我儘な妹は野性の爪を研ぐ
なんとなく、ワガママな妹設定のお話を書いてみたくて、挑戦しました。
読んで頂ければ幸いです。
「アルノルト嬢、また一緒になりましたね」
王立である聖ファビアス学院の講義室で声を掛けて来られたのはマティアス・フリードマン様、フリードマン侯爵家の次男である侯爵令息でしたわ。
「これはフリードマン様、こちらの講義もお受けになっておられるのですね」
フリードマン侯爵家はすでに嫡男が後継として確定しておりますから、次男であるマティアス様はいずれはお家をお出になるようですが、優秀なマティアス様は国の要職候補として期待されております。
そんなマティアス様はまだ18歳と年若く、今はこの学院で講義を受け、学ばれております。
「優秀なアルノルト嬢と同じ学び舎で学べることは光栄なことだ。これからもお互いに研鑽をつみましょう」
そう微笑んで席についた彼と談笑して、共に講義を受けられる事は素直に喜ばしい出来事でしたわ。
王都にあるタウンハウスに戻れば、家中の者が出迎えてくださります。
わたくし、アマリリス・アルノルトはアルノルト伯爵家の長女として生を受けました。当家は嫡男に恵まれませんでしたので、総領娘である私はいずれは入婿をとる必要があります。
「お姉様、お帰りなさい。今日はねー、学園でお友達と喧嘩したのー」
そんなわたくしに話しかけて来たのはたった一人の妹であるビアンカでした。
妹のビアンカはわたくしの三つ下で、今は王立マルダン女学院の生徒です。可愛らしく愛嬌のある子ですが、令嬢としては些か緩すぎるところが目立つと噂される子でもあります。
「そう、仲直りはしたの」
優しく答えれば、うんっ、と元気の良い返事が返って来ます。良い子ではあるのです。問題は両親がこの子に甘すぎる事だけで。
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わたくしが物心ついた頃には、両親は二人の娘を産んだあと、嫡男が産まれない可能性を考慮して、わたくしを厳しく、次期女伯爵として育てる決意を固めたということでしたわ。
両親に愛が無かった訳ではありません。むしろ愛するがゆえに将来のためにとわたくしに厳しくしていたのは間違いありません。女として伯爵家を背負う重責に、他家に侮られないため、男性以上に完璧を求められる娘のため、心を鬼にしたのだと思います。
その反動でしょうね、妹にたいして、両親は殊更甘くなってしまったのです。
幼い頃はそれが理解できず、文句を言う事もありましたし、わたくしも甘えたいとなげいた事もありましたが、厳しく育てられた事で、感情よりも理性が上回る事で、父母の愛の不器用さを理解するようになりました。
ただ、両親は本当は娘を溺愛し、存分に甘やかしたかったのです。その愛の表現は全て妹ビアンカに向く事になりました。
そのために妹は我儘で、子供っぽい性格に育ったのです。家中の者にも傍目にもそう思われております。
ですが、真実は違うのです。
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「ねー、お姉様、覚えてるー」
夕食の後、わたくしの部屋に来たビアンカは前置きなく、そんな事を言い出しましたわ。
「なんでしょう? 」
ニコニコとした笑顔の妹はサイドテーブルにあわせたソファに座るわたくしを見下ろしながら、ベットに深く腰をおろしてニシシと声を出して笑ってから話し出しました。
「お姉様の十歳の誕生日のこと」
なにかあったかしらと考えて、あの事かしらと朧げながら問い返しました。
「もしかして、プレゼントのこと? 」
自信なさ気なわたくしに、意を得たとばかりに、そうっ、ソレっ! と嬉しそうな妹は楽しそうに話し出しました。
「あの日からさー、わたしは少しづつ変わっていたと思うんだよねー」
妹の話を聞きながら、わたしはあの日のことを思い出していました。
