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その髪はまだ、もう少しだけ君のもの(中学生女子のフェチ作品)

前の席の髪のきれいな女の子

変態チックに距離が縮まる

【その髪はまだ、もう少しだけ君のもの】


月曜日の朝一の授業という、世界で誰一人楽しみにしていない時間。

金曜の夜、土曜の夜、日曜の夜と順調に夜更かしを重ねた脳みそは、意識をまだ休日のままにしている。

たぶん開いている瞳で教室を見回すと、同じように船を漕ぐ生徒が幾人か見られた。

私もそのひとり。そう!堂々たる多数派!つまりマジョリティ!

……とか思いながら、無意味に胸を張ってみたりする。

教卓では先生が熱量たっぷりに語っていた。

授業は思春期の子供の未来のために、大人が必死に考えてくれた大切な時間だ。

わかってはいるのだが少女にとっては、価値が無いと知っていても見続けてしまった昨晩のショートムービー以下である。

目立たないように小さく伸びをして、声を殺して欠伸をすることで少しだけ眠気を遠ざけた。

乙女としてはしたないのはわかるのだけど、中間テストで赤点を取ってしまいお小遣いが減額されるのだけは避けたい。

「だいたい2次関数なんて人生で授業でしか使わないじゃん」

ぶつぶつ言いながらもノートを取り始めるがコピペをしているだけで理解しているわけではなかった。

窓辺の席である少女がふと視線を外すと、誰もいないグラウンドが目に映った。

空いた窓から音もなく舞い入る初夏の風。

それは熱を帯びながらもまだ涼しかった。

「日焼け止め塗りなおしたい」

しかし少女には季節を感じる柔らかなうつろいよりも、目に見えぬ紫外線の方が気になった。

運動部は試合の途中に給水タイムが設けられると聞く。

ならば授業の途中に日焼け止めタイムがあるべきではないのか?

だって命の為に水を飲むんでしょ?美肌は乙女の命じゃない!

あまり成績が振るわない理由の大きな一つ、妄想癖が爆発してしまった。

「ん?」

いつもなら長くなる夢の国から現実に引き戻したのは視線の中央で揺れる黒い糸だ。

前席に座る少女。

親しくはないがつい見てしまう女の子。

香奈いつき。

目を見張るのは長く美しい黒髪で、天使の輪が3重にかかるほど艶やかだ。

それが一本だけ抜けかかり、吹く風により眼前で不規則に波打っているのだ。

素直に羨ましながら動きを視線で追ってしまう。

父親譲りの少し硬い髪はロングヘアに向いておらず、いつも肩口で切り添えられていた。

ない物ねだり、隣の芝は青い、いろいろ言われるけどやはり自分に無いものは欲しくなる。

気品あるお嬢様然とした立ち振る舞いも相まって、以前より気にはなっていたが声をかけづらいクラスメイトだ。

ーーその時短く強い風が教室を走った。

親しくはない少女ーーいつきが流れる髪を手で押さえ、その反動か抜け落ちた髪が机の上に落ちてきた。

神は何て残酷なんだろう。

勉強しなきゃだめなのにこんなおもちゃを私に与えるなんて。

「さて……と」

どこかにいかない内に指先で摘まみ上げる。

たった1本なのに指先から艶やかさとハリが伝わってきた。

いつきの事を好いている男子が多いと聞いていたが、なるほどと頷いてしまう。

たしかにこれは、よしよしした後にグシャグシャに掻き混ぜて堪能したくなる。

「お泊り会したらお風呂上りにできるかな……」

頭の中ではどうすれば夏休みまでに仲良くなれるかシミュレーションがスタートしていた。

まずは何とはなしに声をかける?でも同じクラスになってもう数カ月、いまさら感もある。

グループが違うから共通の友人もいないし。

目の前でハンカチでも落としてみるかと、いつも鼻で笑っている漫画の定番さえ候補に挙げた。

それから自分の髪と並べて長さを比較してみる、毛先にインクを付けて文字を書いてみる、顔をくすぐってみる。

などなど暇に任せて遊んでみた。

「後は……匂い」

なるほど、変質者とはこうして興味から生まれてくるのか。

世界の謎が一つ解けた。

いや、違う。

可愛い女の子の髪の匂いを嗅ぎたいと思うのは、紀元前より全人類が共通で持つ基本的価値観で有り、変質者より何歩も手前なはずだ。

むしろマジョリティ!

