私を許してくれますか?ー白のアネモネに誓ってー
俺がその女性を見つけたのは、田舎町の公園だった。区画を囲う花壇にはアネモネが芽を出している。春には見事な花を咲かせるのだろう。
休憩できる場所を探し、少し奥に入っていくとちょっとした広場があり、等間隔でベンチが並んでいた。そこにその人はいた。
透き通ってしまいそうなほど白い肌をしたその女性は、俯いたまま、はらはらと涙をこぼしている。
誰もいない公園でベンチに腰掛け、少しの声も出さずただ肩を震わせている姿に、お節介だろうとは思いつつも声をかけてしまう。
「あの……、どうかしましたか?」
「え? あ、えっと……」
心底驚き、戸惑いの表情を浮かべている。
……そりゃそうだ。誰もいない。一人だと思っていたところに声をかけられたら、誰でも驚くだろう。
「あ、いきなり声をかけてごめんなさい。迷惑でしたか?」
「あ、いいえ。声をかけてくれる人なんていなかったから、ちょっとびっくりしたんです。みんな見向きもしないで、私の前を通り過ぎていくから……」
まあ、そうだろうな。と思いつつ、静かに、ゆっくりと、俺は話を振っていった。
「そうだったんですね。まだまだ俺は子供だし、あなたの全部を理解することは出来ないかもしれない。
でも、話すことで涙が止まるのであれば、話してみませんか?」
「ありがとう。お言葉に甘えようかしら」
「ゆっくり、聞かせてください」
深い息を吐くと、彼女は話し始めた。
「私はね、いわゆる夜のお店で働いていたの。
両親に先立たれて、でも、ちゃんと勉強もしたくて……。普通に昼間のバイトだけでは暮らしてくこともままならなくてね。仕方なく夜の世界に足を踏み入れたわ」
「昼だから夜だからで差別しませんよ。両方立派な仕事だと思ってます」
主に異性を相手にする仕事だ。きっと、嫌な思いも沢山しているだろう。それでも、夢を叶えるために必死な人を軽蔑するのはおかしな話だ。
「……あの人もそう言ってくれたっけ」
苦しそうな、寂しそうな表情が、少しだけ和らいだ。
「あの人?」
「大学でね、知り合った人がそう言ってくれたの。
私のことが好きって言ってくれてね。お仕事の話ししても、ずっと寄り添ってくれて、愛情も沢山くれたわ」
「いい人に出会えて良かった」
「でもね、そんな幸せが怖かった」
表情も言葉も少し硬くなった。この先の話に涙の理由があるのだろう。
「怖い?」
「ええ。幸せな分、この生活を失ったら、私が壊れてしまいそうな気がして、幸せだけど怖かった」
「……なんとなくわかるような気がします」
自分を取り巻く暖かくも優しい人たちが、ある日突然消えてしまったら……。そう考えたら、俺でも怖い。
「だからね、逃げちゃったの」
「逃げる?」
「ええ。
あれはちょうど、今みたいな季節だったわ。一緒に紅葉狩りに行った時、プロポーズされたの。でも、ごめんなさいって……」
「好きだったのに?」
「そうよ。好きだった。愛してた。
でも、その時間が壊れるのが怖くて逃げ出したのね。
そして、あの人を忘れるためにわざわざお店のお客様とお付き合いしたり……。傍から見れば遊んでる女だって思われても仕方のない事してたわ」
「そんな自分を傷つけるようなこと……」
この人はとても臆病な人なのだろうか。故に壊れる未来が怖くて、幸せから逃げてしまったのかもしれない。
壊れる未来だけではないのに。
夢に向かって頑張れる人なのだから、明るい未来を拓いていけたはず。
「そうねー、今考えれば馬鹿だったと思うわ。
……そんな私を見ても、誰に何言われてもあの人は私から離れようとはしなかった。泣いても怒っても、ずっと話を聞いてくれて、つかず離れずの距離で見守ってくれていて、必要な時には必ず寄り添ってくれた」
「きっとその方にはあなたの本当の姿が見えていたのかもしれませんね。あなたの荒れる姿を見てるのは辛かったでしょうに、それでもいつか、自分の隣に寄り添ってくれると信じて待っていたのかも」
「……酷く当たったりしても、離れないでいてくれたの。
何してもそばにいてくれたから、私は向き合おうとしないで、甘えてたのかもしれない。だからバチが当たったのね」
止まっていた涙が、再び頬を伝う。
「バチ?」