わたくしの十歳の誕生日、家中の者が総出で準備をし、盛大にパーティーが行われて、その後、家族だけでの団欒の中で両親からプレゼントが渡されましたの。
可愛らしい兎の縫いぐるみでしたが、何せ、その時には厳しく育てられたせいですでに精神が成熟してしまっていたわたくしは、嬉しいと喜んでいる様に振舞ってはいましたが、然程興味を惹かれるものでは無かったのです。
そんなプレゼントを見て、ビアンカは楽しそうに。
「とってもカワイイ、わたしも欲しいなー、早く誕生日来ないかなー」
そんなふうに燥いでいたのですが。
「そんなに気に入ったのなら、アマリリスには別のものを用意するから、お姉ちゃんから譲って貰いなさい」
父は何となしにそう言ったのです。
正直な話、わたくしも別のプレゼントを貰えるなら、その方が嬉しいかもと思ってしまったのもいけなかったのでしょう。じゃあ、あげるわと、妹に渡してしまったのです。
わたくしも考え無しでしたし、それを見て、姉妹仲が良いと喜んでいた父母も考え無しだったでしょう。
その日の夜、私室に戻ったわたくしの元に来た妹は泣いていました。
「お姉様、ごめんなさい。我儘をいったせいでせっかくのプレゼントを横取りしてしまって」
しゃくり上げながら謝罪する妹に、いいのよ、後日、別のものを頂けるわと言ったわたくしに。
「別の日じゃダメなの、今日がお姉様の誕生日なのよ。わたしの誕生日じゃないのに、プレゼントを横取りしたらズルだわ」
そう、妹は再び泣いてしまいました。
あー、この子は本当に良い子なのだわと思うと同時に、普段の両親への姿は本来の姿では無いのねと、薄々感じていた事実に気付いたのです。
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「そうね、あの日から、貴女を見ていて、貴女と両親を理解するためにわたくしは動物の行動や人間心理を学ぶようになったの」
妹の話を聞きながら、回想を終えたわたくしはポツリとそんな言葉を溢しました。
「もー、お姉様ったら、それじゃわたしがおサルさんみたいってことー」
フザケてむくれている妹が可愛くて。
「ちがうわ、貴女は可愛い可愛い雪うさぎみたいよ」
そう顔をよせて、ちょっと額に指を当てながら言ったわたくしに、頬を紅くした妹は。
「もうっ、お姉様ズルい」
そう頬を膨らますのでした。
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学院のサロンでティータイムを過ごしていると、従者を引き連られたフリードマン様がお見えになりました。
「前に失礼しても大丈夫かな? 」
柔和に伺いを立てるフリードマン様に、了承の意を伝えると、一言ありがとうと前置いて向いに座られました。
「貴女と話しをするのは楽しくてね。申し訳ないが、付き合って貰えるかい? 」
サロンの給仕が卒のない動きで紅茶を淹れるのを横目にフリードマン様は朗らかに訊いて来られますので、わたくしも真綿のような声でお返しします。
「えぇ、わたくしもフリードマン様との会話はとても楽しいですわ」
そこからは歓談をして過ごしたのですが。
「失礼かも知れないのだけれど、前から訊いてみたいことがあってね。人間心理を学ぶのは貴族として理解出来るのだけれど、アルノルト嬢は動物の行動や生態についての講義も受けているだろう。わたしは領内の害獣駆除や畜産に役に立たないだろうかと受けているのだが、アルノルト嬢もやはり同じような理由なのだろうか? 」
いずれは家を出るお立場で真面目な方だと思いながら、わたくしはどう返すか暫し悩んで、誠実な方に嘘も良くないと、真実を話すことに致しました。
「わたくしはもっと個人的な事柄に起因して学んでおります」
そう言ったわたくしに、フリードマン様はすこし驚かれてから、やや声を小さくされて。
「それは聞いても問題無いことだろうか? 」
そう仰られました。
「えぇ、問題ありませんわ。実のところは妹のことなのです」
