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なし
隼人が外に出たのは、ただ喉が渇いただけだった。
三日ぶりの空気は冷たく、街は静かに暮れている。
自動販売機の前で、白いワンピースの女性が立っていた。
小学生の頃の初恋、まなかちゃん――胸がぎゅっとなる。
「……まなかちゃん?」
振り向いた彼女は微笑む。
少し大人びているが、柔らかい仕草や声の温かさは昔のままだ。
けれど、言葉の間に微妙な「計算された静けさ」が混ざる。
「久しぶり、隼人君」
「私はやらないといけない事があって未来からやってきたの。」
二人は歩き出す。
コンビニでジュースを選ぶとき、まなかは隼人の好みを自然に覚えているようで、何も言わずに同じものを手に取った。
しかし、缶を持つ手の角度や力の入れ方が、どこかぎこちない。
「覚えててくれたんだ……」
隼人は嬉しくて笑うが、まなかちゃんは少し首を傾げ、目線を逸らした。
「当然じゃない?」
その瞬間、隼人の胸に小さな違和感が残る。
微笑んでいるのに、目だけが遠くを見ている。
自然な笑顔の裏に、何か計算された影があるようだった。
夕陽が長い影を伸ばす公園で、二人はベンチに座る。
まなかちゃんは静かにジュースを飲みながら、ぽつりとつぶやく。
「今の私ってどこに住んでいるかわかる?」
「詳しい場所はわかんないけど、〇〇市の中学校に転向したって聞いたよ。」
「住んでた場所覚えてないの........?」
「そうだね。中学の時は、親の仕事の関係で何度も転校したからね...」
たとえ、転校が多くても自分の住んでた場所を忘れることがあるだろうか...
「昔、ここで二人でアイス食べたこと、覚えてる?」
隼人は頷く。
けれど、まなかの記憶の順番や細部が微妙に違っていた。
「確かその日は……雨が降ってて」と言うのに、隼人の記憶では晴れていた。
胸の奥のざらつきが少し大きくなる。
微笑みは変わらないのに、どこか計算されている――その違和感が、じわじわと膨らむ。
日が沈み、街灯が灯り始める。
二人は公園を抜け、住宅街を歩く。
風が肩に当たるたび、まなかは思わず肩をすくめた。
「寒くない?」まなかが聞く。
「大丈夫」と答えるはやと。
まなかは微笑むが、歩くスピードは隼人に合わせているのに、時折先に出たり遅れたりする。
「星、きれいだね」
空を見上げると、まなかも視線を同じ方向に向ける。
でも視線がわずかにぶれる瞬間があり、隼人は気づかないふりをする。
二人はベンチに座った。
夜風が吹き、街灯の光が二人の影を長く伸ばす。
「……今日、一緒にいてくれてありがとう」
隼人は小さくつぶやく。
まなかは微笑み、肩を少し寄せた。
しかし手を握る力の強さが一定ではなく、時折ぎこちなく感じる。
そして、言葉の端々に昔のまなかなら言わなかった、少し不自然な知識が混ざる。
「明日は….会える?」隼人が聞いた
「……明日は会えないかも」
「私は三日間しか過去に居れない。」
「けど、きっとまた会えるよ。」
柔らかい言葉なのに、どこか冷たい影が混ざる。
隼人は胸の奥の違和感を押し込め、手の温もりだけを信じた。
夜も更け、まなかは立ち上がる。
「そろそろ帰らなきゃ……」
隼人は手を放したくなかった。
しかしまなかは振り返らず、ゆっくり歩き去る。
影だけがベンチに落ち、長く残った。
窓の外の夜風が静かに流れる。
手の温もり、微笑み、計算された違和感――
すべてが、後に意味を持つ伏線だったことに、まだ誰も気づかない。
二日目も三日目も、隼人は部屋で過ごすだけ。
窓の外の光、スマホの画面、時間の流れ――
昨日感じた違和感だけが静かに膨らむ。
その間、まなかは姿を消した。
街の向こうで、何かが静かに、確実に終わっていく。
三日目の夜、テレビの画面が部屋を満たす。
「昨日、○○市で女子高生が遺体で発見されました。身元は、佐々木まなか(17)さんです」
隼人は画面を見つめ、息を呑む。
胸の奥に、昨日感じた違和感が波となって押し寄せる。
手の温もり、微笑み、計算された仕草――
すべてが、違っていた。
窓の外の夜風が静かに吹き抜ける。
世界は、変わったまま。
隼人はじっと画面を見つめ、言葉を失った。
なし




