共鳴:バカ話の本質
居酒屋に入ると、奥の席でイムラとアキヤマがこちらを指さして笑っていた。
「きた、きた」
「いやあ、だいぶ白髪増えたな」
「お前もな。ていうか、太った?」
「うるせぇ」
言葉を交わすと、あっという間に数十年の距離が溶けていく。2人とは高校時代からの付き合いで、卒業後は住む場所が遠くなったが、お互いの結婚式にも参列していた。
ビールで乾杯して、お互いの近況を伝え合う。嫁さんのことや、子どもの年齢の話をしていると、刺し身の盛り合わせが運ばれてきた。店員さんが丁寧に説明してくれる。アジ、イカ、マグロ、白バイ。
「白バイ!」
思わず声が出てしまった。
「父さんの好物なんだけどさ。ちゃんと食べたことなかったんだよね」
「トオルは地元を離れるのが早かったもんな」
「甘くて旨い!」
「この時期はたくさん水揚げされてるよ」
白バイ貝は父の大好物で、入院の合間に親族で会食したときにも、メニューには無いのに店の外で貝殻を見かけて、「あるならば絶対に食べておきたい」と店員さんに確認したくらいだ。
ビールを飲み干して、料理を追加注文する頃には、飲み物も日本酒に変わっていた。徳利とお猪口で注ぎ合っていると、自然と会話も盛り上がる。私は忘れないように、トランプでガイスターを再現する方法について、概要を伝えておくことにした。
「あとで、ちょっと知恵を貸してほしい相談ごとがあるんだよね」
「なんだ?出張のアリバイ工作なら乗るぞ」
「そんなんじゃねぇよ」
私が今日の出来ごと、ミサキがガイスターを置いてきてしまったこと、リクが残念がっていること、そして父が「トランプで遊べる」と言っていたことを話すと、二人とも興味が湧いてきたようだった。
「まあ、まだ7時過ぎだし、悩むのは話題が尽きてからでも良いんじゃないか」
まずはバカ話がしたい気分だった。
「親父さんが亡くなってしばらく経つけど、おばさんは元気にしてるか?」
「ああ、猫達の世話もあるし、前から庭で野菜を育てたりしてて、やることがあるから気が紛れてるんじゃないかな」
イムラが心配してくれる。アキヤマは父にちなんだエピソードをひねり出してくれた。
「そういえば、トオルが親父さんのオールドパーをこっそり拝借してきて、みんなで回し飲みしたことあったよな」
「懐かしいなあ、『あの味が忘れられない』とか言ってたら、カシワギが普通にコンビニで見つけてきて」
「そうそう、またみんなで飲んでみたら『なんか味が違う、偽物だ!』って」
「たしか『アルコール度数が40以上なら燃えるはずだ』とかドンちゃんが言い出したんだよ」
「うん、あのあとカズが速攻で、逆さにした空き缶のくぼみに垂らして供養してた」
「シワギさん、『6,000円もしたのにい』って泣いてたぞ」
「点火したのは俺じゃねぇよ。オダだったろ」
「あのとき部屋を暗くしてかけてた荘厳な曲なんだっけ?」
「QueenのLove of My Lifeだったよな、たしか」
「いや、あれはWho Wants To Live Foreverだったと思うぞ」
3人で話しているうちに、当時の光景が次々と浮かんできた。その場に居ないのに名前が挙がるような、愛されキャラが多いのが誇らしい。
「ふう、トオルはなんでか変なネタが多いよな」
「発想が変わってるからな」
「いや、お前らも同じようなもんだろ」
アキヤマといえば「電気ポット点けっぱなし事件」だろう。深夜からの山越えのドライブは今でも語り草だ。
イムラは「手榴弾の投擲訓練」が印象深い。海岸で適当な石を拾って、口でピンを引き抜く真似をしてから、頭越しに投擲する遊びだが、瓶が細いオロナミンCは強敵だった。
私の「カラオケボックス毒ガス事件」と「人体の不思議騒動」も、やり玉に挙げられたことは言うまでもない。
「バカ話は尽きませんなぁ」
「知的な話も募集中でーす」
3人とも話し疲れて、店内のテレビに目をやっていた。量子もつれがテーマの曲を作った縁で、宇多田ヒカルが科学特番のナレーターを務めることになったらしい。あとでじっくり聴こうと、スマホのアプリでお気に入りに登録しておく。
「量子って、あの猫のやつ?」
「うんうん、シュレディンガーの猫」
「何それ」
「箱を開けて観測するまでは、生きている状態と死んでいる状態が重なり合っている……っていう、量子のあやふやさを皮肉った極端な例え話だったかな」
「とにかく不思議なんだってことは分かる」
Queenの'39は相対性理論がテーマだという話が浮かんだが、蛇足になりそうなのでやめておいた。
「そういえばトオルって、こういう科学ネタ詳しかったよな」
「父さんが科学番組好きでさ。録画したのをよく一緒に観てたんだ。あの頃読んでたニュートンのムック本、どこにしまったかな。リクも好きそうなんだよな」
「リクって、お前の長男だっけ?」
「そう、科学のマンガやアニメばかり観てるよ」
気付くともう22時を過ぎていた。私は少し躊躇したが、ポケットからトランプを出すと、こう切り出した。
「さっきの相談なんだけどさ、おばけのコマの善悪が、相手には分からないってのが難しいんだよな」
カードを縦横に回転させたり、黒と赤のカードをグルーピングしたり、触ってみて困難さを実感したアキヤマが言う。
「こんなの無理じゃね?」
だが、イムラは余裕の表情でスマートフォンを取り出した。
「面白そうじゃん。AIに聞いてみようぜ」
トランプでの再現方法を質問すると、すぐにいくつかの提案が返ってくる。
「ダブルクリップでカードを立てる……ふむ」
これは現実的な案に思える。
「トランプを2枚重ねて5ミリずらして貼り合わせ、手前からだけ数字が見えるようにする……これ、動かすときにずれないか?」
父が揺れる船の上で、慎重にコマを動かしている姿を想像すると、少し可笑しかった。
「水の表面張力を利用してカードをずれにくくする……マジックみたいで面白いな」
「カードの反りを感触で判別する……何度も触って確認してると読まれそうだな」
質問を変えたり、補足を追加してみたが、革新的な解決策は引き出せなかった。
「AIって神みたいに万能かと思ってたけど、意外とそうでもないんだな」
アキヤマの感想に、イムラが付け加える。
「でも、要点を整理するのは上手いよな。分析の最初に『ガイスターの本質は、6×6の盤面と自分だけに善悪が分かるコマです』って言われたときは、正直ゾクッとしたわ」
たしかに、あれは象徴的だった。
結局、解決策は見つからなかったが、二人の元気そうな顔を見られたことが何よりの収穫だった。
「最後は悪かったな、付き合わせちゃって」
私が謝ると、アキヤマが笑った。
「いいって。久しぶりに頭使ったし」
「嫁さんと子ども達によろしく。あと、おばさんにも」
イムラもアキヤマも、律儀なところがある。
「じゃあ、またな」
私達は次の再会を誓い、手を振って別れた。明日は花火大会がある。




