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短編

蜻蛉

作者: 秋口峻砂

原稿用紙五枚、人生観

 転がり続ける人生に後悔をするならば、それを止めればいいだけだ。どんなに遠回りをしようとも、やり直しは幾らでもできる。他の誰かが決めることではない。それは常に、自分自身が決めることができるたった一つの事柄だ。

 俺と共に転がり続けてきたお前は、俺の隣でいつものように強気な笑みを浮かべている。俺らが目指しているそれはあまりにも曖昧で、そこに届くのかどうかすらも分からない。

 だがそれでもと、俺らは求め続けている。届けばいい。いや、その曖昧なモノが存在していればまだいい。届かない以前に存在していないモノを追い求めているのだとしたら、俺らはとんでもない無駄をしていることになる。

 それでも、俺らはそれがあると信じて歩いてきた。

 お前は俺みたいな馬鹿に付き合ってくれる本当に奇特な女だ。ある意味ではマイノリティなのかもしれない。傍にいてくれる女がいるというだけで、強くなろうと思える俺が居る。

 つい先日、お前が俺に告げたことは、俺にしてみれば寝耳に水だった。というよりも、俺は俺がこういう男だからこそ、それを告げずにいたというのに、それをお前から告げられるとは思っていなかった。

 ただ、だからといってお前が覚悟の上で告げてくれたことを蹴ることなんてできっこない。俺は俺としてお前が大切だし、その真剣な想いまで否定したくない。

 ただ、俺は今でも転がり続けている。今までだってロクな目に遭ってないのに、それでも俺と一緒に歩いている。

 それだけでももう疑問なんて簡単な言葉では言い表せない。ただそれでも、いつもいつもお前は笑っている。それがたったひとつの答えなんだと分かっている。

 笑えるってことは、楽しいってことだろう。転がり続けるのが正しいのか間違いなのか、それは分からないが、お前が笑っているのならば少なくとも間違いではないのだろう。

 間違いではないのならば、少なくとも胸を張ろう。これから先も転がり続けるとしても、それがどういう結果を産もうとも。

 不意にお前の横顔を見詰める。

 お前はにこにことしながら、目の前を走る子供を見詰めていた。

 その瞬間、俺は気付いてしまった。お前は安定を求めている訳ではないにしても、それでも女としての普通の幸せが欲しくない訳ではないのだということに。

 転がり続け生き方は間違いではない。でもそれが間違いではないとしても、お前が望む幸せを叶えないことは、男としてどうよと思う。

 お前に気付いた子供が寄ってきた。お前の笑顔はとても優しいから、子供にも好かれるのはよく分かる。俺なんかこんな無愛想だから、子供が寄ることなんざ決してない。

 それだけでも、お前が俺の隣にいる理由が分からなくなる。ただ、少なくともお前は、俺が知らない俺の何かを知っているのだろう。それだけで、俺は幸せだと思っている。

 転がればきっと、これから先もお前にそんな幸せを味あわせてやることはできないだろう。それでもきっとお前は何も言わずについてくることも分かっている。

 空を見上げると、春先の優しい日差しが俺らを照らしてくれていた。

 俺が転がることで辿り着けるそこがあるとしても、それってどこまで大切なのだろうか。俺にとってのそれが見つかったとして、その時お前が幸せだなんて絶対に思えない。

 なら、俺はそんな不明確で訳の分からないものではなく、お前の幸せを選ぶ。

 俺は愛用してきたライダースを脱ぎ、それをゴミ箱に放り込んだ。それを見ていたお前は目を丸くしてそれを拾おうとする。

 俺は彼女の腕を掴んで、小さく首を横に振った。そして照れ隠しに頬を掻きながら、小さくこれからのことをお前に告げた。それを聞いたお前は、何度も首を横に振って俺にそれを追い掛けさせようとしてくれた。

 ただ、俺は気付いた。転がり続けることをやめたことによって見つけたものがきっと、お前との傍にあったのだと。

 さあ、もう一度歩き出そう。今度はお前の幸せに向かって。

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