第六話 共通項
「これって一体どういう……」
マツバラさんはそう言って僕たちの顔を見渡す。
キムラさんも顔を上げて疑うように僕達を睨みつけた。
「ちなみに……どこに通っていましたか? 僕は都内の国立病院です」
「私もそうよ」
「自分もです」
ごくりと喉が鳴った。
僕達は全員、同じ病院に通院していた。
「手術もしたわ。でも結局無駄だった。全身に転移して、今は……」
そう言った瞬間キムラさんは言葉を詰まらせた。
目を見開いて自分の手を見る。
彼女の瞳はワインを傾けていた時とは違い、ギラギラと飢えた獣のような光を放っていた。
「そうよ……私は鍵を探さなきゃ」
突然立ち上がったキムラさんは二階へと駆け出していった。後に残された僕達は驚き、慌てて彼女を追いかける。
二階へ駆け上がった彼女は、左に曲がり、突き当たりの子供部屋へと駆け込んだ。
そして『死体をどかすのを手伝え』と僕達に向かって叫ぶ。
死体に触れろと急かす声に踏みとどまった僕とヒヨリに向かって、マツバラさんは手を挙げて静止した。
「二人はいいよ」
そして小さく微笑み、子供部屋へと入っていく。
開いた扉の隙間から、荒れた子供部屋と仰向けに動かされたオジサンの死体が見えた。
子供部屋の引き出しという引き出しは全て開け放たれ、中に入っていたのであろう物が散乱している。
それらにこびり付いているのは、赤黒く変色した血液。
乾燥した血の中心――
オジサンの喉は掻っ切るように首が横に裂かれていた。
見ただけで上がってくる胃液を抑えながら、リビングに降りる前に残り二つの部屋の扉を開ける。
子供部屋の隣はサンルーム。
入り口のそばには、投げ込まれたように血のついたタオルが無造作に落ちていた。
オジサンを殺した誰かは血のついた足をきっとここで拭ったのだろう。
隠す気などさらさらない。その雑な痕跡が物語っている。
そしてもう一つの扉は四十崎議員のプライベートルームと思われる部屋だった。
一階のベットルームに比べて物が多い。
収納や棚が沢山ある中、引き寄せられるように棚の上にある写真を手を取る。
子供の入学式の時の写真だろうか。
奥の部屋にあった写真と同じように満面の笑みを浮かべる四十崎議員。
彼女に肩を抱かれた少年が、彼女の隣でぎこちない笑顔を浮かべていた。
「これがそこの子供部屋の持ち主かな」
「そうじゃない?」
ヒヨリはその写真をそっと抜き取って、パジャマの胸ポケットに入れた。
「一旦降りる?」
「そうだね」
なぜ写真を?
そう思ったけど、ふと向けられた笑顔が質問の言葉を飲み込ませた。
部屋を出ると、小さく開かれた子供部屋の扉からマツバラさんとキムラさんの口論が聞こえる。
「ここを脱出するための鍵があるなら、皆んなで探そう」
そう説得するマツバラさんの声と、それを取り合わないキムラさんの平行線のやり取り。
そちらに一度視線を向けてリビングに降りた。
ソファーで待っていると、マツバラさんが少し苛立ちを滲ませながら二階から降りてきた。
「何を探しているのか、鍵って何のことなのかは教えてもらえなかったよ。しつこく聞いたら五月蝿いって怒鳴られた」
戸惑いを浮かべながら苦笑いを浮かべたマツバラさん。
一瞬の沈黙が生まれた。
「いや……変なことも言ってたな。私はどうしても生きたいから放っておいてって」
マツバラさんは息を吐く。疲労が滲んだ顔で、まだ眠っているオウスケ君の隣へと腰掛けた。
「……自分だって生きたいさ。幼い娘の成長を見届けたい。娘にとって自分はただ一人の親だからね」
きっと娘と重ねているのだろう。
マツバラさんはオウスケ君を見ながら何かを噛み締めるように表情を歪ませた。
「これはさ、鍵を見つけないと一人ずつ殺される……っていうことなんだろうか。僕達に記憶はないけど、キムラさんも殺されたオジサンも何か知っているみたいだった」
「わかりません。四十崎議員の家というのはわかっていますけど、何故ここにいるのかも」
