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刑事の目  作者: あると
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第二話「観察」

ランドクルーザーの塗色は黒。目撃者が話していた色と一致する。容疑者が使用している可能性は高い。

コンビニに車が停車してから出て行くまでは数分。運転手らしき人物はカメラには映っていなかった。この時間帯にコンビニを訪れた客はいない。店舗内のカメラで確認済みだ。運転手は車から降りていないのだ。

「ランクルを特定するぞ」

佐々木の指示を受け、橘はビデオを逆再生させた。人物がダメなら車の所有者から手がかりをつかむ。車のナンバーがわかれば所有者を調べられる。

「くそ」

コマ送りで再生してみたものの、ナンバープレートがはっきり見えなかった。カメラの死角になっていたのではない。肝心のコマが落ちしていたのだ。

「抜けられたか」

「みたいです」

橘は執拗に再生と逆再生を繰り返したが、どうしても欲しいコマが拾えなかった。

「ツグロー」

佐々木が橘の肩を叩いた。

「佐々木部長、僕の名前は次郎ですよ。ジロー」

同じ呼び名でも「二郎」や「治郎」などがある。普通に使う分には区別しなくても支障はないが、警察の世界では読みと表記が重要だった。

事件を起こすのは人間である。読み方が同じでも字が違えば他人になる。どこの誰それと特定することは極めて重要なのだ。もちろん同姓同名もいるから生年月日や血液型、DNAなどが更なる決め手となる。

ツグローと音読みで呼ばれる理由はわかる。警察官である橘は当然わかってはいるが、好き嫌いとは別だ。

「よく見ろ。刑事の目だ」

刑事の目。

佐々木部長の口癖だ。刑事に必要な物は観察力と記憶力。容疑者の行動の習慣をとらえ、些細な違和感を記憶しろというのだ。

橘はあらためてビデオを見直した。よく見ろということは何か見落としがあったということだ。佐々木は気づいている。だから再確認しろと暗に言っている。

橘はランクルが空いた駐車スペースに入ってくる数秒前まで巻き戻した。一時停止ボタンを押し、コマ送りを開始する。

車体の影が画面の端に映った。ハンドルが左に切られ、バックで入ってくる。ランクルの大きな車体で隣の軽自動車が隠れた。テールランプは光っている。リアウィンドウに夕焼けが映っていた。ナンバーは見えない。

橘は画面を凝視した。

わからない。

もう一度見直した。


佐々木は新しいコーヒーを入れ、ゆったりと椅子に座った。難問に向かう生徒を見守る教師の態度の気分だった。

解答を教えるのは簡単である。学生ならそれでいいかもしれないが、仕事は違う。ひとつの問題を自力でクリアした時の経験値は格段に大きい。

未熟な後輩、新米刑事の成長を見守ろうという心づもりだった。

橘がリモコンを慎重に操作し、何度目かの再生を始めた。一コマ一コマ時間をかけてじっくり見ている。

佐々木は誰かが置いていった週刊誌を読み始めた。


橘は何度も巻き戻し、映像を見返した。短気な先輩だったら殴られてもおかしくない状況だが、佐々木はカップを傾けつつ雑誌のページをめくっている。

数十分が経過した。

余裕の表情の佐々木に腹も立ってきた。新人教育なのだろうとはわかる。とはいえ、事件の捜査のほうが大事ではないのか。ここまで待つ必要はないのではないか。被害者のことを考えたら一刻も早く行動に移ったほうがよいはずだ。

自分の能力のなさを棚に上げ、橘は佐々木に苛立ちをぶつけようとした。その時、佐々木が読んでいた雑誌の表紙が目に入った。

どこかで見た記憶がある。

雑誌は不自然に垂直に立てられていた。そんな持ち方では読みにくいはずなのに、大きく見開いてページをめくっている。

もやもやとしたものが湧いてきた。

「あ」

橘は慌ててリモコンを操作した。指に馴染んだ巻き戻しの感覚がランクルのバック映像を呼び出す。

「これだ!」

液晶テレビを両手でつかんだ。手元に引き寄せてまじまじと見る。

コンビニのガラス。ガラス越しに並んでいる雑誌と佐々木が読んでいる雑誌の色使いが似ていた。同じ号だ。

「そうか!」

夕焼け色のショーウィンドウにテールランプが映っていた。白地のナンバープレートも反射していた。

「佐々木部長!」

「よし、照会かけろ」

佐々木は眺めていただけの雑誌を放り投げた。


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