【第一章】 第三十六話
神田先輩が俺にボールを渡してきたため、俺からのキックインになった。俺はボールを自分の足元に置き、顔を上げると、神田先輩が俺の目の前に立っており、神田先輩の周りには凌太と権田が身構えていた。
神田先輩をこの二人で押さえ込むのが間中の作戦なのだろうか。
このミニゲームでは五対五という少ない人数しかいない。それなのに神田先輩一人にそんな人数をかけていいのだろうか。俺はそう思いながら自陣のゴール前にいる朽木先輩にパスを出した。
ボールを受け取った朽木先輩はダイレクトで左サイドへとパスを出した。
「ナイス、朽木」
左サイドの角田先輩はパスを受け取ると、ボールを蹴り出して追いかけるという少し大雑把なドリブルで波多野を振り切った。
その間、俺や松本先輩、神田先輩がゴールを決めるために集結する。
俺には間中が、松本先輩には渡辺が、そして神田先輩には凌太と権田がゴールを阻止するために、俺たちとボールを持つ角田先輩を視界の中に入れる。
「うおっ、もう追いついてきたのか」
「角田先輩、これ以上行かせませんよ」
角田先輩と波多野の言葉が聞こえた。角田先輩をこれ以上、ゴール前に入れさせないために、波多野は内側から角田先輩を外側へと追い詰めていく。
それに抵抗することができず、角田先輩は内側ではなく、前に波多野を振り切った後、ゴール前を見た。
俺はその間、『視界から消える動き』をしようと、間中の横に動いた。しかし、間中はそれを許さないように俺に手を当てて、俺が近くにいることを確認した。その手の感触がなくなれば、ボールを持っている角田先輩から視線を切り、俺だけに視線を向けてくるはずだ。
まるで首輪を付けられた犬のような状態だ。
逃げられない。
「良いところにいるじゃねーか」
角田先輩は左足でゴール前にボールを蹴り込んだ。俺は角田先輩と目を合わせてはいない。つまり、このパスは俺に合わせるパスではない。
だが、首輪を付けられた犬でも、抵抗をすれば飼い主をその場に留めることができる。俺は間中をボールに関わらせないために、あえて跳んでくるボールとは無関係な方向へと動いた。
しかし、ボールはゴール前を通り越えて、コートの右側で地面と激突し、弾んだ。それを覆い被さるように朽木先輩はボールを止めた。チームDの誰も朽木先輩を警戒していなかったため、完全に自由だ。朽木先輩はゴールの右側を目掛け、右足を振り抜いた。
「残念」
そこで間中が呟いた。
神田先輩を警戒していたはずの権田が、朽木先輩のシュートを妨害するためにゴールの右隅に飛び込んできたのだ。間違えて手で触れてしまわないように、後ろに手を組みながら、朽木先輩のシュートを身体全体で防いだ。
地面に投げ出された権田の体とボールが弾む音が聞こえた直後に、渡辺がそのボールの元へと駆けつけていた。
「行くぜぇ、俺のゴールデンタイム」
渡辺は混乱したコート内をドリブルで切り裂いていく。誰も追いつくことはできずに、そのままゴールを決められてしまった。
現在のスコアは一対一。同点になってしまった。
このままではいけない。負けてしまう、と思い、頭の中で何か打開策を模索していると、朽木先輩が俺の元へと駆けつけてきた。
「サッカーの試合中では先輩後輩なんか関係ないからな」
と、ぼそりと呟いて俺の元から自分のポジションへと戻って行った。
サッカーの試合中では先輩後輩なんか関係ない。たった今、朽木先輩に言われたことを自分の中へと取り込むために頭の中で復唱していた。
そして、俺の右側に位置する神田先輩の方を目だけを動かして見た。
そうだ。まだ使っていない手札があった。俺が練習試合の録画をずっと見てきて、ある一つの違和感に気が付いていた。