【第一章】 第二十九話
次の日の朝。サッカー部の朝練習のために学校へと駆けていると、校門の前で待っていた朽木先輩が俺の姿を見たと同時にすくりと立ち上がった。
何故、こんなところにいるのかと内心驚いたが、先輩であるため軽く頭を下げた。
「朽木先輩、おはようございます!」
「ああ、おはよう。じゃあ、早速行くぞ」
朽木先輩は校庭の方向ではなく、校舎の方向へと体を向けた。
「え、どこへ行くんですか?」
「パソコンルームだ。お前、いつも使っているんだろ」
朽木先輩の背中を追うように歩いて行った。パソコンルームは本校舎の中の二階にあり、朽木先輩はパソコンルームのドアをゆっくりと開けた。
そこには四人のサッカー部の先輩たちが、キャスター付きの椅子に座りながら円を作って話していた。
「お、ようやく来たか」
最初に反応をしたのは、パソコンルームのドアの方向へ体が向いていた角田明人先輩だった。彼は角刈りの髪型をしており、俺を見た瞬間に普段の練習ではかけていない四角い眼鏡をクイッと上げた。
それと同時に横を向いていた二人の先輩が、俺の方に視線を移した。
「おはよう、二人とも」
「おはようございます!」
手を挙げて、俺に挨拶をしたのは松本雅弘先輩だった。彼はぎょろりと大きな目に、丸坊主という髪型をしている。凌太も坊主頭であるが、凌太とは違う雰囲気があり、威圧感があるような見た目をしている。しかし、威圧感があるのは見た目だけであり、今も最初に挨拶をしてくれるなど後輩に優しく、一年生からも尊敬の対象となっている。
俺の方を見たもうひとりの飯塚悟先輩がパンッと手を叩いた。
「じゃあ、早速始めますか」
彼は癖がある髪を少し右に流している髪型で、サッカー部の中でもかなり日焼けをしているのが特徴だ。サッカー部の副主将であるため、富澤武主将がいない時、まとめ役をすることが多く、少し怖い印象がある。
そして、ここでようやく俺に背を向けていた先輩が振り向いた。髪をオールバックにして、鋭い目つきを俺に向けた。彼は神田直哉先輩。三年生がいた頃、二年生の中で驚異的なトラップ能力とドリブル能力を駆使し、主力として大活躍をしていた。
「やるか」
神田先輩はとても低い声でぼそりと呟いた。
それを見た飯塚先輩は立ち上がると、パソコンルームにあるキャスター付きのホワイドボードの元まで歩いて行くと、ホワイトボード用のマーカーを手に取った。
「まずはフォーメーションを決めようか」
俺と朽木先輩が椅子に座ると同時に、飯塚先輩が言った。そして、彼は簡単にホワイトボード上に四角を描き、その四角の中にいつかの丸を描いた。
「俺は後ろから3―1―1のフォーメーションが良いと思う」というと、一番右下の丸をマーカーで指し、「後ろの三人は右から神田、朽木、角田。真ん中の一人は俺か若林。そして、一番前に松本。これでどうだろうか?」と全員の表情を見渡しながら尋ねてきた。
朽木先輩と角田先輩は頷いて、肯定している様子だった。俺も真似るように頷いた。しかし、松本先輩は腕を組みながら、うーんと唸った。
「飯塚はそれでいいんか?お前の本職のポジションは右サイドだろう?それを神田一人に譲ってしまって」
「構わない、とは言い切れない。俺もアピールをしたいからな。だが、神田が右サイドハーフをした方が勝率はあがる」
「流石は副主将様。お前のそういうところ嫌いじゃないぜ」
「どういたしまして」と少し照れくさそうに言うと、次に飯塚先輩は神田先輩に視線を向け、「お前はどうだ?異論はないか?」と尋ねた。
「ああ。フォーメーションとポジションには異論はない。問題はお前とそこの一年生がどのくらい時間、ミニゲームに出場するかだ」
神田先輩の鋭い目を俺に急に向けられ、俺は息を飲んだ。彼が言いたいことは何となくわかる。しかし、その前に飯塚先輩が答えた。
「今回のミニゲームは総当たり戦だから、全部で五回試合がある。もちろん一年生とか二年生とか関係なく、アピールの場を与えられるべきだから、それぞれ二回ずつ出場するべきだ」
「残り一つのミニゲームは?」
「それも半々だ。一つのミニゲームの時間は二十分間だろうから、十分ずつだ」
「へぇ」
神田先輩は少し不満そうに視線を逸らした。
彼が言いたいことはこうだ。俺は足手まといだからなるべく出場するな、だ。それを言葉にしなくても、ここにいる二年生は全員、神田先輩が言いたいことを理解している様子だった。
それを理解しているからこそ、彼の不満そうな様子を見て、この場が凍り付いていた。しかし、凍り付いた空気を朽木先輩が砕いた。
「神田。お前、こいつのこと甘く見ているだろ」
「あ?」
「お前はきっと今日の放課後、驚くぜ。それにあえてお前だけにこいつのことを説明してなかったからな」
朽木先輩は俺の方を指さすと、他の二年生たちは静かに頷いていた。再び神田先輩の鋭い視線が向けられた。
「へぇ、それは楽しみだ。期待しているぜ、一年坊」
神田先輩はそれだけ言うと、パソコンルームを後にした。そして、それと同時に学校中に登校時間の五分前呼び鈴が鳴った。