「妹君の? 」
当たり障りの無い間を持って答えたわたくしに、要点の掴み所が無いでしょうお話ですから、続きを促すようにフリードマン様は短く聞き返されます。
「妹のことはご存知でしょうか? 」
「明るく快活な令嬢だとは聞いていますね」
やや言葉を選ばれたフリードマン様に好印象を抱きつつ、ちょっと笑ってしまいそうになりますが、しずかに微笑んだまま会話を続けます。
「えぇ、とても良い子なのですが、両親が過度に甘やかすので、根は甘えん坊で寂しがり屋なのです。話が変わるわけでは無く、繋がっているのですが、猫のネオテニーについての講義、ご一緒に受講しておりましたけれど、覚えておられますか? 」
結構前の話になるのですが、わたくしの唐突な話題にフリードマン様は頷かれると。
「あぁ、覚えていますよ。野性の動物と違い、愛玩される猫は成体となっても幼体の特性を残していて、それによって庇護者の保護を受けやすくなるという話だったと」
流石に良く覚えてらっしゃいます。野良猫などは顔も鋭く、鳴き声も低く唸るようになり、人に懐きませんが、愛玩動物として飼われている猫は、可愛らしく丸い体躯やお顔になり、甘えた声を出して人に懐きます。これは成体になっても子供のような特性を持つネオテニーの一つだと教わりました。
「つまり、貴女の妹君もそうだと? 」
話の理解が早い方と話すのは疲れませんし楽しいですわね。ですが、すこし早とちりです。
「そうですわね。そのように育ってしまう可能性もあると思いますのよ。ですが妹はすこし違っていて、妹の特性は擬態なのです」
「擬態? 」
また、要点を短く聞き返されるフリードマン様、聞き上手ですわね。
「先ほど言った通り、妹が甘えん坊で寂しがり屋なのは事実なのです。わたくしにも良く甘えて可愛らしい子ですから。でも、それは猫のように可愛がられて育ったのですから当然ですわ。問題は妹は、というよりは子供の持っている洞察力と言うのは侮れないということなのです」
すこし考え込まれたフリードマン様はクイズを解くようにわたくしの推論を予測されました。
「ふむ、ご両親であるアルノルト伯爵閣下と夫人の愛情表現に応えるように自らを演じていると」
「流石ですわね。別に妹は意図している訳では無いのです。厳しい当主としての教育を受け厳格に育てられたわたくしは大人びていて、事情も相俟って甘やかすことも出来ませんでしょう。その分、妹には二人分の過保護な愛情が注がれています。ですけれど、翻って、幼い頃の妹の中に無意識の疑念が浮かんだんだと思うのです。幼稚で子供っぽく、甘えん坊の子供でなければ、両親の態度が変わってしまうのでは無いかと」
そう自論を述べたわたくしに、感心したようにフリードマン様は頷かれて、カップを手に取り一口、紅茶を飲まれてより、話し出しました。
「いや、失礼。聞き入ってしまって、喉が乾いたことを忘れていたようで、上手く言葉が出なそうだったものでね」
そう笑いかけて、一つ謝罪されて、かまいませんわと言うわたくしの言葉に、ありがとうと返されてから、すこしの間のあと続けられました。
「成る程、つまりは両親の愛が失われるかもしれない。その不安から、両親の望む姿に自ら育っていったというのが、貴女の見解なのか」
「えぇ、ですが、妹は賢い子ですから、長じるに従って、両親の愛が愛玩動物に向けたものでは無いと気付きました。まぁ、可愛らしい娘を大切に愛でたいという気持ちに嘘はありませんから、すこし度をこした所は否めませんが、悪意はありませんから、わたくしたち姉妹が理解していれば問題はないのです。ただ、妹は良い子なので、まだ両親のために望む娘を演じておりまして」
そう言ったわたくしに、フリードマン様は納得したように深く息を吐かれると。
