真実のキス、再び。
王室へ入ると、王、王妃、王太子も厳しい顔をしていた。
デルフィーヌが少し離れて立っており、オーロラは違和感を持つ。
それは彼女だけではなく、ダラスも同様だった。
「急な呼び出しは何でしょうか?デルフィーヌがいるのはなぜでしょうか?」
デルフィーヌと名前を呼ぶダラスに、オーロラは少しだけ胸の痛みを覚える。
(従姉妹だから当然よ。名前で呼ぶなんて。しかも王族なのだから)
「ダラス。デルフィーヌから話を聞いたのだ。なんでも、オーロラがお前のキスによって目覚めた後、「ケツアゴ」をお前を罵ったとか」
(どうして陛下が知っているの?)
以前はダラスが話したと思っていたが、その後、彼が誰にも話していないことを聞いている。しかも、今、王はダラスに確認を取ろうとしている。
「罵る?そんなことはありません。オーロラは決して」
ダラスは王をまっすぐ見返してそう答えた。
「だけど、君を見て「ケツアゴ」って言ったのは本当なんだね」
王の隣に控えていた王太子ベンジャミンは淡々と尋ねる。
ダラスは答えなかった。
(嘘をいうのはダメよ。私が言ったのは事実なんだから。もし罰せられるなら私だけで。国の争いには発展しないようにお願いしよう)
オーロラはそう決心し、口を開いた。
「発言してもよろしいでしょうか?」
「オーロラか。よい」
「オーロラ!」
「いいのです。ダラス殿下。嘘をつくのはよくありませんから」
ダラスを諌めて、オーロラは伏せていた顔を上げる。
「私は確かに、殿下に向かって「ケツアゴ」と叫んでしまいました。それは過去に殿下のような割れ顎の方が乱暴するのを見たことがあって、恐怖心を持っていたからです」
「なんと無礼な」
「ダラスとそのような者を一緒にするなんて」
王と王妃が不快を露わに言葉にする。
王太子は黙ったままだ。
「そのことがダラス殿下を傷つけてしまい、本当に申し訳ありませんでした。けれども私は今、ダラス殿下に対して以前と同じ、いえ、以前よりもずっと深い愛情を持っています」
「オーロラ」
ダラスはオーロラの発言に喜びを隠しきれず、抱きついた。
あまりにも力一杯で、妙な声をあげてしまったくらいだった。
「ごめん。オーロラ。父上、母上。そして兄上。流石にあの時、私は深く傷つき、消えてしまいたいと思ったくらいです。けれども、オーロラと再び話して、自分の気持ちを再確認しました。私はオーロラを愛してます。あの発言など、今は気にしていません」
「殿下。私を許してください。あんなことを言ってしまった私を」
「傷ついたけど、オーロラは今の僕のことも好きって言ってくれたし、忘れるよ」
ダラスは再びぎゅっとオーロラを抱きしめた。
今度は意識を飛ばしかけて、ダラスは慌てて力を緩める。
「ダラス殿下は騙されています。オーロラ殿下は本当にダラス殿下を愛しているのでしょうか?あんな発言をしたオーロラ殿下を、ダラス殿下は本当に許せますか?」
それまで黙っていたデルフィーヌがここだとばかり口を開いた。
「陛下。ひどい言葉を忘れることは難しいです。オーロラ殿下はダラス殿下を傷つけました。また傷付けるかもしれません。オーロラ殿下は美少年が好きですから」
(え?美少年。たしかに、好きですけど。今、それを言うのは)
「私は、殿下のような立派な体躯の方が大好きです。愛してます。オーロラ様。あなたの愛が本当であれば、証明していただけますか?」
「しょ、証明?」
「証明も何も、私の真実のキスでオーロラは目覚めた。それが証明じゃないか」
「そのキスは、オーロラ殿下が今の殿下を知らない時のもの。無効です。やり直しを求めます」
「やり直し?え?」
「私は魔女から、真実の愛の実を貰いました。これを食べたものは眠りにつき、真実のキスのみがその眠りを打ち破ることができるそうです。この実をダラス殿下に食べていただき、私かオーロラ殿下、どちらが真実の愛を持っているか、試しましょう」
「そんな馬鹿なことはできません」
(魔女?バーバラ?なんてものを渡すのよ!)
