オーロラ、ダラスの努力を知り、仲直り。
ベンジャミンがオーロラを呼び止めたことを王たちは知っていたが、それを止めることなく、また夕食で会おうとお付きのものたちと廊下の先に消えていった。
食事の間を出たオーロラに侍女としてバーバラが同行する。
王太子ベンジャミンはそれに構わず、ついてきてと廊下を進み始めた。
ダラスと違って、王太子として普通に過ごしている彼の腕前は少し護衛できるのみ。なので、護衛騎士は欠かせない。王太子、護衛騎士の後ろについて、オーロラとバーバラは廊下を歩く。
王宮を抜け、少し歩いたところは騎士団の建物だった。
訓練所を併設した建物の前には、門番がいる。ベンジャインの姿を見れば首を垂れて、門を開ける。門番は少し驚いたようにオーロラを見た後、すぐに冷たい視線になった。
(門番にも知られているのね。こうなれば騎士団全体も……。そうよね。今はダラス殿下は騎士団所属だもの)
「これはベンジャミン殿下。どうされましたか?」
「ダラスの婚約者であるオーロラに、色々見てもらうと思ってね」
「そうですか。それではこちらに」
王太子の問いに出迎えた立派な騎士、壮年の騎士は騎士団長だ。彼は門番と異なり冷たい視線をオーロラに浴びせることもなかったが、優しい表情を浮かべることもなかった。
彼の案内で、一向は訓練所に案内された。いくつかある訓練所の中、室内のそこは床や壁が傷だらけ。かなり使い込まれた部屋だった。
「こちらでダラス殿下は日々訓練されてました。最初の頃は気を失うことも多くて、何度も諦めるように私は進言しました。けれども殿下は訓練を続け、倒れることもなくなりました。白くて繊細な肌に傷ができるようになり、騎士団としては本当に殿下に諦めていただきたかった。しかし殿下は毎日訓練を続け、騎士団長である私に教えを請いました」
騎士団長は、訓練所を懐かしそうに見た後、オーロラを射抜くような視線を浴びせた。
現役の騎士、それも団長。
鋭い眼光に逃げ出しそうになるのをオーロラは耐えた。
「あなた様のために、殿下はとうとう竜を討伐できるまで、強くなりました。私を含め、騎士全員、ダラス殿下を尊敬しております。それが……」
「オーロラ殿下。君はいったいダラスに何をしたんだ?あなたのために死ぬ物狂いで頑張ってきたダラスは意気揚々とあなたの呪いを解くためにフォレスタンに向かった。直ぐに戻ってきて驚いたよ。失敗したのかと思ったが、そうではないという。それであればなぜ直ぐ戻ってきたのか。問いかけても、ダラスは答えることはなかった。でも彼はその日から表情は死んだように空で、何かを忘れるように魔物狩りに精を出すようになってしまった。彼はほとんど城に戻らなくなってしまった。戻ってきたも、一晩寝たら直ぐに出ていく。オーロラ殿下。あなたはダラスが変わってしまった理由を知っているか?」
騎士団長の言葉を遮り、ベンジャミンが話す。
それはオーロラの胸を抉るもので、罪悪感のため顔を上げられなかった。
(ダラス殿下はあの発言を誰にも話してないのだわ。でもあまりの代わりように、何かがあったとわかって、私に冷たいのね。あの発言を話したら軽蔑される。今はまだ冷たいだけだけど。国同士に問題につながってしまうかもしれない)
オーロラ本人は、斬罪されても構わなかった。それほど『ケツアゴ』と叫んで、ダラスを傷つけたことを後悔していた。けれども自身の発言のため両国の関係に傷を入れ、戦争を招くのは避けたかった。
「私よりも、ダラス殿下にお聞きください。私からは言いかねます」
オーロラの返事は、ベンジャミンを騎士団長を怒らせるには十分だった。
けれども王太子に騎士団長。
オーロラに対して、何か行動を取ることはなかった。
「わかったよ。オーロラ殿下。それがあなたの答えなんだね」
ベンジャミンはそれだけ答え、その後発言することはなかった。
オーロラを部屋まで送ったのは騎士団長であったが、お送りしますと言ったきり、歩き始め、それからついてきているのか確認するために後ろを振り向くことはあっても、何か言うことはなかった。
