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ぼくと愛犬のものがたり。

作者: 太郎ぽん太
掲載日:2012/12/30


それは中学時代の頃、

それはくだらないことが何よりも輝いて見えていた頃。


小学から中学に進級し、

突然〝大人〟を理不尽につきつけてきた大人達は、

意味もなく意味のない暴力を振るった。


それを〝きっかけ〟として原因付けたのは、

単なる後付けの理由だったのかもしれない。

それでも当時はそれがなによりも正しいことのように思えた。


そんなわけでぼくは ──


── 荒れた。

── 大いに荒れた。


元々、近所では手のつけられない悪ガキだった。

悪ガキは歳と共に不良と呼ばれるようになった。

拳にはいつも生傷が絶えなかった。


それでもそれなりに美学はあった。

女の子は泣かせないし、理不尽な暴力は振るわない。

もちろん、万引きなんてのはもっての他だった。


硬派気取りの不良中学生は、一匹狼を好む。

僕はそんな相場を一切無視した。

同じような不良学生といつも行動を共にしていた。

要するに寂しがり屋だったのだ。


内申書を一切無視した大馬鹿野郎達の絆は、

存外に強かった。


ぼく達は中学の三年間を、

多くの問題を起こしつつも、

おもしろおかしく駆け抜けた。


〝卒業しても俺達はずっと一緒だゼ〟

〝また明日も会おうぜ〟

〝高校が違ってもそんなの関係ねぇよな〟


みんな、

そんな他愛も無い約束を、

なによりも大切なものとして信じていた。


それでも現実にはそうはいかない。


通う高校が違えば新たに出来る友達も違ってくるし、

ましてや中卒で就職した者達からすれば、

同い年の学生など、さぞや子供に見えたに違いない。


結局は散り散りばらばら。

世間一般的に多く見られる友情破綻は、

例外なくぼく達にも襲いかかった。


このものがたりは、

そんな破綻が訪れる少し前から始まる。


〝高校一年生になればバイクの免許がとれるんだゼ〟

とは悪友の一人の言葉だった。


妙な話ではあるけれど、

世間一般的に不良グループと呼ばれる連中には、

変に真面目なところがある。


その一つが、これに該当していた。


暴走行為を目的としているくせに、

何故か免許の取得には努力を惜しまない。


芸人がつっこみ待ちをしているかのような、

そんな行為は、

当時のぼく達の中ではなによりも強い正義だった。


夏休みを終える頃には、

グループの半数が免許を取得していた。


誕生日の兼ね合いで教習所にすら通えていなかったぼくは、

仲間達がはしゃぐ姿を、

指を咥えて見ていた。


後になって思うと、

この時既に、

就職組と進学組との財布の重さの違いで、

軋轢がで始めていたのかもしれない。


吐息が白く、

ゆっくりと上る季節になった。


ようやく免許を取得したぼくは、

仲間達と相談して決めた中古のバイクを、

購入しに出かけた。


その日の夜は、

珍しく仲間内が全員集合することになっていた。


以前からチーム名は決めていた。

漢字四文字で表記するその名前は、

強引なあて字で割り振られていて、

知っている者ですら首を傾げるようなものだった。


その日、

ぼくは晴れて暴走族になるはずだった。


ぼくの免許取得記念日は、

ぼく達の初集会の夜になった。


みんな、

ぼくのマシーンの登場を心待ちにしていたに違いない。


集合時間から少し遅れて、

ぼくは待ち合わせ場所に颯爽と登場した。


最初はみんな目を丸くした。

それから次に、その場に崩れ落ちた。


ぼくの手に抱かれていたのは、

中古のバイクではなく、

生まれたての子犬だった。


ポメラニアン。


中古のバイクを買いにでかけた先で、

つい入った隣のペットショップで、

一目惚れしてしまったのだから仕方ない。


そんなわけで、

熱い青春を共に駆け抜けるはずだったぼくのマシーンは、

愛くるしいポメラニアンに早替わりした。


集会の度に、

愛犬を抱っこして馳せ参じるぼくの姿は、

かなりシュールなものだったに違いない。


それでもぼくのポメラニアンは、

