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笑顔が好きな先輩を、泣かせてしまった夜(3分で読める百合ショートショート)

半年前

「先輩今日もすてきっす!」

「あらありがとー」

3ヵ月前

「うおおおお!その髪型にあってます!」

「あらありがとー」

1カ月前

「先輩好きです!」

「あらありがとー」



私が学校に入学して3つ目の季節、秋。

そして好きな先輩に絡み続けて半年と少し。

なんだか同じセリフしか聞いていない気がする。

話しかければニコニコしてくれるし、返事もくれる。

嫌われてるわけじゃないと思うけどなあ。

友達曰く嫌われてもいないけど相手にはされていないらしい。

あと、恋人がいるらしい。

なんでこんなことに気が付かなかったのかな。

自己嫌悪で消えてしまいたくなるけど、気持ちを伝えていただけで何かあったわけじゃないし。

でも、もっと先輩の事を知りたい。

好きな食べ物は?休みの日は何してる?家族は?

どんな小さなことでも知りたい。

でも、これから先輩と会うけど勝手に気まずくてきっと何も聞けない。

美化委員会と書かれている扉を開ける。

今日は各々の学年の代表委員が集まる代表者会議の日だが、どうやら一番乗りみたい。

なんかたいそうな名前だけどボランティア清掃の段取りをするくらいで、時間の半分はお菓子を食べながら雑談をしている。

先輩と知り合ったのはこの委員会。

私が1年生で向こうが2年生。

2年代表委員だった先輩と仲良くなりたくて、私もなったのが随分前のように思える。

「やっぱりいた」

室内でだらけていると呆れた顔の先輩が覗いてきた。

私も背が高い方だけど先輩はさらに上で、切れ長の目を持っている。

見た目は完全にボーイッシュ。

なのにいつも長い髪を編み込んでいて、可愛さとカッコよさが共存している。

「こんにちわ!」

ついつい立ち上がり駆け寄ってしまう単純な私。

「こんにちはじゃない」

呆れ顔をさらに深めて私のスカートのポケットを指さす。

「あーー」

3年の先輩から体調不良で休むことと、会議を改めて欲しい連絡が入っていた。

「あなたの既読が付かないからもしかしてと思って」

「めんぼくない」

わざわざ手間を取らせてしまった。

「お詫びに少し付き合いなさい」

後ろ手に持っていたジュースを一つくれた。

「それいつも飲んでるよね」

「……はい」

彼女力が高すぎる。

戸棚からおやつもとりだし机の上に豪快に並べた。



「いやー!先輩とたくさん話せるなんて幸せでした!」

「それでバス乗り過ごしてちゃわけないわよ」

下校時間を過ぎた通学用のバスは急激に本数が減ってしまう。

しかたなく暗くなりかけた道をふたりで歩く。

どこかで秋祭りをしているのかな?祭囃子が遠く聞こえる。

「あなたは可愛んだからもう少し注意しないと」

妹が3人もいるリアルお姉ちゃんの先輩。

心配性なのかさっきからずっと小言を言われている。

「でも先輩に言われると逆に自信なくなるというか」

鳩が孔雀に可愛いと言われてもそれは多分別のベクトルの可愛い。

「それをいうなら先輩こそ彼女さんが心配します」

ばれちゃったかと罰が悪そうに視線をそらす。

「隠してたわけじゃないんだけど」

“あなたがあまりに純粋で”

視線を合わせてくれた先輩。

その時の表情は今までで一番大人びていた。

「でも気にしないで!」

ぐっと親指を立てて来た。

「振られたから!」

………。

「そいつどんなバカですか!!」

あまりの音量に焦った先輩が口をふさいできた。

「近!所!迷!惑!」

「……っす」

唇に触れている指先は少し冷たい秋闇の中、ほのかに暖かい。

「長所でもあるけどもう少し感情表現を抑えなさい」

「面目ない」

項垂れる私とそれを可笑しそうに見てくれる先輩。

「先輩、聞いていいですか?」

その先は言わずとも察してくれたのか、返答に困り黙り込む。

無言でどのくらい歩いただろうか。

ふたりの靴音だけが誰もいない住宅街に響く。

私のスニーカーの鈍い音と、先輩のローファーの高い音。

バランスが悪いふたつ。

「私って重いんだって」

やっと口を開いた先輩。

私はその顔を見ることが出来なかった。

だって、どうしようもなく涙声だったから。



こっちを見ないでいてくれる優しい後輩。

もう何日も経ったから平気と思っていたんだけど。

だめだめな先輩だと、無理やり涙を止めた。

「電話で声が聴きたいとか、ここに遊びに行きたいとか振り回しちゃってたのかな」

笑い声を混ぜることでこの空気を払拭したかった。

「それは違います!」

今までで一番真剣で最も近所迷惑な声。

真っ暗な秋の夜、古い街灯の下、スポットライトに照らされた彼女が私の肩を掴んでいた。

前髪が交差する距離。

「ふたりの間になにがあったかはわかんないっす」

この子の瞳はこんなにキラキラしていたんだ。

「でも!どんなことがあっても!別れることが決まっても!」

私を見つめるガラス玉はどこまでも透明でたくさんの水を湛え、零れないよう必死に耐えていた。

「好きだった人を最後に泣かせるなんて……それだけは違うって言えます」

後輩の最後の声は消え入りそうに小さくて。

それでも何かを伝えてくれようと強くて。

私よりも震えていた。

この子と出会った春の日。

憧れてくれたのか凄くなついてくれて、いつしかそれは恋心になってくれていた。

そうだ。

私はこの子の気持ちが真っすぐすぎて、与えられる心が気持ちよくて。

つい何も伝えられなくて──。

「私は先輩失格だね」

泣いたらだめだ。

この子は私の為に自分の心を傷つけてまで、堪えて、真っすぐに見つめてくれている。

だから私はいま泣いたらだめだ。

思わず見返した瞳。

視線が交差して彼女の心が飛び込んでくるようだ。

お互いの呼吸がお互いの唇を震わす。

後輩が瞳を閉じた。

長いまつげが緊張と恐怖で震えていた。

だめ、いまこんなに優しくされたら拒めない。

押し返そうと、彼女の胸に添えた手に力が入らない。

その時──。

遠くの空で大きな花火の音がした。

夜空の大輪が街を明るく染める。

世界に光が満ちた。

「調子に乗らない!」

後輩を引き離すと熱くなった頬をなんどか叩く。

「なんか体が勝手に。ごめんなさいです」

しおれた茄子のような後輩。

これ以上顔を見られるとどうなるかわからないので、無視して先に歩く。

「そっち家じゃないですよ?」

「さっきからお祭りの音がしてるでしょ、覗いて帰りましょ」

「デート!いきます!」

デートではないと否定だけしておいた。

「あとあなたね」

「っす?」

もうご機嫌になったのか半歩後をついてくる。

「いま私ちょろいから、さっきみたいなの禁止で!」

「えー、それって攻め時なのでは」

並んできて、ねーねーと連呼する。

「うるさい!あと私は身持ち硬いんだからすぐに手を出せると思うな!」

「え?それって先輩まだ未経」

「それ以上言うと置いて帰るわよ!」

「先輩近所迷惑ー」

「っさいわよ!!」

「やっぱ先輩は笑ってるほうが可愛いですよー」

溢れた涙が伝う綺麗なガラス玉。

花火に映されたそれは私には眩しすぎて、それでも美しくて。

私がこの子を好きになれるかは、まだわからない。

でもこれだけは言える。

贖罪の意味を込めて、その瞳にもう嘘はつかないよ。



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