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陰鬱な町が少しだけ素敵に見えた理由|恋愛ショート

私はこの町が嫌いだ。

でも、隣りにいてくれるこの娘のことは……。

田舎と都市の間。

住む分には困らないけど、楽しいことは少ない。

お年寄りが多くて、きっと消えゆくだろうちっちゃな町。

そんなところに私は住んでいる。


好きでも嫌いでもないそんなところに。

遠くから人肌の大気が風となり、私と彼女の制服のスカートを揺らす。

それは未来の天気を予想させるように重かった。

少し曇った空を見上げる。


「雨降りそうだね」


学校からの帰り道、隣を歩く彼女に向けてなのか、独り言なのか。

それすらも曖昧で思わず漏れた感情。


「まだにおいしないかな」


私よりは少しやる気を感じる声。

ちょっと楽しそうに長い髪も揺れている。


「んー、私はあなたがよく言う”雨が降る前のにおい”ってピンとこないんだよね」


埃っぽい、コンクリートが濡れたようなにおい。

彼女は雨が降るほんの少し前、そんなにおいがするといつも言う。


「それは田舎の民として失格だね」

「かまわないわ、そのうち出ていくし」


都会に憧れがあるわけではないけど、ここの陰鬱とした雰囲気が苦手なんだ。


「それは寂しくなるね」


一緒に来てほしい、私の我儘はまだ彼女に伝えられていない。

手を取り並んで歩いてください。

いつもこの言葉を飲み込んでいる。


「あ、まずいかも」


彼女が私の手をとり、大きな街路樹の下に引き入れる。

いくつか呼吸をしたころ、空より細い雨が降り注ぐ。


「においがしたの?」

「においがしたんだよ」


また楽しそうに笑う彼女。

音の無い雨がしとしとと町を濡らす。

何を話していいかわからず無言のふたり。

繋がれたままの手。

聞こえるのはやけに明るくて陽気な、彼女の鼻歌だけ。


「いつも楽しそうね」


ようやく絞り出した私の言葉、皮肉っぽく聞こえなかったかな?

舞い込んだ雨で少し濡れたのか、張り付いた彼女の前髪。

指先でいじりつつ笑顔で返してくれる。


「雨って好きなんだ。色んなものを流してくれる空からのお掃除みたいで」


まあ確かに、それは言えるかもしれない。

誰かがキレイにしてくれなきゃ、みんな汚れたままだもの。


私をキレイにしてくれるのは。

ちらっと横を見ると瞳が合い、少し照れくさい。

ごまかすように息を吸うと、草花が濡れた湿気の香り。


「夏の終わりって、寂しい匂いがする」

「おー、においが分かるようになったのかな?」


少し意地悪な彼女。

笑顔を細め、こちらを見ながら続ける。


「センチになったのかな?」


私より背の小さい彼女、そのつむじが、からかうように左右に揺れていた。

髪から僅かに甘い香りがする。

……悪くない。

思わず楽しんでいたら、バレてしまったようで声を上げて笑われてしまった。


「夏の終わりよりは良いにおいかな?」

「うるさい」

「うっさいのはそっちでしょ」


繋がれていた手が強く引かれた。

私は体勢を崩し、抱き着くように寄りかかってしまった。


「寂しいなら平気になるまでかまってあげるよ」


後頭部をなんどかぽんぽんされる。

勢いを増した雨が音を立て、私たちを世界から隔絶させた。

誰もいない木の下のふたり。

今だけは田舎に感謝をした。


「迷惑じゃない?」


私の呟き。

返答が耳元で囁かれ、体と心が小さく痙攣する。


「あなたが元気な時も、ちょっとめんどくさい時も、私はずっと寄り添いたいよ」

「……ずるい」


私がいつか伝えたかった言葉。

先に言うなんて、ずるいよ。


「だってずーーーーっと待ってたのに、言ってくれないんだもん。待ちくたびれたんだ」


いたずらっぽい声と顔。

嬉しさと恥ずかしさが混ざる私の心。


「さってと」


もう少しこうしていたかったけど、彼女が離れた。

繋いだままの手を大きく振り、空を仰ぐ。


「雨もやんだし帰ろっか」


いつの間にか雲間から太陽がのぞき、湿度を増した暑さが襲ってきた。


「さすがに暑いしさ、私の家に寄ってきなよ」


手を引き、速足で歩きだす。


「親いないしちょっとだけなら許してあげるよ?」


彼女が自身の唇をちょいちょいとつつく。

何度目だろう、やっぱり少し意地悪な顔。


「……ちょっとで済まなかったらごめんなさい」

「え?あ?それはまだ心の準備が」


困って女の子の表情になる彼女。

その背中越しに見えた洗い流された世界は、少しだけ素敵で。

嫌っていたのは町なのか、それともそこで燻っていた自分なのか。

私にはわからないけれど。

少なくとも今は、悪くない。

私は意地悪に笑い、ようやく彼女の隣に並んで歩けた。


意地悪そうに笑うと踵を返し、なぜかご機嫌な足取りで消えていった。

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