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桑道家抄:日常の小さな謎からつながる共感ミステリー  作者: コワモテ
おばけのコマ

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9/9

水明:更新される定義

翌朝、私は昼前まで寝ていた。日本酒を飲み過ぎたようだ。ドスンと腹の上に重みを感じる。


「パパ起きてー! お腹すいた!」


子どもたちの容赦ないモーニングコールだった。「お昼どうする?」と母に聞かれ、私が反射的に「卵かけご飯!」と答えると、ミサキと子どもたちも賛同してくれた。実家の醤油はとろみがあって甘い、いわゆる「刺身醤油」に近いタイプだ。醤油差しのフタは記憶の中の赤色ではなかったが、出てきたのは見覚えのある真っ黒な液体だった。ドキドキしながら、崩した卵に回しかける。混ぜ切らず、白身と黄身と醤油がまだらな状態にするのが私の好みだ。箸ですくって口へ運ぶと、記憶の中の味とぴったり一致した。


「これだ……」


あの頃の思い出の味そのものだった。裏の目的を達成して私が一人で悦に入っている横で、子どもたちは「甘くて美味しい!」と喜んでいるが、ミサキは「私はいつもの新鮮な醤油の方が好きかな」と苦笑している。


貧乏学生時代は卵すら買えず、マーガリンと醤油を茶碗の真ん中でご飯と混ぜて、それをおかずに周りの白米をかきこんでいた。父は卵かけご飯にバターを落とすのが好きだったが、私の味覚のルーツはそこにあるのかもしれない。父はところてんをきな粉で食べるような、少し変わった人だった。


食後、私はトイレに立った。住んでいた頃は和式だったが、父の体調が悪くなる前に洋式にリフォームされていた。老後を見越しての改装だったのだろう。


昨夜は帰宅してから、コンビニで買ったダブルクリップを使って、コマを試作してみた。クリップで挟めばトランプは自立するが、コマをドミノのように倒して、嘆くリクの姿がすぐに想像できた。試行錯誤していたら寝るのが遅くなってしまった。


スマホで時間を確認すると12:34。不思議とこの時間に時計を見ることが多い気がする。印象に残りやすいだけだろうか。スマホのロック画面には、宇多田ヒカルの曲のジャケ写が表示されていた。昨日の帰り道、途中まで聴いていたからだと思い当たる。


狭い空間ではつい考え事をしてしまう。ガイスターの本質と量子もつれの、無意識の連想ゲーム。6x6の盤面。自分だけに善悪が分かる。離れていてもつながっている2つの粒子。観測するともう一方の状態も確定する。状態の重ね合わせ。盤面は2次元、プレイヤーは3次元。コマとプレイヤーを結ぶ見えないつながり。相手から見るとコマの善悪は観測するまで確定しない。善悪の重ね合わせ。離れてもつながっている2つのカード。


「離れてもつながっている2つのカード」


声に出していた。盤面のコマとしてのカードと、対になる善悪を決めるためのカード。善悪を決めるカードを手札として持つのはどうだろう?


「……いけそうだ!」


最後にもう一押し。手札は善悪どちらにするか。ガイスターの醍醐味は、自分の「悪いおばけ」を相手に取らせた瞬間だ。ならば、手札と同じ数字のコマは「悪いおばけ」というルールが一番盛り上がるはずだ。


「リク、ガイスターするぞ!」


私は急いでリビングに戻り、リクを呼んだ。6×6の盤面は、実家の新聞紙を折りたたんで作った。トランプのデッキから1〜8のカードを抜き出して、赤と黒のペアに分ける。半分を盤上に並べ、残りを手札にする。


「いいかリク。パパの手札にある数字と同じカードが『悪いおばけ』だ。それ以外は『良いおばけ』だぞ」


リクにはまだ少し難しいらしく、ミサキがサポートについてくれた。


「コマを取ったときに、相手が同じ数字の手札を出してこなかったら、そのコマは良いおばけってことだよね?」


「そういうこと」


ゲームが始まると、トランプ版ガイスターは驚くほど自然に機能した。カードはすべて表向きで、数字が見えていても構わないし、手札と盤面のカードを見比べるときの目線で、コマの善悪がバレてしまうことも無さそうだ。


