第三話 室内の違和感
再び静まり返った室内。
僕の隣に座っているオウスケ君が少しだけ顔を上げて口を開いた。
「オウスケ。三年生。僕……車とぶつかったんだ」
オウスケ君の言葉に、僕も含め全員が彼を見た。
彼は俯いたまま、剥き出しになった自分の腕や腹部を触りながら狼狽えるように話し始める。
「お腹も腕もたくさん痛くて、息ができなかった。そして起きたら……ここにいた」
泣くのを堪えているような声に胸が痛くなる。
ただキムラさんは身を乗り出してオウスケ君に詰め寄った。
「連れ攫われたってこと? 犯人の顔は見たの?!」
「わかんない。わかんないよ。すぐ真っ暗になっちゃったから……」
責めるような声でいくつもの質問をぶつけるキムラさん。
それをマツバラさんが慌てて止めに入った。マツバラさんに腕を引かれ、キムラさんは渋々と元の姿勢へと戻っていく。
僕は「大丈夫だよ」という意味を込めてオウスケ君の背中に手を置いた。
彼の身体を見下ろすと、傷があるようには見えない。
でも、嘘を言っているとも思えなかった。
記憶が曖昧な事が関係しているのだろうか。
過去の記憶をさっきの出来事のように誤認してる?
そして最後に残った少女――。
ヒヨリさんが顔を上げた。
「ヒヨリです。二十一歳。ユウタとは友達」
ヒヨリさんは簡潔に、平坦な声で自己紹介をした。
そしてチラリとこちらに視線を向け、一瞬僕と目が合う。
もちろん友達と言われた僕の方に記憶はない。
どうしても思い出せないモヤモヤが胸を満たした。
「とりあえず……情報を集めましょ。食洗機には食器がまだ入っていたし、洗濯物がサンルームにかかっていたの。よく見てないけど写真もあったから何か情報があるかも」
苛立ちながらも的確な提案をするキムラの発言に、マツバラも首を縦に振る。
僕とヒヨリも賛成を示すと、それぞれ立ち上がり家の中の捜索を開始した。
オウスケ君はマツバラさんが連れて行ってくれたので、僕はゆっくりと一階を見て回る。
一階にはこの吹き抜けのリビングの他に、小さなパントリー、トイレと浴室。
そして誰かの寝室と客間、室内から直接繋がるガレージがあった。
客間は掛け軸と置物があるだけでほとんど物がない。
押入れの扉には綺麗な布団が積み上げられているだけ。
ガレージには積まれたタイヤや工具類、庭を手入れするための肥料や除草剤などが置いてあった。あとレインコートが大きな箱一杯に詰め込まれていた。
こんなに沢山……誰が使うんだ?
ただ、タイヤに刻まれたブランドマークは誰もが知っている高級車のものだったことから、運転手やお手伝いさん、警備員なんかがいるのかもしれない。
でも特に何かピンと来るような物はない。
浴室、トイレもいたって普通だ。
置かれたタオルは指先が沈み込むほど肉厚で、ブランドも揃っているからホテルのようではあるが、違和感というほどの物はない。
そして誰かの寝室。
シックな色でまとめられたシンプルな室内には、物がとても少なかった。大きな家具はベッドとパソコンデスク。本棚も兼ねた飾り棚くらい。
モノトーンのカラーに揃えられた家具達は住んでいる人の温度を感じない。大きなクローゼットがあるからごちゃごちゃと部屋に物を置く必要がないのだろう。
情報を集めるといえばパソコンが定石だろうか。
僕はパソコンの置いてあるデスクの椅子に腰掛けた。
一抹の望みを抱きながら机の下にある電源ボタンを押してみる。
しかし、パソコンは起動しなかった。
リビングのテレビと一緒だ。
「明かりはついたから、電気は通っているはずなのに……」
パソコンにパスワードがかかっていたら手の打ちようがないが、電源が入らないとなるとそれ以前の問題になる。
嫌な予感がして引き出しに手を伸ばす。
その予感は一瞬で的中してしまった。
鍵でも掛けられたように引くことができない。
「どう考えても変だろ……鍵穴はないのに」
しゃがんでデスクをよく観察してみる。
鍵穴がある引き出しは一番上だけ。
『ここに答えはない』
そんな無言の意図がマット調の黒いデスクから発せられている気がした。
これが夢なら――心臓の鼓動に胸が痛むことも、引き出しの取手を冷たく感じることもないはずだ。
焦る気持ちに蓋をして、次はクローゼットの取手に手を伸ばす。
クローゼットを開けると沢山のスーツが几帳面に掛けられていた。綺麗に保管されている革靴が、スーツの下に並べられている。
クローゼットの引き出しには丁寧に畳まれたシャツやズボン。大きさやデザインから部屋の持ち主は男性の部屋であることがわかった。
「何かないかな」
崩さないように一つずつ服を確認していく。
するとクリーニングのカバーがかかっていない一枚のスーツに、プラスチックの名札が付いているのを発見した。
「四十崎……?」
珍しい苗字だ。どこかで聞いたことがあった気がした。




