ダラス、傷心のまま国へ戻る
「はあ」
「また溜息ですか?いい加減ウンザリです。訳を教えて貰えますか?」
ケリスタン王国第二王子ダラスの従者スタンは、気が付けば溜息を漏らしている主に痺れを切らした。
「理由はいえない。もう溜息をつかないようにする」
ダラスはスタンに答えず、キュッと唇を噛んだ。
騎士の中の騎士という体つきで、勇ましい顔つきのダラスにはそのような表情は似合わなくなってしまった。けれども彼は困ったことや、悲しいことがあるとこのように唇を噛む。視線はスタンから逃げるように逸らされ、森の方へ向いている。
四年前、婚約者であるフォレスタン王国、王女オーロラが魔女の呪いを受け、眠りに落ちた。その呪いは城をも呑み込み、ファレスタン国王をはじめ王妃、王太子、大臣、その他城内に勤務する者は皆城を退去するしかなかったらしい。
当時ダラスは、十三歳。
妖精のような美少年で、癖のある金髪の髪は風がそよぐ度に舞って煌めき、青い瞳は宝石のように輝く。頬はほんのりと桃色に染まり、その微笑みを見ると周りの者が見惚れてしまうのはいつものことだった。
そのダラスはオーロラの話を聞くと、部屋を飛び出し、隣国へ向かおうと準備を始めた。それを止めたの国王たちだ。
屈強な騎士でも城に近づくことができないのに、か弱いダラスに何ができるのかと。
それでも行くと無茶なことを言うことはなかった。その代わりに彼は体を鍛え始めた。
騎士団に入団し、過酷な訓練に参加した。
スタンも従者として、ダラスの側で体を鍛えた。
フォレスタン王国では、オーロラを呪いから解くため、数々の騎士が呪いの森に挑んだ。城は茨で覆われ、森のようになっており、人々に呪いの森を呼ばれるようになっていた。
訓練をしながら、オーロラの話を聞く。森から戻った騎士たちの話を噂で聞き、ダラスはまだまだ鍛える必要があると、己を律した。
正式な騎士になり、魔物討伐に加わり、とうとう竜を単独で倒せるようになった。
それはオーロラが眠りについてから四年後で、ダラスはすぐにファレスタン王国へ旅立った。その頃、ケリスタン国内でダラスに敵うものはいなくなっており、護衛騎士などつくこともなくなっていた。従者スタンだけが、ダラスの旅に同行した。
馬を休ませながら走らせ、フォレスタンに到着したダラスにスタンがまず身支度を整えることを進言した。四年も眠り続けているオーロラ。一日、二日遅くなろうが何も変わらない。スタンはそう考えていたのだが、ダラスは今すぐにでも呪いの森に飛び込んでいく勢いだった。
「殿下。オーロラ王女と四年ぶりに再会するのですよ。そんな格好でいいのですか?」
スタンに指摘され、己の姿をあらためて確認して、ダラスは頷く。
用意周到なスタンは既にダラスのために新調した騎士の正装一式を携帯していた。宿でダラスを湯浴みさせているうちに、フォレスタン国王宛に手紙を書く。それを宿の者に託した。
竜を倒したダラスに死角はない。けれども油断は大敵であり、スタンはダラスを一晩休ませるつもりだった。翌朝、王に謁見した後、呪いの森《城》に向かわせる予定だ。
ダラスは渋々スタンに同意し、その晩は久々に宿で休んだ。
翌朝、手紙の返事がきており、王に謁見。
その際に王、王妃、王太子がおり、ダラスを見た彼らは驚愕していた。
スタンは王族なのに表情が豊かすぎると落胆したが、同時に彼らの思いも理解していた。
四年前のダラスは、妖精のような美少年。
だが、今のダラス。十七歳になったダラスはどこから見ても屈強な騎士であった。
スタンは愛する人のために血の滲むような努力し、何度も命を落としかけた主を誇りに思っていた。
呪いの森へ挑もうとするダラスに、フォレスタン王妃が待ったをかけた。
呪いを解くには、愛する者のキスが必要だと言われ、ダラスの頬が一気に真っ赤に染まった。
「ダラス殿下。あなたなら大丈夫でしょう。オーロラはきっとあなたを受けいれてくれます」
王妃に励まされ、ダラスとスタンは呪いの森へ向かう。
フォレスタン国王一行もそれに続き、呪いの森の前に天幕が張られた。
ダラスは一人で行くと伝え、スタンをその場に残す。
追っかけることはなかった。足手まといになる可能性が高かったからだ。
待つこと二時間、呪いの森が光り輝き、城を覆っていた茨が全て消えた。
スタンはすぐにでも城に飛び込んでいきたかったが、この城はフォレスタン国王のものである。国王は騎士に命じると、十数名の分隊を作り、城に入った。スタンもそれに続き、ダラスの待つ王女の部屋に向かった。
フォレスタン国王たちは真っ直ぐ王女の部屋に向かい、スタンも続く。
部屋の前で力なく座り込む主を見て、思わず駆け寄ってしまった。
「殿下!お怪我ですか?」
「いや、心配ない」
「ダラス殿下。呪いは解けたのでは?」
「解けております。オーロラ殿下は中にいらっしゃいます。侍女のバーバラさんが付き添ってらっしゃいます」
「バーバラ?!」
「母上。落ち着いてください」
なぜか動揺する王妃を諌めたのは息子の王太子。王はじっと王妃を見つめると、二人は頷き合い、部屋に入っていった。王太子はダラスのことを気にかけつつ、その後を追う。
「何かあったのですか?」
「なんでもない。呪いは解いた。国へ帰ろう」
「ダラス様?!」
王女が目覚めたならば、祝賀会などは開かれ、隣国の王族であり今回の功労者であるダラスはフォレスタンに滞在すべきだ。また愛するオーロラと語り合うこともあるはず。
スタンはそう考えたが、ダラスの顔色は真っ青で、これはまず城から離れたほうがよいと考えた。
「皆さん。殿下はやるべきことがあるので、国へ戻ります。また改めて使者を送るなりいたします。失礼いたします」
呪いを解く時に何かあった。
これほどダラスを憔悴させる何かが。
それを考えると怒りでブチ切れそうになったスタンだが、どうにか抑え、フォレスタンの騎士に伝えるとダラスに肩を貸し、城から脱出した。
そうして直ぐに自国ケリスタンへ旅立つ。
旅路で、理由も何も言わず、溜息を漏らす主に痺れを切らし、スタンは理由を問いただしたのだが、ダラスが口を割ることはなかった。