「いや、妹君の話はそれとなくは聞いていたのですが、チグハグな所があって。ご友人たちの間では性格の良い子だと言われていて、成績も悪くないが、どうにも子供っぽいところや、奔放な所があるとも聞こえますし、それでいて恨みをかったり、貶める者も少ないために、どうにも掴みがたい印象だったのですが、人の話は当てにならない反面で、参考になるものです。貴女の話で全てすっきりと理解できました」
「それは良かったですわ」
可愛らしい見た目と、何かと目立つ振る舞いで悪評とまでは行かなくとも、妹のことは話題になっておりましたから、正しく認識して貰えるのは嬉しいですわ。
「それにしても、貴女は家族想いなのですね。そうして熱心に紐解いているのは、万が一にも妹君の成育に問題が起きたり、ご両親との間で問題が起きぬよう備えるためでしょう。深く家族を理解しようということでもある。前から思っていたことですが、とても優しい方なのですね」
そう真っ直ぐに目を見据えて仰られるので、すこし照れてしまいましたわ。
「お恥ずかしい、わたくしはただ、家族仲良くすごしたいだけですわ」
フリードマン様は、やはりお優しいですよとお世辞を述べられて、次の講義の時間にもなりますしと、ティータイムの語らいは終了致しました。
〜〜〜〜〜
それから数日後、わたくしの家にフリードマン侯爵家より、婚約の打診が届きました。
お相手は次男のマティアス様、指名されたのはわたくしでした。総領娘であるわたくしと成婚し、伯爵家当主の夫として伯爵家に婿入りを許して貰いたいとの要望でした。
両親は優秀で将来を嘱望されるマティアス様との婚姻、さらに侯爵家との縁が出来ることに願ってもないと喜んでおります。
「いいなー、わたしもはやく婚約者を見つけて、将来は絶対に愛されて幸せになろー」
夕食の席で話す妹に、両親ともに寂しそうな顔になります。
「ビアンカちゃん、貴女もうちに残って婿を取ってもいいのよ」
母は優しい声で妹にそう言いましたが、妹はとても不満そうな顔をして否定するので笑ってしまいそうになります。
「えっ、イヤよー、お姉様の邪魔になるわ。わたしはー、わたしだけを甘やかしてくれる素敵な旦那様に嫁いでいっぱいワガママをきいてもらうのっ!」
力強く宣言する妹に父が苦笑いしつつも落胆していて。
「まだ、先の話よ。今はお勉強して、婚家に嫁げるように頑張らなきゃね」
そう言ったわたくしに、両親ともにそうねそうねと、暫くは妹を手放せない理由をもっともらしく言い募っては妹に言い返されておりました。
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ノックの音と共に妹が私室にやって来ます。
「もー、お父様もお母様も子離れしてくれなくて困るわ」
どこか嬉しそうに、でも不満そうに言う妹が可笑しくて。でもそんな可愛らしい妹に。
「まだまだ子供なのですから、もう暫くはお父様たちの好きにさせてあげなさい」
そう嗜めると、はーい、と気にあるような無いような返事が返ってきます。
「ねぇ、貴女の理想の旦那様って、どんな方なの?」
わたくしの問い掛けに迷うこと無く即答して。
「決まってるわ、わたしを大好きで、甘えても受け入れてくれて、ワガママを言っても笑って許してくれる人! 」
随分な要求ですけれど。
「容姿や家柄は拘らないのね」
「当たり前よ、必要ないもの。生活力が無いのは困るけど、養っていけるだけの家なら、わたしよりもわたしを愛してくれるなら、問題ないわ! 」
いっそ潔くて面白いのだけれど、でも、妹が敢えて、両親の前ですこし足りない令嬢の振りを続けているのは、なにもお父様、お母様のためだけじゃないのよね。
政略による結婚をさせるには、すこし不安があると思わせて、優しい両親に無理に婚約を充てがわれないようにしているのを、知ってるのよ。
「わたしは絶対に素敵な人を捕まえるの。わたしはワガママなんだから」
そう宣言する妹の目は野良猫のように光っていたわ。
感想お待ちしておりますm(_ _)m
щ(゜д゜щ)カモーン
あんまり、ビアンカがワガママに見えない(;^ω^)




