第四話「目」
呼び鈴を鳴らすと掃除機の音が止まった。玄関に出てきた加藤婦人に警察手帳を見せ、ランクルについて話を聞いた。
「主人の車ね。二月頃に故障して、ずっとあのままなのよ」
佐々木と橘は目を見合わせた。恐喝事件が発生したのは十一月の初めだ。それからまだ二週間しか経っていない。車の汚れ具合を見ると数ヵ月は動かしてないように見える。
「タイヤがスタッドレスなのはそのせいですね」
目の前のランクルと監視カメラのランクル。両者の違いはタイヤだった。加藤宅のは四本ともスタッドレスタイヤで、監視カメラに映っていたのはノーマルタイヤだ。気づいてしまえばなんてことはない。ホイールの形も異なっていた。
「八年も乗ったことだし、車検前に売るか廃車にしようか考えていたんですよ。主人は名残惜しいって。どうせなくなるなら同じなのにねえ。早く決めて買い換えればいいのよ。通勤に私の車乗って行っちゃったら、私が買い物行けないじゃない」
旦那の愚痴を聞かされそうだと直感し、二人は頭を下げて加藤宅を後にした。
「ビデオのナンバーは見間違いだったんでしょうか」
監視カメラはナンバーを見るにしては多少角度がきつかった。だが、水戸の鏡文字は確かに見えたと思った。現物のランクルを前にすると、橘の自信も揺らいだ。
「偽装ナンバーだったらどうにもならんな」
ナンバープレートが当てにならないとすると、車種と色しか手がかりはない。日本にいったい何台のランクルが走っているか、発見は不可能に等しい。
佐々木の携帯が鳴った。
「佐々木です」
とぼとぼと歩いていた佐々木の歩みが止まった。大通りに出ていた。
橘は駅に戻るために流しのタクシーを探した。通り過ぎるのは水戸ナンバーばかりで恨めしげに見送る。
「あ」
「なんだって?」
橘と佐々木の声が重なった。
「佐々木部長!」
「ツグロー!」
二人の目が絡み合う。
「やっとナンバーですよ!」
佐々木はひと呼吸置いて橘の言わんとしたことに気づいた。
「八戸だ!」
橘の尻を新聞紙ではたいた。
タクシーを探していた橘が水戸では珍しい八戸ナンバーを見つけたのは偶然だった。動体視力の良さと、悔しさという執念がツキを呼び込んだのか。
佐々木の周到さは念のため、科学捜査研究所にビデオ映像の解析を依頼していたことだ。人間の目に限界はあっても、機械は的確に答えを導き出す。思い込みが水戸を選択したが、映像分析システムは正確に読み取っていた。
「やっと……じゃなくて八戸ってどこですか?」
「お前は授業中に居眠りしてたクチだな」
橘は愛想笑いを浮かべてごまかした。腹の虫が鳴った。
「それはそうと、お腹空きませんか」
呆れた顔の佐々木も空腹感を感じていた。
「そうだな。今日中に着けるかどうかわからんし」
「え、八戸ってどんな辺境ですか。まだ二時ですよ。いや、もう二時。まだランチやってるかな」
「八戸は青森だ。ここから五、六時間はかかる。駅弁でも調達するか」
「あ、それいいですね。旅の醍醐味!」
橘は手を叩きそうな勢いだった。
「納豆弁当に、梅干し弁当。好きなほうでいいぞ」
佐々木がからかうと、橘の顔が泣きそうになった。