【第一章】 第十七話
一軍と二軍が発表された日の放課後、俺は中学校の外周を走っていた。
肺が爆発するくらいに熱を帯び、汗が宙を舞う。俺は先頭を走っており、後ろからは多くの足音が聞こえてくる。だが、その緊迫感が心地良い。
外周を十周、走り終えた。記録は四十分十五秒。記録としては良い方だ。
息が整うまで腰に手を当てながら、周辺を歩いた。俺の後に続いて、他の二軍の一年生たちが外周を終えてくる。
そして、俺の三人くらい後に外周を終えた凌太が膝に手を付いて、息を整えていた。
「凌太、歩けよ。足に乳酸溜まるぞ」
「うん。でも、ちょっと全力で走りすぎて、脇腹が」
「わかった。けど、多少息整えたら、歩けよ」
俺はそう言うと、自分の足に乳酸を溜めないために、また足を動かし始めた。俺が凌太に背を向けた時に、凌太が大きく息を吸った。
「うん。けど、すごいね。透真。二軍の中で外周一番だなんて」
俺は足を止め、凌太の方を向いた。
「まぁな」
「絶対すぐに一軍いけるよ!!」
俺がこの凌太の言葉を聞いた時、汗が止まらなかった。これは走り終えた後の身体の熱を放出するための汗ではないことを俺自身が一番理解していた。
全身を“何か”が覆っているような気がした。
「透真?」
「え……。あ、ああ。どうした?」
「いや、ぼーっとしてたから大丈夫かなって」
「ああ、大丈夫」
その何かが身体の内部まで浸食してきた時にはどうなってしまうのだろうか。
俺はその時、まだ知らなかった。
そして、俺たち二軍は校庭の方へと向かった。俺らが走り終えた後、校庭の端の方でボールを触ることが許される。基礎技術の向上をするために、一人対一人のパス練習や三人対一人の鳥かごというパス練習をする。
実践的な練習は僅か二十分だけの一軍との紅白戦だけだ。
「おお、ようやくお前と戦えそうだな、若林」
と、両腕を組んで、鼻息を荒くした渡辺に声をかけられた。
俺はじっと渡辺の目を見て、だんまりを決め込んだ。会話をすると、更に疲れる気がするからだ。ただでさえ外周を走り終えた後だというのに。
「おい!!聞いているだろ!!若林!!」
俺の口はまだ結んだままだ。絶対に口を開いてやるものかと覚悟を決めている。
だが、渡辺の後ろにぬるっと身長が高い人物が歩み寄って来ていた。その人物と目が合った瞬間に俺の口が開いてしまっていたが、声は出なかった。
「渡辺、お前何故集合しない?」
とても低い声だった。すらりと高い身長はその低い声の不気味さを際立たせた。そして、先輩たちは全員、横にも体格が良いが、この先輩は体の線が細いため異色の雰囲気があったからとても印象に残っている。
「げ、朽木くん」
渡辺は肩を狭め、ぎょっとした顔をした。渡辺とそんな長い期間関わってきたわけではないが、それでも渡辺の顔がこんなにも怯えている様子を始めて見た。
朽木和男。学年は二年生でポジションはセンターバック。俺たちとの紅白戦では出ていなかったため、プレイスタイルはわからないが、おそらく長身を活かしたものなのだろうと俺は推測した。
「監督がお前を紅白戦で一軍として紅白戦に出すか検討していた」
「ええ!!俺、紅白戦に出られないんですか!!」
「お前が自由過ぎるからだ。自由は大切だが、時と場合を考えろ」
「はーい」
気の抜けた返事をした渡辺は朽木に襟を掴まれ、一軍が集まっているところへと連れて行かれていった。そして、それを目線で追っていく間に、間中が視線に入った。
間中はサッカースパイクを履き、ストレッチをし、紅白戦の準備をしていた。唇を噛んで、間中を見つめた。
絶対勝つ。
と、心に決めた。
だが、結果は完敗だった。一軍と二軍の差は歴然で、スコアは五対〇。昨日の紅白戦よりも大差を付けられ、こちらからは一点も決められなかった。
そして、更に悔しかったのは間中の存在だ。一軍の一員として遜色ないプレーをしていた。攻撃も守備も連携も、その全てが一軍の中で通用していた。強いてあげるならば、体格が周りと比べて小さいという弱点はあったが、それは後々伸びていくだろう。
たった二十分の紅白戦だったというのに、俺は酷い息切れを起こしてしまっていた。だが、誰にも気が付かれないように静かに校庭の端まで行き、そこで息を整えた。
俺を覆う“何か”が少しずつ見えてきた気がした。しかし、まだその“何か”を言語化できない。