家族も教育も恋愛も話し合いは大事!②
「今回は、君には色々迷惑をかけてしまったね」
ふかふかの座面にびっくりしながらシートベルトをかける。振動もほとんどなくリムジンは走り出す。と、理事長が不意に私に声をかけてきた。
「いえ、私は何も……」
「いや、君が由利恵を説得してくれたのだろう? 利久の気持ちを考えて、と言われて、目が覚めたと言っていたよ、なあ」
「ええ」
理事長に問われて、小さくうなづくお師匠さま。
はにかむようなその微笑みのまま、愛おしげにリクに視線を移す。
それに気が付いて、リクがほんの少し頬を染めて、目を反らしながら「本当に、サホがいてくれたから、丸く収まったと思うよ」と答えた。
「何か礼をしたいとは思うが……」
「いえ、ホントに」
「いや、せめて私にできることがあれば」
リクとの交際も認めてもらえたし、お師匠さまもリクもきちんと親子として再会できたし、これ以上望むべくもない、それに。
正直、高級過ぎる車内にいたたまれない気持ちでいっぱいで、早く学校に送ってもらうのが一番の希望だったりする。
……そうだ、せっかくなら。
「あの、不躾なことをお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。私に答えられることならば」
突然の問い掛けに、わずかに戸惑いを見せながらも、理事長は請け負ってくれた。
「理事長は、桜高を……桜女を、どうなさりたいんですか?」
「どう、とは?」
「長年勤めてこられた先生方を強引に退職させたり、部活動を廃部するように指示されたり。確かに、経営的には改革は必要なのかも知れませんが、学校は、コストだけで運営していいものではないと思うのですが」
一生懸命、丁寧に、でも伝えたいことをストレートに言葉にしてみた。
今日接した感じでは、理事長、本当のことを言われても、むやみに怒る人ではないって思ったので。
「なかなか歯に衣着せぬお嬢さんだ。そう言うところは由利恵とは違うな。このくらいの度胸があれば、由利恵も……いや、済んだことはいい」
確かに、訊くに訊けないお師匠さまの性格もあると思うけど、それ以前に良かれと思って確認しないで暴走する理事長や苳子さんの性格もあると思うけどね。
まあ、済んだことは済んだこと。
それに、確かに私も言いたいことを言えない方だし。
今、こんな風に訊けるのは、放っておくと自分達の解釈で突き進んでしまう、リクの家族の特性が分かったから。
でもその根底に、ちゃんと相手への思いやりがあることも、分かったから。
あと、教育、ってものを理事長がきちんと考えているって、なんとなく思ったので。
うちだって商売している。コストパフォーマンスが重要なのは知っている。
でも、お父さんもお母さんも、儲けだけに走った商売は先がない、っていつも言っている。
真心と品質を切り捨てて、目の前の利益だけを追うような商売は、いつかお客様の心が離れていくって。
「コスト、なんて言葉が出てくる辺り、さすがは勤労婦人を奨励する桜女と言ったところか。単なるお嬢様学校ではないね。確かに、教育は、コストだけで考えてよいものではない。その通りだ。だが、無駄が多すぎて、学校そのものが立ち行かない事態は避けなければならない。何より優秀な生徒を育てることは、学校の、教育の重要な使命だ。無駄な授業を行う教師は不要だ。実りのない部活動もね」
「それは……でも、成績だけで判断されるのが、教育なんでしょうか?」
「その通り。学業だけでなく、人間性も含めて育むべきだと、私も思うよ。だから、有能な教師は……少なくともそうあろうと努力する教師は、認めよう」
「お辞めになった先生方が、努力されていない、と?」
「例えば、こいつの授業は、昨年と比べて何か変化はないかね?」
「変化……そうですね、何だか、私たちが話す時間が増えた気がします」
例えば現国で、予習として必ず語句調べをするのは、以前も課題として出されていたんだけど、リクは意味だけでなく、音読も課している。
そうして、語句調べの答え合わせをグループで行ったり、授業中には音読はせず、主に読解を、これもグループで行った後、全体の前で発表して、最後にリクがまとめてくれる。
読解が多少違っていても、「そういう考え方もある」と肯定して、最後に模範解答として教えてくれるから、みんな割と自由に意見を言える。
去年の受け持ちの先生の話し方が抑揚がなくて、説明もお経を聞いているようで……居眠りしている生徒も多かったけど、今年はそんな感じで、自分達でやらないといけないし、意見を言い合っていると楽しいので、寝ている暇なんてない。
たまに作品に関するこぼれ話もしてくれるし、古文もただ訳したり文法の説明をするだけじゃないので、聴いていてこれも楽しい。
「アクティブラーニング、という言葉を聞いたことはあるかな?」




