世界が終わり、新しく始まった夏の果(3分で読める百合ショート)
絵描きの私を殺した天才の話
夏が終わる。
遠くに見える秋の雲。
熱を帯びてなお、ほてりを拭う空気。
毎年この季節に思い出す。
『私の世界が泣いた日』
空を見上げることも出来なくて、ずっとつま先を見ていた。
ううん、何も考えることも、見ることも出来なくて、私は夢の世界から追い出された。
小さなころから絵が大好きで、ずっとずっと大切にしてきた。
褒められたし賞も沢山もらった。
それが自慢で私の絵はいつの日か、たくさんの人の心の片隅に住み着くんだ。
そう信じていた。
芸大2年生の夏、私は世界の広さを知った。
地元の小さな展覧会。
夏の暇つぶし、そんな傲慢な気持ちで作品を出品した。
フロアに飾られた私の絵。
綺麗な額に飾られ、地元出身の将来有望な新人なんて説明書きが添えられて。
でも私はそんなもの目に入らなかった。
隣に並ぶ小さなキャンバス。
地元の女子中学生が描いたものらしい。
デッサンが稚拙で、配色はいい加減で、パースの狂った、理想の絵。
私がいつか描きたかった美がそこにあった。
授業で使う安い絵の具。
地元の海というありふれた風景。
どんな神話よりも、どんな夢よりも、世界を素的に切り抜いていた。
息すらできず、ただただ見つめた。
同時に、ああ私には無理なんだと悟った。
この世界はどんなに望んでも、渇望しても、私には、描けない。
ひと目で私の心を奪い、私を殺した。
田舎の窓から覗く夏の終わりの雲。
夏の果、いつもいつもあの日を思い出してしまう。
「先生何をみてるんですか?」
振り返ると年下の、妙齢な女性が不思議そうにこちらを見ていた。
「ごめんなさい。世界で一番嫌いな女を思い出してたわ」
私の言葉を鼻で笑って絵の具だらけの白衣を脱いだ。
「ああ私のこと考えてくれてたんですか」
皮肉たっぷりな自信家の表情。
私が文章を書き、彼女が絵を描く。
そんな仕事を始めたのはあいつが高校生になったころだったか。
随分長い時が過ぎて、沢山の作品をふたりで作り上げた。
「良いじゃないですか、絵をやめても文章で大人気なんだから」
私は勝てない勝負をする女ではない。
絵では勝てないけど、別の芸術で自分以上の天才がいると彼女に思い知らせたい。
小説を書いては彼女の学校へ押しかけ続けた。
最初は一瞥で捨てられていた。
それから時間はかかったけど、今は対等な作家として共に歩んでくれている。
「大好きな私のことを考えたいんだろうけど」
締切は伸びないんですからねと、恨み節だ。
「前半は同意しかねるけど、君が絵を描く時間は邪魔しないようにするよ」
なんせ私は君の一番の信者なのだから。
ひとつ謝り、私は万年筆を手にする。
古い木材で作られた小さな文机。
乗せられた紙とインク。
時代遅れな創作方法。
でも私はこうやって絵のように文章を書くのが好きなのだ。