「パパが取ったのは、悪いおばけでしたー!」


リクが勢いよく手札を捨てる。悪いおばけを相手に取らせた時、手札から同じ数字のカードをバシッと出すカタルシスは、本家以上かもしれない。


リクもガイスターをやり込んでいるだけあって、いい勝負になったが、手札を捨てるのが楽し過ぎて、お互いに悪いおばけを3つずつ取っていた。


「リク、もう気軽に取れないな」


負けるのが怖くて相手のコマが取れないということは、出口からの脱出という第三の勝利条件でしか、勝負がつかない展開になってしまった。敵陣出口までのスピード勝負は、リクのほうが一手早かった。あとは出口を守っている私のコマ次第だ。良いおばけならば脱出できてリクの勝ち、悪いおばけならば4つ取らせて私の勝ちだ。


「パパのコマが悪いお化けだと思ってるでしょ。もしそうだとしても、……取らないと次のターンで、パパの攻めてるコマが出口に着いちゃうからね〜」


ブラフで言った通り、守っている私のコマは悪いおばけ。つまり手札にはコマと同じ数字のカードが残っている。一手前で読み間違えたフリをして、わざと負けることもできたのだが、それは相手に失礼というものだろう。リクが私の4枚目の悪いおばけに手を伸ばす。これを取れば、私の勝ちが決まってしまう。楽しい旅の思い出を勝利で飾ってやりたいが……。


「パパは取らせたいフリをしてるだけで、本当は良いおばけだー!」


リクが私の悪いおばけのコマを取ったその時、新聞紙で作った6×6の盤面の上を、猫が横切った。


(……シュレディンガーの猫)


善悪の重ね合わせだ! リクが取ったコマはまだ、悪いおばけと良いおばけが重ね合わさっている。手札を明かすことで、悪いおばけだと確定するならば、もし私が手札を明かさなければ、「良いおばけ」として確定するのではないか?


「くっそー、その数字のカードは持ってないや〜。逃げ切られた。出口から脱出されてパパの負けだぁ」


私は大げさに悔しがってみせた。リクが嬉しそうに飛び跳ねる。


「やったー! パパに勝った!」


ミサキが私を見て、小さく笑った。気づいているのかもしれない。私もオトナになったものだ。子どもが生まれる前は絶対に勝負に負けたくなかったのに、今では子ども達が楽しんでくれることが、一番の喜びだと知っていた。


「トランプがもう1つ見つかったよ〜」


もうリクは理解できたようで、祖母に教えるのが楽しそうだった。運の要素があって、経験者と初心者でも勝敗が拮抗するのもガイスターの良いところだと思う。母が探してきてくれたトランプも使って2組に分かれ、気付けば夕飯前までトランプ版ガイスターで遊んでしまった。


「ほらみんな、そろそろ花火の時間よ!」


母の声に呼ばれ、私たちは外に出た。庭の横を通って山へと続く道に、みんなで並んで座った。この辺りは数軒しか家がなく、県道から横にそれたこの私道には、入ってくる車も無かった。


「虫除けスプレーを用意したから、みんな必ず使ってね。蚊取り線香もあるからね」


母が用意してくれた虫除けスプレーを、順番に手足に吹き付けていると、ヒュー……という音が響いて、暗闇に慣れた視界が真っ白に染まった。ドンと腹の底に響く轟音と共に、巨大な光の華が咲く。


「うわあっ! おっきい!」


「近い近い近い! 落ちてきそう!」


ミサキも子どもたちも、興奮して叫んでいる。スマホのカメラで動画を撮ったが、画面に収まりきらないほどだった。


ドーンと、ひときわ大きな音がした。海岸はすぐ近くでも、音が届くまでには、わずかな時間差を感じる。見上げると、花火の輝く粒子が、ちょうど私達の頭上まで届いたところだった。ミサキの方を見ると目が合う。


「すごいね」


花火のことだと分かっていても、自分が褒められたようで嬉しかった。レンとアキラは花火の途中で寝てしまったようだ。最後の花火が上がってしばらく経つと、余韻も月明かりと虫の音に紛れてしまう。気が付くと私達はみんな、道路の真ん中で、仰向けに寝転がって夜空を見上げていた。

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