無くなっていた。後で知ったことなのだけれど、ぼくの知らないところで仲間同士の折り合いが合わなくなっていたらしい。単にソリが合わない。時間が合わない。女絡み。理由は様々なものだった。 ぼく達のチームはぼくの愛犬に名前だけを残して、なにもなかったかのように消えてしまった。それが悔しくて奔走したこともあった。それでも結局、ぼくの元には犬好きの親友しか残らなかった。でもそれが自然な形だった。
すべては時間が解決してくれた。
楽しかった時間は良い思い出になった。辛かった出来事は笑い飛ばせる話の種になった。
たぶんそれを成長と呼ぶんだと思った。
そんな時もどんな時も愛犬はぼくの傍に寄り添っていてくれた。
最初の彼女は変な名前だと言った。二人目の彼女は可愛い名前だと言った。三人目の彼女はおもしろい名前だと言った。なにを言う彼女に対してもぼくのポメラニアンは愛想が良かった。ぼくが大切にしている人は自分も大切にしようとしてくれてるのかな、などと思い込んでにやける程度には、ぼくも親馬鹿だった。そういえばその頃、やたらと丸くなったと周りから言われるようになっていたように思う。
高校も終わりを迎える頃になって、ぼくは自動車の免許を取得した。
ぼくがなによりも先に助手席に乗せたのは彼女ではなく愛犬だった。窓ガラスを開けっ放しにして、外に少し顔を出すのが大好きで、自分も車と同じスピードで大地を疾走している気分になっているのかな、などと思いながら、ぽやぽやの後頭部をいつも横目で眺めていた。
どこへいくにも一緒だった。
雨の日は足が濡れるのを嫌がって、車まで抱っこを要求された。逆に晴れの日は意地でも車まで自分の足で歩くんだとせがまれた。出来るだけ自由に歩かせてあげた。リードに足を巻かれ、転ばされたこともあった。そんな時は目線が自分に近づいたと喜ばれた。
就職した。
大学推薦の話もあったけれど家庭の事情を考慮した結果、丁重にお断りすることにした。
入社した会社は労働基準法を一切無視した勤務時間を強要される会社だった。案外、大人の方が堂々と法律を無視しているんだな、などと苦笑いした記憶がある。それでも週末の少し遠出した散歩はやめなかった。隣街の河川敷まで愛犬を連れて出向くのはなによりの楽しみだった。
次の日のために深夜遅くまで仕事をする平日。河川敷を疾走する毛玉に心を癒される週末。このサイクルは数年続いた。
それなりに充実した日々の中、一人の女性に出会った。
彼女はぼくの愛犬をぼくよりも大切に扱ってくれる人だった。
結婚した。
彼女の他には考えられない。ぼくにもようやくそんな風に断言できる人が現れた。
週末の散歩はぼくの日課から二人の日課になった。
ぼく達はゆっくりとした時間を三人一緒に過ごした。
彼女は細やかな気遣いのできる人だった。愛犬の体調には少し大袈裟なくらい気を使った。
ある日、彼女は言った。
〝この子もそろそろ歳だから、なにかと後悔がないように接してあげないとね〟
言っている意味は理解出来た。それでも正直、その言葉は現実味を帯びてぼくの頭に入ってこなかった。
そういえば最近、よく階段を踏み外すようになった。
目ヤニも前にも増して処理してあげることが多くなった。
鼻も随分とカピカピになることが多くなった。
いずれはやってくる〝別れの日〟。
覚悟しているつもりだったそんな日は、やっぱりどこかでこないんじゃないかな、なんて見ないフリをしているぼくがいた。
それでも後悔はしたくなかった。
ぼくは忠告を受け入れることにした。
その週末は珍しく親友が遊びにくる予定だった。週末の散歩は中止になる予定だったけれど、親友から少し遅れると連絡があった。ぼく達はその時間を利用して、愛犬のお気に入りの公園まで散歩に出掛けた。
桜の花が満開な坂道を愛犬は満面の笑みでゆっくりと歩いた。そんな愛犬と彼女のツーショットを僕は携帯で撮影した。二人とも本当にいい笑顔だった。
こんな日がこれからもずっと続けばいいのに、心からそんな風に思った。
それは親友が到着した直後に起こった。
わんっと一鳴きしたまま愛犬は立てなくなってしまった。
がくがくと震えながら激しく開閉を繰り返す瞳孔は、自分でも何が起こっているのかわからないんだと、言っているようで見ていていたたまれなかった。
親友に一言断りをいれて二人で大急ぎで行きつけの動物病院に駆け込んだ。
なにも言えない先生の辛そうな顔は静かにお別れの時が来たことを教えてくれた。
事態についていけていないぼくと、冷静に思考できるぼくがいた。
震える手で愛犬を抱きしめたまま、ぼく達は帰宅した。
最期は自宅のお気に入りの場所で迎えさせてあげよう。冷静なぼくが冷静にそんな風な判断をくだしていた。
二階の踊り場にタオルケットをひいて寝かせてあげた。ぜはぜはと小刻みに繰り返す呼吸は、少しでも離れようとするとペースをあげて離れないでくれと、訴えかけてきていた。ぼくは涙を堪えながら。ゆっくりと愛犬を撫でながら語りかけ続けた。
〝大丈夫だよ〟
〝怖くないよ〟
〝傍にいるからね〟
嘘のような光景が。嘘のような残酷な現実がゆっくりと迫ってくるのがわかった。
あれだけ早かった呼吸もゆっくりと大きなものへとかわっていった。
瞳が次第に虚ろになっていくのがわかった。
本当にこの時がくるなんて、覚悟なんてやっぱり出来ていなかった。
ぼくは涙で見えない愛犬の姿を必死に記憶に刻み込もうと顔を振った。
空いたままの口からゆっくりと舌が垂れ下がった。
それが苦しそうだったから、ぼくはゆっくりと舌をしまってあげて、それから口を閉じた。
〝もういいからね〟
愛犬は少し驚いたような顔をして最期にじっとぼくを見て、瞳の色を失った。
〝ありがとう〟
〝本当に今までありがとう〟
ぼくは声を出して泣いた。
簡素な棺桶を用意した。
それにありったけの花を詰め込んでその中に愛犬の亡き殻をゆっくりと寝かせてあげた。
茫然自失のまま市役所での手続きを済ませた。
火葬場の受付はすぐに済み、亡き殻はすぐに焼却されることになった。
この街ではペットの遺骨の受け渡しはしていないらしく、このままでは愛犬と一緒にいた証は記憶と写真だけになってしまう。彼女は泣きながら愛犬の毛をハサミで切り取った。ぼくはそれを車内の交通安全のお守りの中へとしまいこんだ。
わん、わんと小気味良い声色で泣いていたぼくの ──
ぼく達の愛犬は ──
今は心地よい鈴の音でぼく達の安全を願ってくれている。
これがぼくと愛犬の長いようで短かったものがたりだ。
ご一読ありがとうございました。暫しの時間同じ世界を共有出来たことを嬉しく思います。
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