【第一章】 第五十六話
三年生が引退してから一カ月が経ち、木々の緑が赤や黄色に染まっている。
俺はそれを眺めながら、昨日見た練習試合の録画を思い出していく。いつも見ていた今井さんの録画ではないため、画面の移動がスムーズではないが、それでも十分だった。
俺は制服のポケットの中にあるメモ帳を出し、厚い表紙をめくった。そこには録画を何度も見返して書き記した俺たちサッカー部の各選手たちの特徴が書かれている。
【小西凌太 存在感を消すのが上手い。そのため、常に周りを見渡すことで、小西を発見してパスを出す。
渡辺俊 その場のテンションでパスを受ける場所やシュートを打つタイミングを決めている。何の法則性がない。しかし、それが渡辺の強みだ。特に空中戦では直線的ではなく、もっとふわりとしたパスを出す。
波多野亮 裏取りとトラップが上手い。その長所を利用するために鋭いパスを出すのがベストだ。 】
「おーい、若林」
メモ帳の一枚を捲ろうとした時、背後から渡辺の声がして、慌てて振り向きメモ帳を制服のポケットへと素早く突っ込んだ。
「どうした?」
俺は苦笑いをした。もしかしてメモ帳を見られたか、と不安になったからだ。
しかし、渡辺の様子は普段と変わらないようだった。グッドポーズをして、俺に親指の腹を見せつけてくる。
「聞いてくれよ!!俺、遂に二つ上の先輩全員まで一対一で勝ったぜ」
「二つ上の先輩って。もう学校にいないのにわざわざ会いに行ったのかよ」
「卒業する前に一対一をお願いするのを忘れちまっていてな。二つ上の先輩のラインを交換していたからな、簡単にアポ取れたぜ」
アポって、と俺はツッコミを入れた。
「けど、先輩たち絶対面倒だっただろうな。お前、一対一勝つまでやるだろうし」
「それはそうだろ。勝つまでやる。次がない試合とかなら話は別だが、何度も挑戦できるなら、何度でもやるのが俺だ」
そうですかい、と俺は適当に流した。
別に先輩たちに一対一で勝ったところで特に意味はない。こいつみたいに根拠のない自信が身に付くだけだ。
試合中に正面から行う一対一という場面ができあがるのはそうそうない。それに試合ではパスという選択肢だってある。一対一というもので勝ったところで意味はない。
「けど、丸山先輩には五十回近く負けちまったけどな」
丸山先輩、という不意に聞こえた言葉に俺は思考を振り払った。
「お前、丸山先輩とも会ったのか」
「ああ。けど、あの人すごいな。高校一年なのに、もう強豪校のスタメンらしいぞ。とんでもないよな」
俺は半年前の卒業式の時を思い出す。
丸山先輩はもう強豪校で活躍している。なのに、俺は卒業式の日から大きく変わっていない。
比べる対象でもないのに、とても大きな劣等感に襲われた。
もっと頑張らないといけない。