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突然ファーストキスを奪った先生からいきなり溺愛されているんですが  作者: 清見こうじ


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悲しい思い出にひたって何でもよしにしようなんて考えないで下さい!②

「いただきます」


 ほんのり温かいお茶を口に含む。トロリとした感触のほのかに甘い口当たり。


 飲み込むと爽やかな香りが柔らかく鼻に抜ける。


 最高級茶葉である玉露は、熱湯ではなく50度程度のぬるいお湯でゆっくり蒸らしながら淹れる。


 今は電熱の調温ポットもあるから簡単だけど、沸かしたお湯を感覚だけで調温して美味しいお茶を淹れるのは、やっぱり経験が必要なんだろうな。



「こうして、茶朋さんと何度も一緒にお茶を飲んで……もう、何年になるかしら」


「私が小学生になってすぐの頃に初めてこちらに伺ったと思いますので……もう10年くらいでしょうか?」


「そうなのね。あっという間。でも、実は私、茶朋さんのことは産まれたら頃から知っているのよ?」


「そうなんですね」



 なかざわのお菓子は、私が産まれるよりずっと前、お師匠さまがこの教室を開かれた頃から使っていただいているのだと伺っている。


 たぶん、お姉ちゃんが産まれて、私が産まれる、ちょうど間くらい。


 だから、私の記憶がない頃にも、きっとお師匠さまには会っているのかもしれない。



「東京で修行して、そのあと関西の本部に移って、何とか資格を取ってから、お教室を始めようと考えたんだけど。そうは言っても、先立つものもなければ、簡単には生徒さんも集められなくて悩んでいたの。そんな時、たまたまお会いした高校の先輩が、色々相談にのってくださって。本当は故郷に戻るつもりはなかったのだけど、背に腹はかえられなくて、ここで茶道教室を開くことにしたの」


「……故郷に戻るつもりがない……」


「ええ。この地を離れるって決意して上京したのに。……いえ、本心は、戻りたかったのかもしれないわ。先輩の好意を言い訳にして、仕方がないからって、自分をあざむいて」


「先生は、桜女の卒業生なんですよね」


「ええ。実は、退職された松前先生にも教えていただいていたのよ。だから、桜女には近付かないようにしようと、今まで講師もお断りしていたの」


「そうなんですか? でも、松前先生はなんとも……」


「在学中と名字も変わっているので、お気づきになられなかったのでしょうね。私も、地元の集まりは避けていたから。先輩の伝手で、なるべく桜女に関係がない方面で生徒さんも集めていたから」


 そう言えば、お師匠さまが茶事を開かれる時に借りるお茶室も、ほとんど市外の施設だった。


 遠方から講師に来ていただいていた坂川先生とは逆に、お師匠さまは他所へ出向かれることが多いな、とは感じていた。


「では、私の入門を認めていただいたのは、例外に近い扱いだったんですね」


「ええ。それに他でもない、映子さまのお嬢さんが私に師事したいと聞いて、ご恩返ししなくては、と思ってもいたの」


「母とは、桜女で?」


「ええ。2つ上の先輩でした。私が困っているのを知って、色々支援してくださったのよ。この家も、映子さまが探して下さって。お稽古に使うお菓子も、安く融通してくださったり。本当に、高校生の頃と変わらず、りりしくてお優しいお姉さまで」


「そう、だったんですね」


「元気がよすぎて、たまに先生方から叱られていらっしゃったけれど。でも、後輩が困っていると、同年生や先生方にも後先考えず堂々と立ち向かっていかれるような、勇ましいお姉さまで、とても慕われていらしたのよ」


 元気よすぎて……後先考えないとか、私、お母さんに似ているのかも。


「……映子さまが、先輩が私のために骨を折ってくださるのが申し訳なくて、一度はお断りしたの。そうしたら『このまま何もしなくて、もしあなたがもっと困ったことになったら、私は一生苦しむと思うのよ。だから、私のために、私を助けると思って、おせっかいを受けてちょうだい』とおっしゃって。先ほどの茶朋さんの言い方が、まるでそっくりで。やっぱり親子なのね」


 嬉しそうにお師匠さまに微笑まれ。私はなんだかこそばゆい気持ちになった。



 けれど。



 ここまで聞かせていただいたからには、やっぱりさっきの件も、確認したい。



 理事長と、何があったのか。



『故郷に戻るつもりはなかった』っていうことに、関係しているのかな?





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