悲しい思い出にひたって何でもよしにしようなんて考えないで下さい!③
「……さっきのこと、やっぱり、知りたいのね?」
顔に出ていたらしく、お師匠さま、困ったように苦笑する。
「はい。理事長とお知り合いなんですよね?」
お師匠さまの名前を呼んでいたし。
「ええ。もう二度と会うことはないと思っていたのに。いえ、会わないようにしようと、決めていたの。でも、ダメね。故郷に戻ることになった時点で、会う確率は高くなったのに。心のどこかで、もしかしたら、どこかですれ違うだけでも出来るかもしれないと。自分から会いに行く勇気は出ないのに……他の誰かのせいにして、仕方なく、と言い訳して、会えたら、なんて」
「理事長のこと……お好きだったんですか?」
「……ええ。自分から身を引いたつもりだったのに。こんなに未練がましいなんて。もう二度と会わないって、決めたのに。あの子にも」
「あの子?」
子? 子供?
「……茶朋さん、あの子、あの方は、久弥さん……理事長さんの、お身内なのよね?」
「あの方、って……千野先生、ですか?」
「『せんの』……と名乗っているのね。でも、本当は、『ちの』なのよね?」
「……私からは、何とも」
そう答えを濁したけれど。
千野先生の名字が『せんの』ではなくて『ちの』って読むのは、……たぶんそう。
だって、桂山公園でデートした時、確かに『ちの』って言っていた。
あの場では、なんとなく聞きづらくて、そのままにしちゃったけど。
高村先輩が言っていたように、何かの理由であえて違う読みで名乗っているのかもしれないし。
少しずつ、色々なことを教えてくれているから、リクが自分から話してくれるのを待ちたかったし。
だから。
私の口から、あやふやなことは言えない。
でも。
お師匠さまの、言い方。
これって。
リクが、お師匠さまの、子供かもしれないってこと、だよね?
今のお母さんは、本当のお母さんじゃないって言っていた。
リクは、本当は伯父さんの子供なんだって。
和菓子が大好きな、伯父さん。
それって……理事長?
はにかむように笑った顔が、似ているって思った。
そして、その理事長と、報われぬ恋をしていたらしい、お師匠さま。
身を引いたって……我が子を手放して?
でも、顔を見ただけで、気が付いていたよね?
年齢を確認して、がっかりして。
でも、そっくりなお兄さんがいるって嘘を聞いて、すがるような目をして。
本当は、ずっと会いたかったんだよね?
「お願い、教えてほしいの。あの方が、あの子なのだとしても……私は決して名乗るつもりはないの。こんなこと急に聞かされたって、迷惑でしかないでしょうし」
「迷惑、ですか? 名乗るつもりもないのなら、これ以上関わらなければいいのでは?」
「それは……せめて、知りたいの。あの子が、どんな風に成長したのか。それだけ確かめられたら、もう、心残りはないのよ」
心残りって……。
こんなことになって、リクが何にも気付かないわけないのに。
「あの方は、センノ、リクさん、なのよね?」
「これ以上のことは、私からは言えません。なので、本人に話してもらえませんか? もしその通りなのだとしたら、きっと、あの人も、本当のことを知りたいと思います」
とても悲しい悲恋の思い出だけど。
聞いていて、私は腹が立って仕方がなかった。
うなだれるお師匠さまを、私は怒りに満ちた目で見つめた。




