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桑道家抄:日常の小さな謎からつながる共感ミステリー  作者: コワモテ
おばけのコマ

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7/9

迷宮

ミサキと帰省の話をしたのは、5月の連休明けだった。もとはこの連休に帰るつもりでいたが、せっかくならば実現させたい計画を思いついたので、少し先延ばしにしていた。


「そういえばさ。俺が地元を出てから、夏祭りの花火が、実家の近くの海岸から上がるようになったんだって」


夕食のあと、ミサキに何気なく話しかけた。


「へぇ、そうなんだ! ……なったんだってって、トオルは見たことないの?」


花火大会は7月最後の土曜日と決まっている。その時期はまだお客さんも平常運転で、長期の休みは取りにくいため、結婚する前からまだ一度も観に帰れないでいた。夏祭りに合わせて有給休暇を取得した話をすると、ミサキにも計画が伝わったようだ。


「みんなで花火を観に行くってことね!」


「そうそう。地元にいた頃は、会場のすぐ近くの友達の家の庭で、バーベキューしながら観てたんだ。でっかい花火が真上まで届くくらい近くてさ。朝になるとみんなで燃え残った火薬の玉を集めに行くんだよ……」


大げさな手ぶりで熱弁し過ぎたのか、ミサキの顔を見ると、信じていないことが一目で分かった。


「それはさすがに盛ってるでしょ。でも楽しみね。子ども達も喜びそう」


出発当日の朝、私はトイレにこもっていた。お腹が弱いのは昔からで、落ち着くまで出られない。狭い空間では、つい考え事をしてしまう。


「パパまだ〜? もう電車の時間に間に合わなくなるよ、ってママが言ってた」


扉の向こうからレンの急かす声と、ミサキの無言の圧力が伝わってくる。私は慌てて水を流すと、荷物を抱えて玄関へ向かった。


飛行機の中で、レンが窓に顔を押し付けて雲を眺めている。リクはゲームに夢中だ。末っ子のアキラは、耳の不快感に耐えきれず、ぐずっていた。ミサキが優しく「アメ舐める?」と声をかけている。


空港から電車、タクシーと乗り継ぐと、長旅に疲れた子どもたちは、車内でうとうとし始めている。途中、実家近くのコンビニに寄ってもらい、タクシーが家の前で停車したのはお昼を過ぎた頃だった。


「着いたぞ〜」


私が声をかけると、子どもたちは眠い目をこすりながら手を伸ばしてきた。玄関の扉が開き、母が笑顔で出迎えてくれる。


「まあ、よく来たわね。大きくなって!」


「おばあちゃん!」


子どもたちが嬉しそうに声を上げると、母は子ども達の頭を次々に撫でていく。


「さあ、中に入って。疲れたでしょう」


私たちは促されて家の中へ入ると、一番広い居間に通された。休憩もそこそこに、ミサキが荷解きに取りかかると、横で見ていたリクが突然叫んだ。


「あれ? ガイスターは? 持ってきたよね?」


「ごめん……あれ箱が大きすぎて、スーツケースに入らなかったの。置いてきちゃった」


ミサキが申し訳なさそうに手を挙げる。ガイスターはリクが夢中になっているボードゲームで、おばけのコマを動かして、相手の良いおばけを捕まえるか、自分の悪いおばけを取らせれば勝ち、というシンプルなルールだが、心理戦の要素が強く、大人も一緒に楽しめる。


おばあちゃんと一緒に遊ぶのを楽しみにしていたのだろう。リクの顔が曇り始めたのを見て、私はすかさずフォローを入れた。


「まあまあ、この家には面白いものがたくさんあるぞ。みんなで探検しに行こう」


リクは少し不満そうだったが、レンとアキラが「探検!?」と盛り上がり始めたので、気を取り直したようだった。


「おいアキラ、あそこの天井を見てな」


私が壁際にぶら下がったロープを引くと、ギギギ、という音とともに天井がゆっくりと開き、折りたたみ式の階段が降りてきた。


「うわぁ! 忍者屋敷だ!」


子どもたちの歓声が上がる。階段の途中にある倉庫と、この屋根裏部屋までは、私も父が作るのを手伝ったことがある。だが、押し入れの奥からつながる隠し倉庫の存在は、私も今まで知らなかった。子どもたちがそれを発見したときは、本当に驚いた。


父は本当に器用な人だった。1階の部屋の増築も自分でやっていたし、私が生まれる前には祖父と2人で車庫まで建てたらしい。この家は、父と祖父が作り上げた迷宮のようなものだった。


「かくれんぼしようよ!」


アキラが誘う。都会の自宅では、やり尽くしていたかくれんぼも、この迷宮のような実家なら無限に楽しめそうだ。はしゃぐ孫たちと私を、母とミサキが居間で微笑ましく見守っていた。


ひとしきり遊んだ後、私はリクの残念そうな顔を思い出していた。ガイスターを気に入ったきっかけは、リクがまだ小さかった頃だ。もとは私が好きで一緒に遊んでいたのだが、彼が考えた「コマを肩車すると2マスジャンプできる」「敵のコマに乗っかると無敵になる」という、自由な発想のオリジナルルールに、いたく感心した。私がとても喜んで褒めたことが、彼にとっての特別な体験になったらしい。


帰省を最高の思い出にしてやりたい。リクが楽しみにしていたガイスターを、実家にある物で代用できないだろうか。夕方、子どもたちが早めのお風呂に入っているあいだ、私は一人で考えていた。だが、その道のりは険しかった。


ガイスターには、おばけのコマが16個必要だ。おばけには善悪があり、自分だけに分かるようにコマの背中に赤と青の印が付いている。見た目で判別できないように、同じ形のコマを8個ずつ揃えるのはかなり難しい。


ふと、父が入院していた頃の電話で、ガイスターの話題が出たことを思い出した。肺がんで声が弱くなっても、電話越しでは必ず冗談を言って笑わせてくれた。「リモートで将棋でも指せたらいいのにね」と、私が軽口を叩くと、父は少し間をおいてから「昔は手紙で指す人もいたんだぞ」と返してきた。


「手紙で将棋はスゴイな! でも、お互いの情報が見えないゲームじゃ難しそうだね。例えば、ガイスターって知ってる?」


父は意外にもそのゲームを知っていた。


「船に乗ってると、波待ちの時間が長くてな。ボードゲームに詳しい連中が多いんだ」


海の上では手近なものでゲームを再現することはよくあるらしい。


「花札をトランプで再現しようとしたときは苦労したな。あれは素直に買ったほうがいい。でもガイスターなら、トランプがあれば遊べるぞ」


なんとなく分かった気になって、具体的な再現方法を聞かなかったことが悔やまれた。実際にトランプで遊ぶことを想像すると不可能に思えてしまう。だが、父の言葉が確かならば、鍵はどこかにあるはずだ。


一人では解明できそうにないが、今夜は高校時代の悪友たちと飲みに行く約束がある。バカ話に終始する可能性が高いが、一応相談してみよう。自由な時間を作ってくれたミサキに、感謝しなければならない。


私は玄関のうるさい引き戸の、あしらい方を思い出してから、ポケットにトランプを忍ばせて居酒屋へ向かった。

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