悪魔の囁きに違いない!①
「ああ、話は聞いてるよ」
穏やかに微笑み、彼は答えた。
「だけど茶道に関しては、全くのドシロウトなんだけど……」
「問題ございません! 茶道の基本は私達部員で練習いたしますし、外部の方に長年講師をお願いしてる方がいらっしゃるので、特別難しいことはございません。先生には、たまに様子を見ていただければ結構ですから」
「あ、大丈夫。なるべく関わるようにするから。アドバイスなんて無理だけど、雑用は任せて」
にっこり。
爽やかな笑顔で、千野先生は答えた。
「えっと、君が部長の遠藤くんだね。それから……」
不意に千野先生は視線を移した……私に向かって。
「うちのクラスの……中沢、だったよな。部長より君に頼むことが多いかも知れないから、色々教えてくれよ」
ハハハ……。
ちょっと照れた感じの、笑い声。
まだ、顔と名前がうろ覚えで申し訳ない、という感じで。
……いたたまれない。
遠藤先輩に肘でつつかれて、あわてて小さく、ハイ、と返事をする。
「あ、ついでに部室にも案内してもらえるかな。まだ校内よく分かってないし、場所も覚えておきたいから」
「あ、では、この子に案内させますわ。私、生徒会でまだ打ち合わせがありますので」
え?
「頼むよ。中沢」
えぇ!?
先生と……ふたりで?
黙りこくって、部室のある校内の外れに向かって歩く私と千野先生。
特に話しかけて来る様子がないことに、私は少し、ホッとしていた。
だって、何話したらいいの?
『私にキスしたこと忘れちゃったんですか?』
なんて、まさか聞けないし……。
と、うだうだ考えているうちに、部室である作法室に着いた。校舎から少し離れた同窓会館の二階。
事務所もあるけど週の半分くらいは無人で、通用口と作法室の入口だけ鍵を預かって使用している。
「どうぞ」
「へえ、きちんと茶室になってんだ。水屋もあるし」
え?
「あ、一応古文と日本史の教師だからね、その程度の知識はあるよ」
ふーん。
あくまで爽やかに言ってのける先生の姿に、私は、もしかしたら本当に勘違いなのかも、と思った。
遠藤先輩に余計なこと話す前でよかった。
「では、一通り、説明させてい……!」
突然、私の視界は真っ暗になった。
「ん……!」
強引に体を引き寄せられて、次の瞬間、口を塞がれていた。
それが千野先生の唇だと理解するのに、少し時間がかかった。
「んー! ……ん!」
間違えなく、あの時と同じ感触……もっと、長く、深い口づけ。
私は頭を振ったり、手足をバタバタさせて、何とか逃れようとした。
「ん……! ……いやっ!」
やっとのことで離れたと思ったら、そのまま畳の上に押し倒され……再び唇を奪われる。
もう、ダメ……。
その先に起こるだろう、行為を想像して、涙が止まらない。
こんな校内の外れの、人の出入りがほとんどない建物の中で、誰が助けに来てくれるっていうんだろう?