オーロラ、嫌われる
ケリスタンへ到着すると、使用人たちに出迎えられた。
けれども、ダラスの姿はそこになかった。
これまで三度訪問し滞在しているケリスタンの王宮。
ダラスはいつも出迎えてくれて、輝く笑顔を見せてくれた。
使用人たちもダラスが喜んでいる姿に釣られて、にこやかに出迎えてくれた。
けれども今回は……。
使用人たちが無礼を働くことはない。けれどもそこに歓迎ムードが全くなかった。
(あの発言がきっと城中に広がっているのね。仕方ないわ。自分が蒔いた種だもの。助けてくれた恩人にあんな言葉を投げつけることはなかったのに。私は……)
思い出すのは街で見かけた乱暴な男、顔立ちも何もかも曖昧なのに、あの顎が割れていたのはずっと頭に残っている。
(ダラス殿下はあの男とは違うのに)
暴行されようとしていた女性は必死で、それをにやけた笑いを浮かべて見ていた男。
(だめだめ。思い出したら)
オーロラは部屋に案内されながら、過去の記憶を頭の中から追い出そうと試みた。
毎回ケリスタンに滞在する際は、相手を信頼しているという意味で、同伴させる侍女は少ない。それなので、ケリスタン王宮の侍女を付けられることになっていた。
ダラスがフォレスト城に一年に二度、オーロラがケリスタン王宮に一年に一度。
これまで三度。一年に一度であるが、付けられる侍女は同じ者たちだった。けれども今回は見たことがない侍女ばかり。気になって尋ねてみると、結婚して退職したと答えられた。それでオーロラは四年の月日の経過を再び感じ、気持ちが落ち込む。四年の間で、自身の姿は願ったこともあり変化はない。けれども周りの変化は大きい。当時同じ年だった侍女も四年も経てば結婚適齢期を過ぎてしまう年になる。その前に結婚したことは自然のことだった。
今回は連れてきた侍女がバーバラだけであり、いつもより多くの侍女を借りることになったが、どの顔も知らない。
部屋に案内され、彼女の荷物も運ばれる。紐を解くのはこちらの侍女、侍女に扮したバーバラが他の侍女に指示をしながら、箱から次々と物をとりだしていく。
それを見ながら、これからどう過ごそうかオーロラは考える。
(まずはダラス殿下にあってお礼と謝罪を)
滞在予定は一ヶ月。
その間にオーロラはダラスに謝罪して、元通りの仲に戻る必要がある。
(使用人たちにも以前みたいに歓迎される立場に戻りたい。だけど、きっとあの発言を許せないのよね。仕える主であるダラス殿下を侮辱したようなものだもの)
使用人に嫌われたままでも、オーロラはダラスに許しを請い、結婚に漕ぎ着ける必要があった。それが今回の使命。
(ダラス殿下と結婚……)
夢にまで見ていたこと。
五歳の歳の差が嫌で魔法で眠ることを望んだ。そして同じ歳になり、結婚することを夢見ていた。一年早く目覚めてしまったが、今の年の差は一歳のみ。
しかも外見でいうと、すっかりたくましくなったダラスは十七歳には見えない。オーロラのほうがどうみても年下に見える。
彼女が望んだ結果だ。
望んだ以上だろう。
(我儘なことをしてしまった。五歳の歳の差がなんだったのかしら。ゆっくりとダラス殿下の成長を待てばよかった。私が年をとっていっても、きっとダラス殿下は私を慕っていたくれたはず)
「オーロラ殿下。本日の夕食はお疲れだと思いまして、自室でとっていただきます」
片付けを終わらせて、お茶を運んできた侍女が淡々と言った。
その表情は冷たく、オーロラの心がきりきりと痛んだ。
(きっと私の体調を考えてくださったのね)
前向きに捉えることにして、オーロラは了承したと返事した。
「いやいや、思ったよりも悪い状況だね」
バーバラは侍女設定なので、共に食事をすることはない。だが、他の侍女に外してもらって、オーロラとバーバラは一緒に食事を摂っていた。
「……あの発言が知れ渡っているのしょうね」
「そうかね。私にはわからないけど。まあ、とりあえずダラスと話すことだね。明日の朝食の際に会うだろうよ」
馬車の旅で実際に疲れたこともあって、部屋での食事をありがたく思いながら済ませる。湯浴みを終わらせると眠くなり、オーロラはベッドで直ぐに横になった。
翌朝、ダラスと話せると信じて。
翌朝、まずは王に謁見することになった。その後に朝食は王たちと一緒に摂る予定だ。
王室に案内され、中に入ると奥には二つの豪華な椅子。
王と王妃が優雅に座っており、笑顔を浮かべている。いつもであれば、椅子の両隣に第二王子のダラス、第一王子であり王太子であるベンジャミンが控えているのだが、今日は王太子の姿しかなかった。
(ダラス殿下がいない)
挨拶を済ませて後、王からダラス不在の説明があった。魔物討伐に駆り出されており、戻ってきていないということだった。
「いやはや、すまないね。オーロラ。今やダラスは騎士団には欠かせない存在になっていてね」
王太子はダラスの兄であるベンジャミンであり、第二王子ダラスは比較的自由な立場だ。騎士として活躍するのは当然で、オーロラは構わないでくださいと答える。
「オーロラ殿下とは会いたくないだろうしね」
「ベンジャミン」
ふと発言した王太子を諌めたのは王妃だ。
「これは失礼いたしました。オーロラ殿下」
そう言いながらベンジャミンは笑みを浮かべる。けれどもその目は笑っていない。
(怒っている。あの発言のせいね。ケリスタン王家の皆様もやはりご存じなんだわ。そうよね。使用人が知っていて知らないのはおかしいもの)
嫌な雰囲気のまま、朝食になった。
「オーロラ。体調は大丈夫かしら?」
「はい。ご心配ありがとうございます」
王が一番奥に座り、その右手に王妃、左手に王太子のベンジャミン。通常は彼の横にはダラスで、オーロラは王妃の横、ダラスの前に座る。
フォレスタン王国でもそうだが、こちらもで大きなテーブルで離れて座ることはない。
今日はダラスがいないので、オーロラの向かいは空席だ。
それが寂しく、オーロラの気持ちはさらに暗くなってしまった。
「オーロラ。体調はもう大丈夫なの?」
「はい。すっかり。ダラス殿下には呪いを解いていただき感謝しております」
先ほど謁見の際に礼を言い、お礼の品を渡したが、オーロラは再度感謝の言葉を王妃へ述べる。
ベンジャミンからは冷たい冷気が漂ってくる。
それに反して、王と王妃はいつも通りの優しい態度で、それに少し救われた。
朝食が終わってほっとして、部屋に戻ろうとしたオーロラを止めたのはベンジャミンだった。
「暇だよね。見てもらいたいものがあるんだ」