「私はなんてことをしたのかしら」
部屋に戻りお茶を入れてくれた侍女に礼をいった後、バーバラと二人っきりにしてもらった。
「そうだね」
バーバラは気負うこともなくそう返し、バリバリとクッキーを噛み砕く。
「私のせいだわ」
「そうだね」
「逃げてしまいたい。消えてしまいたい」
「気持ちはわかるが、それは私が許さない。オーロラ、ダラスに会いに行きな。私が連れていってやる」
忘れていたがバーバラは魔女だ。
誰にもわからないように彼女を馬小屋まで連れていくと、一頭の馬に魔法をかける。
「いいかい。オーロラを無事にダラスのところまで連れていくんだ。わかったね」
馬に言い聞かせると、オーロラを馬に乗せる。
王女の嗜みと、オーロラは乗馬の訓練を受けていた。けれども行き先もわからず乗せられ、戸惑うしかない。
「大丈夫。こいつがお前をダラスのところまで連れていってくれる。しっかり腰掛け、手綱を離すんじゃないよ」
オーロラは頷くと馬にしっかり跨い、綱を握る。
それをバーバラは確認し、馬を軽く叩いた。
「いくよ。一、二、三!」
オーロラを素直に乗せたまま、馬は走る。
そうして森を抜け、開けた場所に出た。
そこに、ダラスはいた。
彼はオーロラの姿を認識した後、逃げようとした。が、足を止める。
(私のことを心配してくれたのね。やっぱり優しい。ここは魔物が出る森の中だもの。こうして単独で来るなんて、正気じゃないわ)
「ありがとうございます」
馬から降り、オーロラはダラスの近づく。
「オーロラ……」
突然森から現れたオーロラの存在に驚き、ダラスは目を瞬かせる。
その表情は、彼女が知っている彼そのものだった。
「ダラス殿下。聞いていただけますか?」
全部を話してしまおうと、オーロラは腹を括る。
「君は僕が嫌いじゃないのか?」
「いいえ。あの時は驚いてしまいましたが、それも理由があるのです」
「嫌いじゃない?だったら好き?」
「今のダラス殿下のことはよく知りません。私が知っている殿下は十三歳までの殿下。この四年のこと、騎士団長とベンジャミン殿下から聞きました。私が知らなかった殿下の姿。今は申し訳ない気持ちでいっぱいで好きというのはちょっとわかりません」
「申し訳ない?どういう意味?」
ダラスの姿、声はオーロラの知っているものとは大きく違う。けれどもその口調は同じで、温かい気持ちになった。そして、すべてを話そうと改めて決心して、オーロラは口を開いた。
「そんなことが、だから」
全てを聞き終わり、沈黙が落ちる。
ダラスが怒り出すこともオーロラは想定していた。
(呪いのことを隠すわけにはいかないわ。私がどれだけ愚かだったか)
「そうか、オーロラはそんなに僕のことが好きだったのか。年の差なんて気にしなくてもよかったのに」
ダラスの最初の言葉はそれだった。
「でも、今の僕は苦手なんだね。オーロラは。それがとても悲しい」
「苦手っていうか、あの、その」
「理由がわかればいいよ。君のために僕は死ぬほど努力した。それでこの体を手に入れた。それは後悔していない。オーロラ。僕は姿を変えることはできない。だけど君を諦めたくない。だって、君は僕を嫌ってないんだもの」
ダラスの目は輝き、それは彼を幼く見せる。
顎は割れていても、よく見れば顔全体は昔のままだ。
「オーロラ。僕は君のことを愛している。僕はまた頑張るよ。君に再び好きになってもらうために」
「……はい」
(これでよかったのね。仲直りできたのかな?でももう苦手意識なんてない。ちょっと顎は気になるけど、ダラス殿下は前のままだわ)
「帰ろうか」
「はい」
乗ってきた馬はオーロラに従い、また乗せてくれた。
二人は馬を並列させ、ゆっくり森の中を歩く。途中、魔物が襲ってきてもダラスが片手で倒してしまう。妖精のような美少年と、今の雄々しい彼の差に、オーロラは驚くことはあっても、落胆することはなかった。
それよりも彼の戦う姿を見ると胸がドキドキして困ったくらいだった。