オーロラは林檎によく似た果実を掲げるデルフィーヌに抗議する。
「目覚めなかったらどうするのです。もしくは本当に毒の実である可能性もあります」
「そうだ。デルフィーヌ。馬鹿な発言をするのではない」
「そうですよ。デルフィーヌ。オーロラが本当にダラスを愛しているか、どうか、別の方法で確かめるべきよ」
王も王妃もデルフィーヌに対して反対の意見で諌める。
「私は、その実を試してみたい」
「ダラス殿下!」
「ダラス!」
(なんてことを言うの?殿下は。その実は多分バーバラが渡したと思うから命の危険性はないと思うけど、ダメよ)
「父上、母上。ダラスの思い通りやらせたいいじゃないか?二人ともオーロラのことを疑っているだろう?私もだ。ケツアゴなんて、よく言ったな」
王太子ベンジャミンは王宮に来てからずっとこの調子で、オーロラのことをよく思っていないようだった。皆の態度が変化しても王太子の態度は軟化しなかった。
「それでは、ダラス殿下。こちらを」
デルフィーヌは意気揚々とその実をダラスに手渡す。
王太子の言葉で、王も王妃も邪魔するのはやめたようだ。けれども心配そうにダラスを見ている。
「オーロラ。僕は君を信じている。だから君も僕を信じて」
「公平さを保つため、私がダラス殿下にキスを最初にします」
「……いいだろう」
(ダラス殿下……)
真実の愛とは、双方の変わらぬ愛。デルフィーヌが例えどんなにダラスが好きでも、彼がデルフィーヌを好きでなけれが真実のキスにはならない。
そのことをバーバラから聞かされたことがあるが、オーロラは不安だった。
けれども、これは彼女のダラスへの愛を試す試練であり、彼女の挽回のチャンスだった。
その実を齧ろうとしたダラスに王太子ベンジャミンが声をかける。
「ダラス。立ったまま眠ったんじゃ、倒れるだろう?ベッドを用意、いや、君の部屋で検証しようか」
王太子の提案で、場所はダラスの部屋に移された。
皆が見守るなか、ダラスはベッドの上で果実を齧る。ごくんと飲み込むと、彼はすぐに眠りについた。そして残りの果実は消えてしまった。
「やはり普通の果実じゃなかったか」
そう呟いたのは王太子。
「それでは、すぐに確認作業に入ろう。もし、目覚めないことがあれば、デルフィーヌは刑罰に、オーロラ殿下には帰国してもらう」
「はい」
「畏まりました」
王の言葉に、デルフィーヌ、オーロラが返事をする。
オーロラに刑罰がくだらないのは彼女が隣国の王女であるから。しかし帰国後、戦争が始まるかも知れなかった。
ベッドの上のダラスは気持ちよさそうに眠っている。
(ダラス殿下。待っていてください。あなたが私を目覚めさせてくれた様に、私もあなたを起こして差し上げます)
デルフィーヌがベッドに近づき、その他のものは後ろへ下がる。
(ダラス殿下に私以外の誰かがキスするのは嫌。だけど、これも私があんなことを言ったから)
目を背けたかったが、オーロラはデルフィーヌがダラスに口づけするのを見ていた。
軽く唇が触れたが、何も変化はない。
今度は思いっきり唇を重ねて、オーロラは思わず駆け寄った。
しかし、彼女より先に動いたのは王太子だった。
「諦めなさい」
彼はぐいっと彼女の肩を掴み、ダラスから引き離した。
「嫌よ。どうして目覚めないの。私の愛は本物よ!」
「本物かもしれませんね。だけど、真実の愛とは双方が思いやることなのです。一方だけの愛では不完全です」
「嘘よ。嘘!もう一回、もう一回!」
「デルフィーヌ。見苦しいわ。出て行ってちょうだい」
姪である彼女に王妃が命じる。しかし、彼女は騒ぎだて、ベンジャミンが彼女を無理やり連れ出した。
「私が戻ってくるまで、待っていてくれ」
王太子に言われ、オーロラは頷く。
今すぐにでも試したいが、王太子は疑っている。
彼の前で彼女の愛を証明しなくてならない。
「オーロラ。私はあなたを信じるわ。お願い」
「オーロラ。あの発言に関しては忘れよう。ダラスが目覚めるなら」
王太子が戻ってきて、オーロラはベッドに近づく。
そして彼の唇を己のハンカチで拭う。
「ダラス殿下」
四年前、彼女は妖精の様な儚く美しい彼が好きだった。今のダラスとは大きく違う彼。だけど、オーロラは今のダラスのことを好きだった。
ケツアゴと叫んでしまった、その顎を撫でる。
その輪郭も。
以前とは大きく異なってしまったが、愛する人には変わらなかった。
「ごめんなさい。あの時は。ダラス殿下。起きてください」
オーロラはダラスの唇に自分の唇を重ねる。
軽く触れただけで、それはよかった。
光がダラスの体から放たれ、部屋中が明るくなった。
眩しくて目を閉じてしまったオーロラはゆっくりと目を開ける。
「おはよう。オーロラ。やっぱり君は綺麗だ」
「ダラス殿下!」
オーロラはその日初めて自分からダラスに抱きついた。
自分からキスしたのも初めてで、オーロラ的にはファーストキスだった。
こうして真実の愛は証明され、あの発言に関してなかったことになった。
部屋に戻ってきたバーバラをオーロラは問い詰めたが、悪気なさそうに、ざまあしてやっただろうと答えた。
どういうことか、と彼女を問い詰め、オーロラはやっと事の真相を知った。
逞しい男性好きのデルフィーヌはダラスの婚約者になりたくて、邪魔だったオーロラを王宮から追い出したかった。だから、あの噂を流し、宮の冷たい雰囲気を作り出した。
噂はほぼ事実には違いなかったので、ざまあだと言われてもオーロラは微妙な気持ちだった。
以前より仲を深めたオーロラとダラス。
触れ合うことも多くなり、ダラスはすぐにでも結婚したかったが、兄に先置いて結婚することはできない。なのでしばらくお預けで、オーロラは予定通り一ヶ月でフォレスタンに戻った。
オーロラから話を聞いたフォレスタン王族は胸を撫で下ろし、バーバラは新しい商売を始めたという。
真実の愛の実が売られ始めるのは、それから間も無くしてのこと。
オーロラは、嫁ぎ先で真実の愛の実の話を聞き、ダラスと顔を合わせて苦笑するしかなかった。
(終)