忘れられないドSの名前(3分で読める百合ショートショート)
【忘れられないドSの名前】
美容院には昨日行った。
背伸びして少し明るくした髪もちゃんと似合ってる。
服は可愛くて少しスカートが短いやつ。
化粧もいつもより長く丁寧にした。
今この町で一番輝いてる私が立つ地方の小さな駅。
人もまばらな改札。
ここで大切な人を待っている。
初恋の人で、世界で一番かわいい女の子。
「ふくちゃん!5年ぶりだね!」
懐かしいあだ名で私を呼ぶ少女が電車からかけて来た。
小学生のころ転校していった友人が高校入学にあわせて地元に帰って来たのだ。
スマホでやり取りはずっとしていたが、遠方過ぎて会えぬまま。
離れた月日が共に過ごした時間を追い越し、悲しさを胸に秘めていた。
「ずっと会いたかった」
それは幼馴染も同じであったようだ。
感動で涙を浮かべる親友は昔の面影を残したまま、随分と大人びていた。
特に胸あたりは私を置いてずいぶん遠くにいっちゃってるね。
この話は聞いてないぞベストフレンド。
まあ将来的には私のものだし?怒ってないし?
「私も会いたかったよ」
その言葉に感極まり、雫が頬を伝った
指先で拭ってあげながら、泣き虫なのは変わってないんだなとほほえましく思う。
私も本当にあえて良かったと、これからの毎日がどれだけ楽しくなるかと、心より全力でそりゃもう天にも昇る気持ちで喜んでるさ!!
--名前なんだっけ。
意気揚々と早めに駅に迎えに来た今朝。
待ち遠しくてこの5年間のLINEを読み返していた。
何も知らない子供のころから思春期を迎え、喧嘩もたくさんしながら共に成長してきた。
あのぶーちゃんとまた一緒に学校に通えるなんて嬉しくて仕方がない。
「でももう”ぶーちゃん”は無いか」
写真で見た彼女はとても可愛らしく、小学1年生でつけたあだ名は余りにも似合っていない。
「ん?」
あだ名ではなく名前?
な……ま…え?
ん?ぶーちゃんの名前?
待て待て落ち着け、名字はたしか。
えーと、木下さん。
そうそうここまでは覚えてる。
あとは名前の方だ。
LINEの登録名を見る。
ぶーちゃん。
あああああああああああああああああ!ぶーちゃん!君の名前は!?
きっと可愛らしいやつだよね!
ご両親が悩みに悩んでつけた!すっごい深い意味のあるやつ!
鰹節が鼻についていたから”ぶーちゃん”みたいなゴミな理由なはずないもんね!
ちゃんと最後に呼んだの何年前かな!?
そのまま思い出せず、頭を抱えていた。
こうなったら探りを入れていくしかない。
「そういえばさ。友達にはなんて呼ばれてる?」
「え?」
ぶーちゃん家への帰り道、並んで歩きながら聞いてみた。
「ほら、私ずっとあれで呼んでたからさ」
照れてごまかすような雰囲気をだしながら、内心は呼ばれてる名前を口にするんだ!カモン!!と息まいている。
「あー確かに。LINEならともかく面と向かっては恥ずかしいよね」
「こんな可愛い女の子をあんな名前で呼べないよ」
「……」
照れる幼馴染。
「ふくちゃんには名前を呼び捨てで呼んでほしいな。誰もそんなふうに呼ばないから」
「……はい」
さっきの私!なんでちょっと口説いた!
ぶーちゃんが予想を超えて可愛かったからですね!知ってます!
30秒前の自分を殴りたい衝動を抑え次の手を考える。
「あ、私ね、ふくちゃんにずっと聞きたかったことがあるの」
ぶーちゃんがスマホを出すと、酷く汚れたイルカの人形がついたストラップ。
そこにはSとBのアルファベットがついてた。
「嘘?まだもってくれてたの?」
小学校の修学旅行で訪れた水族館。
そこで見つけたお気に入りを彼女に送ったのだった。
「もちろんだよ。大切なプレゼントだもん」
風に揺れるSとB。
過去の私ナイス!ぶーちゃんのイニシャルはSと判明した。
「なんでSなの?私そんなのつかないのに」
過去の私いいいいいいいいい。
「あれかな、うん。なんか雰囲気ドSっぽいじゃん」
「全然違うけど!?」
こうなったらもうごまかしながらやりすごし、死ぬ気で思い出そう。
ふたりの離れていた記憶を話しながら、ゆっくりと歩く。
やがてぶーちゃんの家に着いた。
いやあ、全く思い出せないわ。
今日はこれから荷解きを手伝い、晩御飯を一緒に食べる約束なのだ。
「せっかくの休みなのにごめんね」
「もっともっと話したいからむしろ嬉しいよ」
再び照れる顔が本当に可愛くて拝みたくなる。
「あとね?」
「ん?」
ぶーちゃんが家のポストを指先でトントンと叩いた。
“木下 かなえ”
そこにははっきりとそう書かれていた。
「私の名前、忘れてたでしょ?」
怒りを浮かべた顔。
でもその口元は緩み、濡れた赤い舌が薄く覗いていた。
「ドSやないかい」