仲間内でも人気者だった。


名前は全員一致で、

チームと同じものにしよう、

ということになった。


桜が咲き、

そして瞬く間に散る季節になった。


その頃には、

集会は無くなっていた。


後で知ったことなのだけれど、

ぼくの知らないところで、

仲間同士の折り合いが合わなくなっていたらしい。


単にソリが合わない。

時間が合わない。

女絡み。


理由は様々なものだった。


ぼく達のチームは、

ぼくの愛犬に名前だけを残して、

なにもなかったかのように消えてしまった。


それが悔しくて奔走したこともあった。

それでも結局、

ぼくの元には犬好きの親友しか残らなかった。


でもそれが自然な形だった。


すべては時間が解決してくれた。


楽しかった時間は良い思い出になった。

辛かった出来事は、

笑い飛ばせる話の種になった。


たぶんそれを、

成長と呼ぶんだと思った。


そんな時も、

どんな時も、

愛犬はぼくの傍に寄り添っていてくれた。


最初の彼女は変な名前だと言った。

二人目の彼女は可愛い名前だと言った。

三人目の彼女はおもしろい名前だと言った。


なにを言う彼女に対しても、

ぼくのポメラニアンは愛想が良かった。


ぼくが大切にしている人は、

自分も大切にしようとしてくれてるのかな、

などと思い込んでにやける程度には、

ぼくも親馬鹿だった。


そういえばその頃、

やたらと丸くなったと、

周りから言われるようになっていた気がする。


高校も終わりを迎える頃になって、

ぼくは自動車の免許を取得した。


ぼくがなによりも先に助手席に乗せたのは、

彼女ではなく、

愛犬だった。


窓ガラスを開けっ放しにして、

外に少し顔を出すのが大好きで、

自分も車と同じスピードで、

大地を疾走している気分になっているのかな、

などと思いながら、

ぽやぽやの後頭部を、

いつも横目で眺めていた。


どこへいくにも一緒だった。


雨の日は足が濡れるのを嫌がって、

車まで抱っこを要求された。


逆に晴れの日は、

意地でも車まで自分の足で歩くんだと、

せがまれた。


出来るだけ自由に歩かせてあげた。


リードに足を巻かれ、

転ばされたこともあった。


そんな時は、

目線が自分に近づいたと喜ばれた。


就職した。


大学推薦の話もあったけれど、

家庭の事情を考慮した結果、

丁重にお断りすることにした。


入社した会社は、

労働基準法を一切無視した勤務時間を、

強要される会社だった。


案外、

大人の方が堂々と法律を無視しているんだな、

などと苦笑いした記憶がある。


それでも、

週末の少し遠出した散歩はやめなかった。


隣街の河川敷まで、

愛犬を連れて出向くのは、

なによりの楽しみだった。


次の日のために、

深夜遅くまで仕事をする平日。


河川敷を疾走する毛玉に、

心を癒される週末。


このサイクルは、

数年続いた。


それなりに充実した日々の中、

一人の女性に出会った。


彼女は、

ぼくの愛犬を、

ぼくよりも大切に扱ってくれる人だった。


結婚した。


彼女の他には考えられない。

ぼくにもようやく、

そんな風に断言できる人が現れた。


週末の散歩は、

ぼくの日課から、

二人の日課になった。


ぼく達は、

ゆっくりとした時間を、

三人一緒に過ごした。


彼女は、

細やかな気遣いのできる人だった。


愛犬の体調には、

少し大袈裟なくらい、

気を使った。


ある日、

彼女は言った。


〝この子もそろそろ歳だから、

なにかと後悔がないように、

接してあげないとね〟


言っている意味は理解出来た。

それでも正直、

その言葉は現実味を帯びて、

ぼくの頭に入ってこなかった。


そういえば最近、

よく階段を踏み外すようになった。


目ヤニも、

前にも増して、

処理してあげることが多くなった。


鼻も、

随分とカピカピになることが多くなった。


いずれはやってくる〝別れの日〟。


覚悟しているつもりだったそんな日は、

やっぱりどこかで、

こないんじゃないかな、

なんて、

