【第一章】 第六十六話
病院に行ってから登校したため、サッカー部での朝練はもちろん学校の授業も三時間目からの出席になった。慣れない松葉づえで体を支えつつ、右足に負担を掛けないように心がける。階段で松葉杖を使わず、手すりに手を置き慎重に昇っていると、オールバックで目つきが悪い男が俺の視界の端に映った。
「若林じゃねーか」
神田先輩だった。俺の後ろから階段を昇って来ていた。
「おはようございます、神田先輩」と小さく頭を下げていると、俺の右腕を掴まれた。そして、俺の右腕は神田先輩の右肩に置かれた。
「ったく、なんでこんな時に怪我をしているんだよ。新人戦も終えて、これからチーム内再選考の頃だろ」
神田先輩は嫌味を言いつつも、俺が階段を昇るのを手伝ってくれるようだった。せーの、という神田先輩の掛け声と共に、俺は左足に力を入れて一段越えた。
「はい。少し無茶な練習をし続けちゃったみたいで」
また一段越える。
「ということは疲労骨折か」
一段越える。
「はい。足の甲の骨が折れていたみたいで」
一段越える。
「なら治るのはしばらくかかるな。確か三カ月くらいだよな。なら来年度の全国中学サッカー大会にはぎりぎり間に合うか」
一段越える足を俺は一度ぴたりと止めたが、また動かした。
「けど、変な折れ方をしていたみたいで、それ以上かかる可能性があるって」
最後の一段を越えた。
「そうなのか。けど、しっかりと安静にして、治りかけてきたらリハビリもしたらきっとすぐに治るだろ」
俺は足を気にするふりをして、顔を俯け、神田先輩の顔が見られなかった。
俺がどんな表情をしているのかを、神田先輩がどんな表情をしているのかを、俺は知りたくなかったからだ。
お前たち二年生の階ここだよな、と神田先輩は言うと、三階へと続く階段に足を掛ける音が聞こえた。それと同時に俺は感謝の言葉を述べて、神田先輩とは別れた。
松葉づえを使って、休み時間の廊下を歩いていると、人の視線をかなり奪う。あまり話したことがない同級生のサッカー部員も、俺の顔と包帯が巻かれた足、そして松葉づえを見ると、「どうした?骨折か」と声をかけてくる。
そうだよ、と適当にあしらい、俺は自分の教室へと向かう。二年生になった今、同じサッカー部員は同じクラスにはいない。一年生の時、一緒だった凌太や渡辺とは別のクラスになってしまった。
しかし、自分のクラスにたどり着く前に、噂を聞きつけてしまった凌太が俺の元へと駆けつけてきた。
「透真、大丈夫?骨折って話を聞いたけど」
噂が広まる速度、早すぎるだろ。
だが、今まで一度も休んだことがない俺が朝練習に来なかった時点で様々な憶測が広まっていたのだろう。
「ああ。問題はない。ただの疲労骨折だ。けど、完治するまでしばらくかかるらしい」
「しばらくって、どれくらい?」
素早く質問を返された。
きっと凌太の頭の中には全国中学サッカー大会のことしかないだろう。俺が欠けたら。いや、チームの誰かが欠けたら俺たちは勝てない、とか言う青臭いことを思っているんだろう。
実際はスタメンだけで新人戦を優勝という結果を収めたくせに。
「四か月くらいかかるらしい。それに完治してもしばらくは痛みと一緒にサッカーをしなくちゃいけないらしい」
すらすらと言葉が、嘘が出てきた。