「当時お付き合いしていた人がね、ちょっと怖い人だったの。始終監視されているみたいな生活だった。それを心配して会いに来てくれたあの人を、浮気相手と勘違いしてね。……手を、かけてしまって、あの人が、赤く染まって」
「……」
深い深い後悔にとらわれていたんだろう。
「その後、悲鳴を上げる私のことも男は……、あれ?」
貴方にとって一番つらい記憶だったんだね。だから記憶を閉じ込めてしまっていた。
「……思い出しましたか?」
震える体。震える声。
記憶の扉が、もう少しで全部開く。
「私、痛かった。悲しかった。倒れて動かないあの人に何度も謝ったの」
「ええ。そうですね。意識が途切れるまで、泣きながら謝っていた」
「そして、気がついたらずっとここにいて……」
後悔にとらわれたまま、動けなくなってしまったんだね。
「ここは思い出の場所だった?」
「……毎日待ち合わせしてた場所なの。ここでデートプラン考えたり、なんでもない話して笑ったり」
「幸せを感じてた場所なのかな」
「そう、ね。何気ない毎日が本当に幸せだった。
……ねえ?」
「なんです?」
「私に巻き込まれてあんな最後で、あの人はもう私を許してくれないよね?」
「さあ、俺はその人ではないから」
「そうよね。変なこと聞いちゃったわね」
「聞くべきはその本人にでしょう? あの人も、ずっとあなたを探していましたよ?」
「え?」
驚いて俺を凝視する彼女に、ゆっくり「あの人」の思いが伝わるよう、言葉を続けた。
「実は、ここに来る前、お話の「あの人」に会ったんです。ずっとあなたを探してました。
まさか、あの人が言っていた方に簡単に会えると思っていませんでしたが……。
ここで会えてよかった」
「え?」
「あなたの事を愛おしそうに呼びながら、あなたの家の周辺をさ迷っていたので、とある場所にいてもらっています。
「あの人」もまた、過去にとらわれているのだと思いますよ。
話しを聞くと、泣きながら何度も言っていました。
『守りきれなかった自分を許してほしい』
『幸せにしてあげられなかったことを許してほしい』
って」
「それって……?」
「あなたに会う勇気があるのなら、会えるということです。
会って後悔を全部捨てて、次産まれた時に幸せになれるように一歩進んでみるというのなら、手助けはできますよ?」
「私を許してくれるかしらね。許されなくて当然だけど、せめて最後に話したいわ」
その勇気が、生きているときに出せてたらよかったね。
後悔しても時間は戻らないから、次の世に幸せになれるように、今できること頑張ってみようか。
俺は、深呼吸をして、あの人への道を繋いだ。白く光る一本道。
「分かりました。
…… 目を閉じて。道が一本見えますか?」
俺ができるのは、話を聞いて必要なら道を繋ぐことだけだから。
「見えるわ」
「その先に、あなたの待つ人はいます」
彼女の体がふわりと浮かぶ。
「ありがとう」
お礼を残しゆっくり歩き出す姿を見つめる。
歩を進めるにつれ、彼女のうつむいた頭は上がり、背筋が伸びて足取りにも力がよみがえっていく。
俺にできるのはここまでだから、せめてここから祈るよ。
「次産まれた時は幸せになれるといいね……」
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アネモネ(白)の花言葉
私をゆるしてくれますか?
参考
https://kotoba-flower.com/?p=1436
(C),2026 都桜ゆう(Yuu Sakura).
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
昨日投稿した『蔦の棲む場所』 https://ncode.syosetu.com/n8583lr/ が、おかげさまでホラー日間短編15位をいただきました。応援してくださる皆様のおかげです、本当にありがとうございます!
本日は、昨日の恐怖とは対極にある「救い」を描いてみました。 アネモネ(白)の花言葉は「私を許してくれますか?」。 その言葉を胸に秘めた彼女の物語が、少しでも皆様の心に残れば幸いです。
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明日は3日目、異世界への扉が開く幻想ファンタジー『図書室の向こう側』を投稿します。 また明日、この場所でお会いしましょう。




