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倫理の筺  作者: 白波さめち


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第七話 鍵


 食べ物が入っていない胃袋から胃液を吐いた。

 

 キムラさんの遺体。

 彼女の背中には、何度も刺された痕があった。

 強烈で生臭い鉄の匂いに混じって、僅かに酸っぱい腐敗臭。


 感じたことのないほどの不規則で強い脈動に、僕はまた逃げ出した。


 気遣ってくれたヒヨリも、幼いオウスケ君すら置いて。


 リビングの掃き出し窓、玄関の扉はやはり開かない。

 結局、玄関から一番近い客間でただ必死に脈動と感情を押さえつける。


 その中で、ここは嫌だという感情が僕を支配した。


 人は死に方を選べない。


 死ぬ場所だって選べないこともある。


 僕なんかは特にそうだ。

 いつ心臓が命を殺しにくるか分からないのだから。


 でも……こんなところで死にたくない。


 ただ、一刻も早くここから出たい。


 その思いだけは全員が共通していたみたいだ。

 部屋を出てリビングに戻ると、全員が僕を待っていた。


「鍵を探そう」


 マツバラさんはただ静かにそう言った。


 とは言っても、子供部屋は凄惨な殺害現場。

 流石に子供には見せられないし、手伝わせられない。

 オウスケ君には、一階で役に立ちそうなものを探してほしいとお願いした。


 オウスケ君を残し、三人で血に塗れた子供部屋に入る。


 ただ、僕達に二人分の遺体を他の部屋に運ぶ体力はなかった。

 ひとまず子供部屋の端に寄せたオジサンの遺体に重なるように、キムラさんの遺体を積み上げる。

 ベッドの布団を遺体に被せ、視界に入らないようにした。


 血の染み込んだラグも重たくて、運べた物じゃない。

 軽く折り曲げて、ベットの下に押し込む。


 そうして現れた血のついたフローリングに、ベッドから剥いだシーツを被せた。


「もし、何か見つけても全員で共有しよう」


 マツバラさんの提案に全員が頷く。

 ただ、すでに子供部屋はオジサンとキムラさんによって、たくさんの物が引き出され、メチャクチャな状態にされた後だ。


 引き出し類が全て開いている。

 これまでと違う異質さに引っかかりを覚えながら一つずつ確認をしていく。

 

 学習机の引き出しの中身は既に出されていて、中に入っている物の方がごく僅か。

 

 本棚にあったのであろう本は、床に投げ捨てられるように散乱していた。

 

 開け放たれたクローゼット。

 衣装棚から引っ張り出された服が、クローゼットの扉の側で山になっている。


 まだ慣れない血と酸の臭いに包まれて、僕達は黙々と手を動かした。

 とは言っても、特に何もない。

 

 学習机の周りに転がっているのは、筆記用具や文房具、財布だとか。

 他には、外国のコインやペットボトルの付録にあるような小さな雑貨くらいだろうか。


 あとは大量の参考書や書籍たち。

 服は清潔感のある、似たようなデザインの服が多い。


 何か、意味のあるような物には思えなかった。


 そんな中、本棚の中身を確認していたヒヨリが声を上げる。


「この部屋の子供の名前が分かった。四十崎(あいざき) 聡太(そうた)君だって」


 ヒヨリの手にあったのは、四十崎議員のベットルームにあった親子の写真。

 そして卒業アルバムだった。


 中学生の時のものだろう。

 個人写真のページには、学生服を着た卒業生の写真がずらりと並んでいる。

 そこには、笑顔で映るクラスメートに混じって、一人無表情で映る少年の姿があった。

 

 その少年は間違いなく、四十崎議員と写っている少年と同一人物。


「四十崎議員の子供……聡太君は大変そうだな」


 一緒にアルバムを覗き込んだマツバラさんがポツリとそう呟いた。


「それは……母親の四十崎議員が炎上したからですか?」


「それだけじゃないよ」


 荒らされ、殺人現場になっていなければ整っていたであろう子供部屋。

 マツバラさんはゆっくりと部屋を見渡した。


「この部屋、やけに整いすぎてるだろ。自分が子供の時はもっとごちゃごちゃしてた。フィギュアを飾ったり、漫画を置いたりさ。自分の部屋は好きなもので溢れてるのが普通だと思うんだけど……この部屋には何もない」


 確かにそうだ。

 ゲームやパソコンなどの類もなければ、最近流行りの漫画もない。

 この部屋の持ち主の個性が、部屋からは何も感じられないんだ。


「母親や父親が厳しいんだろうな。まぁ、それが上流階級の普通なのかもしれないけれど」


 マツバラさんはそう言って、さっきまで漁っていたクローゼットに戻っていく。


 何時間も僕達は子供部屋を探し続けた。

 オウスケ君が探してくれた食料を少し食べたら、また部屋を探す。

 何度も、何度も同じところを。


 それでも、手がかりは何も見つけることができなかった。 


 そんな時、一階で探していたオウスケ君が僕達を呼んだ。


「スマホがあった!!!」

 


 

 

 

 


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