信頼:不安なときは①
その日は、会社の懇親会に参加するため、数ヶ月ぶりにオフィスへ出社することになっていた。
準備に追われる昼下がり、私は手早く食事を済ませようと、茶碗によそったご飯に卵を落とした。冷蔵庫から取り出した真空ボトルの醤油は、よく冷えていて少し残念だ。
夜になり、懇親会を終えた私は、その足で馴染みのバーの階段を上った。扉を開くと、あいにく店内は少し混んでおり、いつもとは反対の左端のカウンター席に通された。外は凍えるような寒さだった。私は運ばれてきた熱いおしぼりを目に押し当て、冷えた顔の感覚が戻ってくるのをじっと待った。
ふと顔を上げると、バックバーに並ぶボトルの中から「オールドパー」が目に止まった。学生時代、実家の父が大切にしまっていたそのボトルをこっそり拝借し、友人たちと回し飲みした背徳的な味。
「オールドパーを、ストレートでお願いします」
普段は銘柄などめったに指定しないからか、店主のスガイさんも意外そうな顔をしている。無駄のない所作でグラスに注がれた、琥珀色の液体を口に含む。鼻から抜ける香りを感じながら、背徳の味と答え合わせをする。
美味しいことは間違いないのだが、記憶にある芳醇なまろやかさとは違い、どこかアルコールの角が立っているように感じる。店主とは長い付き合いで、ミサキとの仲を取り持ってくれたのもスガイさんだった。このエリアのバー協会の、技術部長も務めていた彼の舌と、真摯な仕事との向き合い方は信頼している。そうだとすると、疑うべきは私の味覚の方だろう。
「トオルさんが以前飲んだのは、18年などの長期熟成ものかもしれませんね」
スガイさんが近くに来たときに、それとなく話すと意見をくれた。言われてみれば、父の書棚にあったボトルはもっとラベルの色が濃かった気もしてくる。その夜は、記憶の美化ということで自分を納得させて店を出た。
だが、違和感は週末の食卓へと続いていた。