見ないフリをしているぼくがいた。


それでも、

後悔はしたくなかった。


ぼくは忠告を受け入れることにした。


その週末は、

珍しく親友が遊びにくる予定だった。


週末の散歩は中止になる予定だったけれど、

親友から、

少し遅れると連絡があった。


ぼく達はその時間を利用して、

愛犬のお気に入りの公園まで、

散歩に出掛けた。


桜の花が満開な坂道を、

愛犬は満面の笑みで、

ゆっくりと歩いた。


そんな愛犬と彼女のツーショットを、

僕は携帯で撮影した。


二人とも、

本当にいい笑顔だった。


こんな日が、

これからもずっと続けばいいのに、

心から、

そんな風に思った。


それは、

親友が到着した直後に起こった。


わんっと一鳴きしたまま、

愛犬は立てなくなってしまった。


がくがくと震えながら、

激しく開閉を繰り返す瞳孔は、

自分でも何が起こっているのかわからないんだと、

言っているようで、

見ていていたたまれなかった。


親友に一言断りをいれて、

二人で大急ぎで、

行きつけの動物病院に駆け込んだ。


なにも言えない先生の、

辛そうな顔は、

静かにお別れの時が来たことを、

教えてくれた。


事態についていけていないぼくと、

冷静に思考できるぼくがいた。


震える手で、

愛犬を抱きしめたまま、

ぼく達は帰宅した。


最期は、

自宅のお気に入りの場所で、

迎えさせてあげよう。


冷静なぼくが、

冷静に、

そんな風な判断をくだしていた。


二階の踊り場に、

タオルケットをひいて、

寝かせてあげた。


ぜはぜはと、

小刻みに繰り返す呼吸は、

少しでも離れようとすると、

ペースをあげて、

離れないでくれと、

訴えかけてきていた。


ぼくは涙を堪えながら、

ゆっくりと愛犬を撫でながら、

語りかけ続けた。


〝大丈夫だよ〟

〝怖くないよ〟

〝傍にいるからね〟


嘘のような光景が。

嘘のような残酷な現実が、

ゆっくりと迫ってくるのが、

わかった。


あれだけ早かった呼吸も、

ゆっくりと、

大きなものへと、

かわっていった。


瞳が次第に、

虚ろになっていくのが、

わかった。


本当にこの時がくるなんて、

覚悟なんて、

やっぱり出来ていなかった。


ぼくは涙で見えない愛犬の姿を、

必死に記憶に刻み込もうと、

顔を振った。


空いたままの口から、

ゆっくりと、

舌が垂れ下がった。


それが苦しそうだったから、

ぼくはゆっくりと舌をしまってあげて、

それから口を閉じた。


〝もういいからね〟


愛犬は、

少し驚いたような顔をして、

最期にじっとぼくを見て、

瞳の色を失った。


〝ありがとう〟

〝本当に今までありがとう〟


ぼくは、

声を出して、

泣いた。


簡素な棺桶を用意した。

それに、

ありったけの花を詰め込んで、

その中に、

愛犬の亡き殻を、

ゆっくりと寝かせてあげた。


茫然自失のまま、

市役所での手続きを済ませた。


火葬場の受付はすぐに済み、

亡き殻は、

すぐに焼却されることになった。


この街では、

ペットの遺骨の受け渡しはしていないらしく、

このままでは、

愛犬と一緒にいた証は、

記憶と写真だけになってしまう。


彼女は、

泣きながら、

愛犬の毛を、

ハサミで切り取った。


ぼくはそれを、

車内の交通安全のお守りの中へと、

しまいこんだ。


わん、わんと、

小気味良い声色で、

泣いていたぼくの ──

ぼく達の愛犬は ──


今は、

心地よい鈴の音で、

ぼく達の安全を、

願ってくれている。


これが、

ぼくと愛犬の、

長いようで、

短かった、

ものがたりだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章が上手く、情景がすぐに伝わって来ました。 [一言] やはり、動物ものは泣けますね。最後の方、ウルッとしました。素敵な作品、ありがとうございます。
2012/12/30 16:54 退会済み
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