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刑事の目  作者: あると
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第一話「発見」

警視庁刑事部捜査第一課特殊犯捜査第二係勤務を命じる。

橘次郎たちばなじろうはこの春に言い渡された辞令を思い出した。念願のだった警視庁本部での勤務だ。希望と好奇心に心が躍ったことを覚えている。

刑事は花形。凶悪犯を逮捕して、新聞の一面に勇ましい姿が掲載され、夕方のニュースで格好良く報道される。

そんなイメージを持っていた。

あれから数ヶ月が経つ。秋の気配が濃厚になっても、いまだに凶悪犯罪とは縁がなかった。

都民にとって治安が良いのは望ましいことであるが、活躍の場がないのは寂しい。人命に関わらない程度で、世間に大きな反響がある事件でも起こらないかと夢想する。

「何を考えているんだろうな」

ここのところ薄暗い部屋で仕事をしていることが多いせいか、気分が滅入っていた。橘は警察官にあるまじき不謹慎な考えを振り払う。

椅子から腰を浮かして、充電器にセットしていた電池を交換した。無線機の充電池だ。使用した無線機の電池はすぐに充電するのが基本である。充電が完了したものと未充電のものとを取り替え、充電中のランプが点灯するのをぼんやりと見る。その視線の先に英文字が書かれたジャンパーがあった。

SIT。

Special Investigation Teamの頭文字を取ったものだ。特殊犯罪捜査班の意である。

立てこもり事件や誘拐事件、企業恐喝事件を担当する特殊犯捜査第一係及び第二係。医療過誤事件や業務上過失事件の捜査にあたる第三係で構成される。日本語では特殊犯と呼ばれることが多い。

特殊犯が管理する資材庫には、映像機器や無線機など、様々な資機材が保管されている。他の捜査部門も個別に資機材を保有しているが、資材庫を持つほど機材が充実しているのは彼らだけであった。

部屋の中央には頑丈な長机が置かれていた。会議室で使われるテーブルではなく作業台だ。資機材の修理など、簡単なことは自分たちで行うのである。

その作業台の上に液晶テレビとビデオデッキが乗っていた。無造作に置かれたテーブルタップにコンセントがささっており、ケーブルが配線されていた。

橘は画面に向き直り、あくびをかみ殺した。

「どうした。眠いか」

同じ型の液晶テレビの向こうで白髪混じりの頭が動いた。顔はまっすぐに画面を見ている。顔を向ける気がないのではなく作業に集中しているのだ。

「あ、いえ、そういうわけではないんですけど」

橘はばつが悪そうに頭を下げた。

「ちょっと顔洗ってきます。佐々木部長」

佐々木はコーヒーカップを持ち上げて頷いた。その間も佐々木の目は画面から離れなかった。ベテランの巡査部長の集中力に橘は感心した。

「よし、やるぞ」

顔を洗ってさっぱりしてきた橘は冷えたコーヒーを飲み干した。眠気と暗い気分を振り払う。

「辛いだろうが、こいつはおろそかにできない仕事だからな」

「はい」

橘は疲れ目に目薬を差して、液晶テレビに正対した。テレビはアナログ受信機能しかない一昔前の代物である。地デジ化が完了した今ではお払い箱になりそうなものだが、ビデオデッキに録画された映像を見るだけならまだまだ役に立つ。テレビに対してビデオデッキの方は今や主流であるハードディスクタイプだ。増設用ハードディスクも接続されている。

彼らが見ているのは監視カメラの映像だった。

画面の左側には何台かの車、右側にショーウィンドウが映っている。車は駐車スペースに停められたもので車止めがある。ガラス越しに見える物は週刊誌や漫画だ。コンビニのひさしに取り付けられた監視カメラの映像である。

記録映像から事件の被疑者を捜し出すのが彼らの任務だった。橘が残念に思うのは世間を騒がすような大事件ではなく、よくある企業恐喝の捜査だったからである。

橘は目頭を揉んだ。長い時間映像を見ているせいでまぶたが痙攣していた。なかなか治まらない。片目ずつつぶって少し休めると幾分良くなるが、またすぐに震え出す始末だ。冗談ではなく、目尻にセロハンテープを張ったこともある。剥がした痕が赤くなり、電車に乗るのが恥ずかしくなってやめた。

「佐々木部長」

駐車場に一台の車がバックで入ってきた。テールランプが夕暮れの陽光と混じり合う。

「こいつ」

黒いランドクルーザー。

恐喝の電話があった後、被害者である会社の近所で見かけられた不審な車の車種だ。男がすごい形相で電話していたとの目撃情報がある。その場所がこのコンビニだった。

佐々木が橘の背後に立った。彼の目蓋も震えていた。


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