きっと邪馬台国の人々も卑弥呼様の髪をくんかくんかしたかった筈だと、悠久なる歴史に身を浸しながら背徳感と高揚感をもって鼻に近づけた。

「歴史が動いた」

今が日本史の授業中ならば思わず挙手をし、日本が育んできた歴史と文化に感謝の言葉を述べながら、二礼二拍手一礼をしているところだった。

早く終われ数学。

なにこれシャンプー?でも科学的な匂いじゃないしまさか頭皮の匂い!?これが!?

自分の髪を一本抜いて嗅いでみると、生乾きのスルメの様な香りがしてDNAの敗北を悟った。

帰りにドラッグストアへ一番良い香りのするシャンプーを探す旅に出よう。

「こうなるともう最後は……」

超えてはいけない一線の前に私は立った。

マジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)の境界。

一般人と変態の性癖の差。

合法と事案の日本国憲法の壁。

でももう、こうなったら、いくしかない。

「味だよね」

少しだけ大人になった少女が、震える指先で口に含んだ。

「出汁を取りたい」

きっと三ツ星だろう。



あれから1年。

気楽だった2年生は終わりを告げた。

高校受験という苛烈な競争へ身を投じる年齢となり、クラス替えでいつきとは別々になってしまった。

後から知ったのだが勉強も得意らしく、進学校の特進コースを目指しているそうだ。

「カンペキ超人かな?ハイスぺ魔王かな?」

ふがふがとしながらぶつくさと言ってしまう。

どうせ私は英検4級がお似合いな女ですよともふもふしながら更に言う。

いじけたのか指に髪を幾重にも巻いては解き、巻いては解きを繰り返す。

20回くらい繰り返していると見た目に反して意外と低く、それでも鈴の後鳴りの透明さを持つ声が聞こえた。

「今日は受験勉強のために私の部屋に来たんだよね?」

声まで可愛いとか反則。

「でもさパーフェクト大納言」

「私の名前は香奈いつきです」

良くわからないあだ名をつけられることには慣れたし、髪に執着する性癖にも慣れてきた。

でもそこまでは許していないと耳たぶを甘噛みする少女をいつきは遠ざけた。

「同じ学校に行くって言ってくれたよね」

「先週の模試で現実ってやつから迫撃砲をいただきまして」

よしよしと慰めるために頭を撫でる。

硬めで少しく癖っ毛なのが心地よく、檜に似ている大好きな人の香りがした。

「合格圏内までもう少しだからすごいですよ」

半年前は夢は寝てから見ろと講師に言われていたのだから。

「クラスが別になって寂しがってましたよね」

「お、おう」

「特進科は1クラスなのでずっと一緒ですよ」

「いつきーーー」

再び頭頂部に顔を埋めて来た。

ある日から突然熱烈にアプローチをしてくれた。

あの熱量の半分でも勉強に向けてくれたなら。

頭痛がしそうなこめかみを少しだけ揉む。

「ほらもうちょっと勉強したら休憩しよ?」

「がんばったらご褒美に一緒にお風呂入ってくれる?」

そこまでは許していない、多分もうしばらくは。

「はいはい、いつかね緑ちゃん」

素直に問題集に向かう。

1年前は興味が無かった2次関数を解きながら、人の背を追う努力をするのもそんなに悪く無いなと感じた初夏の昼。

好きになってくれた人の後ろ髪ならなおさら。

「その時はまた私の前に座ってね」

「え?あ?はい?」




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