物が散乱し、荒れ果てたリビングを見て僕はそう呟いた。
僕の呟きに少し思いに耽っていたマツバラさんは、諦めたように緩く首を振る。
そんな中、黙って事の成り行きを見守っていたヒヨリは突然その場で立ち上がった。
「私達も鍵を探そう」
「え?」
「死んだおじさんも、キムラさんもみんな鍵を探すと言って子供部屋に閉じこもってるでしょう? 私達も探した方がいいと思うの」
「でも何を探すのかなんて検討もつかないよ」
マツバラさんの返答にヒヨリは冷たい視線を彼に送った。
「そんなことない。子供部屋の引き出しは全部開いてた。他の部屋は開かないところも多かったのに。だから鍵は子供に関係しているのかもしれない。子供に関することを調べようよ」
「……ダメだよ」
僕の拒絶に、ヒヨリは驚きながらこちらを向いた。
ヒヨリの言っていることは最もだと思う。
だけど、今の状況的に脱出ゲームみたいなことをしている場合じゃない。
「だってオジサンを殺した殺人犯がこの中にいる」
立ち上がったヒヨリと、僕の向かいに座るマツバラさんを見つめた。
首を裂かれたオジサンの遺体に、返り血を防ぐために使われたのであろうレインコート。
子供部屋の入り口には、乱暴に足跡を消したような跡があった。その隣の部屋には血のついたタオル。
明らかに誰かがオジサンを殺している。
警察が来たら、すぐに犯人を捕まえることができそうな証拠品をたくさん残しているのも気になる。
まるで今だけ捕まらなければいいと言ってるみたいだ。
疑問はまだあった。
オウスケ君はともかく、全員余命いくばくもない。
そんな人間を殺して何になる?
でも確かにオジサンは殺された。
その凶器だけは未だ見つかっていない。
それはまだ犯人が凶器を持っている可能性を示していた。
「……ユウタはこの中の誰かが犯人だと思ってるの?」
感情のない目でヒヨリが僕を見る。
僕は喉の奥がぎゅっと締まる中、言葉を絞り出す。
「そうとしか考えられない」
初日――。
僕達は各々家を見て回っていた。
僕は念入りに一階を調べていたから、二階に行くのは遅れたが、オジサン以外全員とすれ違っている。
「四十崎議員の部屋には開かない収納扉もあった。そこに人が隠れていた可能性だってあるよ?」
ヒヨリは平坦な声で僕に告げた。
確かに壁一面の収納扉。中が空洞ならば成人男性二人くらいなら収まるかもしれない。
だけど――
開かない引き出し。
開かない扉。
共通する現象の中で、殺人犯がそんなところに隠れる意味は?
全員殺したいのなら、誰かが目覚める前に全員を殺せばよかったんだ。
僕が沈黙していると、ヒヨリは目をすっと細めた。
「じゃあ何もせずここで死ぬのを待つつもり?」
「……何もしなくても僕達は死ぬだろ」
「ユウタは生きたくないの?」
その言葉に心臓が跳ねた。
まるで爆弾の存在を主張するみたいに。
心臓が命に刃物を突きつけたみたいに。
「さっきさ不整脈が起こった時、必死に落ち着こうとしてたじゃん」
感情のないヒヨリの声に熱が籠る。
「生きたかったから、落ち着かせたんじゃないの?」
「……分かんないよ」
生きたいかどうかなんて分からない。
二十歳は超えられないと言われていた。
検査結果が悪くなるたびに、重篤な不整脈が起こり搬送されるたびに涙を流す家族。
せめて自分だけは穏やかに死を受け入れようと、ずっとそうして生きてきた。
思い残したことなんてない。
好きなことなんてない。
未来なんてない。
そんな僕達のやりとりを宥めるように、マツバラさんは堂々と手を上げて口を開く。
「とりあえず今日は休もうよ。ここで全員固まっておけば少しは安心だろう?」
渋々とだが、ヒヨリはその提案を受け入れた。
ソファーはヒヨリとオウスケ君が使って、僕とマツバラさんは客間から布団を拝借して眠る。
――その翌日、子供部屋でキムラさんの遺体が発見された。




