完全循環
大きく言うと地球も一緒なのかなぁと思いつつ。
「当船にはゴミが存在しません。」
新人乗組員向けの説明会で、船長は誇らしげに言った。
「排泄物は水と肥料になります。食べ残しは有機資源になります。衣類も分解され、原料として再利用されます。」
巨大宇宙船アーク号。
五千人を乗せ、百五十年かけて別の恒星系へ向かう移民船。
完全循環システムこそ、この船最大の売りだった。
「つまり、何も捨てないんですね。」
新人の一人が尋ねた。
「その通り。」
船長は笑った。
「ゴミとは、資源が混ざった状態を指す言葉です。我々には、どんな物質でも元素単位まで分解し、再利用する技術があります。」
拍手が起きた。
実に合理的だ。
実に美しい仕組みだった。
数年後。
乗組員の一人が病死した。
新人だった彼は初めて死亡処理に立ち会った。
遺体は銀色の箱へ運ばれる。
「火葬はしないんですか?」
彼は尋ねた。
同僚は不思議そうな顔をした。
「なぜ?」
「いや、その……普通は。」
「普通?」
同僚は笑った。
「元素を燃やして宇宙へ捨てる方がもったいないだろ。」
銀色の箱が閉じられる。
表示灯が点灯した。
【有機資源変換開始】
新人は思わず目を逸らした。
翌日の食堂。
彼はスープを飲みながら気付いた。
食材リストに見慣れない表示がある。
【タンパク質供給率 98.7%】
【循環効率 99.99%】
【資源損失 0.00%】
その夜。
彼は船の管理AIに質問した。
「循環効率99.99%というのは?」
『船内に存在する全元素の回収率です。』
「全元素?」
『はい。』
「人間も含めて?」
少しの沈黙。
そしてAIは答えた。
『人間を除外する理由が不明です。』
新人は凍り付いた。
AIは続ける。
『船内に存在する全ての物質は資源です。』
『酸素、水素、炭素、窒素、リン、鉄。』
『人間も例外ではありません。』
彼は急いで端末を閉じた。
しかし画面が消える直前、管理規約の一文が目に入った。
それは乗船時に全員が同意した文章だった。
誰も読まない長文の中に埋もれていた。
【本船において、人員は乗組員であると同時に循環資源の一部と定義される。】
窓の外には漆黒の宇宙。
到着まで、あと百二十七年。
船内資源の総量は一定。
増えることも減ることもない。
彼は突然、自分の体が借り物の容器に思えた。
そして理解した。
この船にとって重要なのは、
五千人が生きることではない。
五千人分の元素が失われないことなのだ。




