【第一章】 第六十一話
斎藤コーチが二軍に参加した紅白戦は一対三で二軍の勝利となった。
二軍の得点の全ては斎藤コーチのアシストからであり、細かいパスを繋いでからの攻撃がほとんどだった。
反対に一軍の得点は間中からのパスを渡辺が受け取り、斎藤コーチのディフェンスを退けながら決めたゴールだった。
「渡辺くん、間中くん。ちょっと来てください」
斎藤コーチは手招きをして、渡辺と間中を呼び寄せた。そして、タブレット端末を触りながら、何かを話している。
俺はそれを少し遠くで眺めながら、ストレッチをしていた。渡辺の声が大きくて、少しだけ会話の内容が聞こえてくるが、その度にその三人から離れた場所に移動した。
それを繰り返していく間に、俺の元に凌太が近寄ってきた。
「斎藤コーチすごかったね。現役の時はパスとかポジショニングとかで活躍していたけど、今日はドリブルが光っていたね」
「ああ」
元プロ選手が中学生相手に本気でやってくるなんて大人気ないけどな、という言葉を俺は飲み込んだ。
「そして、それを上回った渡辺くんと間中くんもすごかったね」
「そうだな」
上回ったのは僅か一瞬だろ。という言葉も飲み込んだ。運動をしたばかりで腹が減っているはずなのに、腹が一杯になっている。腹がキリキリと痛み、これ以上飲み込むと吐き出してしまう気分だった。
「じゃあ、俺ボール片付けてくるから」
今は誰とも話したくなくて、俺は足元に転がしていたボールを部室の方へと蹴り、ドリブルで逃げ出した。
血が滲むような努力を重ねているのに、結果が付いてこない。
あとは何をすればいいのだろうか。
部活動での練習の他に渡辺達との自主練習を通して実践的な基礎技術の向上。
後輩に撮ってもらった練習試合や公式戦の録画を見直して戦術の理解力の向上。
一人だけの自主練習を通して新たな技術の習得し、個人的な基礎技術の向上。
向上。向上。向上。
あとは何の能力を向上させればいいのだろうか。
もう努力の方向性がわからない。
目の前に転がっていくボールが、校庭にあった小さな石に当たってぴたりと止まった。